【第百十七話】急襲編:反撃と援護
『巨人』という種族がいる。人型であるが、『人間』よりも巨大で丈夫な体を持ち、相応に筋力があり、知力も劣ることはない。更に特徴に挙げるべきは、人外の『存在』の中で唯一、個人の能力を有するということ。彼らにはそれぞれの個性という物があり、基本的に個々の尊厳という物が存在し得ない異形の者達の中では、まさに異質の『存在』と呼べる。
「むにゅぅ~……なんで、死なないのですぅ~……?」
マラクス。薄い水色の髪の幼い少女の姿をしたLv4の『悪魔』は、いつかと同じように涙目だった。
魔杖『タナトス』。名の通り、対象を死へ誘う凶悪な『魔装』。同じく、目を合わせた者を死に至らしめる魔眼を持つ召喚獣のカトブレパスを使い、双方からの死の呪いによって確実に対象を殺す戦術だったのだが……なにぶん、相手が悪かった。
「‥‥‥その『魔装』と召喚獣‥‥‥以前、本で読んだことがある」
大城=ゲー=高広。学校の図書館の管理を任されている『半巨人』と呼ばれる『巨人』と『人間』の混血である教員。本来、半人の者は人外に属するため個人の能力を持たないが、『巨人』との混血である彼は違う。
「‥‥‥要は呪術的効果による死の誘発。‥‥‥ならば、その呪いを受けなければ問題ない」
術を使っているマラクス本人も、何が起こっているかは分かっていた。だが、何故それが起こっているかが分からなかった。
死の呪いが対象に届いていない。呪いを掛けるための魔力が、敵の一定範囲内に近付くことができず、大気中に分散して消えていく。
「‥‥‥俺個人の能力だ。‥‥‥俺はあらゆる物を俺に引き寄せ、俺から斥けることが出来る。‥‥‥質量を持つ物質ならまだしも、魔力のような明確な形を持たぬ概念的存在を斥けるなど造作も無い」
つまりは、大城から発せられる斥力によって、魔力が押し返されているということだ。これでは、死の呪いはおろか、通常の魔法さえも届かない。
しかし、ここで大城自身にも問題が発生する。
(反撃は‥‥‥どうしたものか)
斥力が働いているため、魔法で攻撃しても狙った場所へ飛ばないだろう。自分から近付くことも出来ない。斥力を解除すれば、死の呪いを受ける。しかも、大城はこの状態だと魔力を放出しっぱなしのため、いずれは魔力が底を突き何も出来なくなる。
(‥‥‥援護を待つか)
大城は、泣きながら近付こうと奮闘している『悪魔』を放っておいて、呑気に本を読み始めた。
「ブッ飛びやがれ、クソがぁっ!」
クロセルが怒鳴り、目の前の敵を殺さんと『エーリヴァーガル』を振るう。
「何度やっても同じだぞー」
体育教師の一寸八分 雄々羽は、残像を残す瞬間転移でその斬撃の範囲から逃れ、いつもの飄々とした態度でクロセルを見る。
「……ウゼェな、ちょこまかと移動しやがって」
「テレポーテーションみたいなもんだー。足使わないから楽だぞー」
『目に映る対象物を越える』。それが彼個人の能力。その気になれば、地平線の彼方まで飛んで行けるような能力だ。高速移動ではなく、特定の場所へ体を転送しているので、移動までの過程が無い。青魔術の空間転移に近いが、何よりも詠唱が不要なのが大きな違い。敵の武器が目の前に迫っても、その先端さえ見ていれば、次の刹那には避けられる。
だが、こんな便利な能力を持っていながら、彼は内心困っていた。
(反撃、どーするかなー……)
実を言えば、彼は遠距離魔法攻撃が使えず大体が肉弾戦。しかし、眼前にいる銀髪の『悪魔』が持つ魔剣からは常に紫色の靄が発生し、周りの空気を濁らせている。恐らく、あれは毒。近付こうにも、下手に近付くことができない。
(援護を待つかー……?)
ちらと他の教員達の戦闘に目を遣ると、神谷は体がぼろぼろでどう見ても苦戦中、大城は何か本を読んでいる。校長は学校の方に戻ってしまったので、とりあえず誰も援護には来なさそうであった。
「ハッ、分かってんだよ。余裕そうに構えてやがるが、実際は反撃が出来なくて参ってんだろ?」
クロセルはニィッと口の端を上げ、紺碧の氷剣を振り上げる。
「さっさと死ねよ」
そして、振り下ろされるその瞬間―――
「合奏“九重奏”」
突如『エーリヴァーガル』の刀身が砕けた。
「ンな……っ!?」
クロセル自身も含め、その場に居た全員が戦闘を止めその光景に目を見開いた。
柄部分しか残っていない自分の魔剣を見てからクロセルは憤怒の表情で、砕いた張本人の方へ振り向いく。
「フ……流石に『魔装』を破壊するには、かなり力が要るな」
いつの間に現れたのか。9つの魔力のスピーカーを宙に浮かべ、Lv4『悪魔』のペイモンは猛々しく立っていた。
「……何しに来やがった、ペイモン? ブッ殺すぞ、てめぇ」
クロセルのその言葉に微塵も冗談など含まれてはいない。
「何をしているか……私が貴様らに訊きたいところだな」
対するペイモンも、かなり怒っているように見える。
「デカラビアに探らせてみればコレだ……。Lv4が揃いに揃って何をしているんだ、クロセル?」
「てめぇには関係ねぇことだ。邪魔すんじゃねぇよ」
「関係無いだと? どの口がそう言っている。貴様らは、たった数ヶ月前の出来事を忘れたとでも言うつもりか?」
ペイモンの声に徐々にどすが利き、ベリアールとマラクスは体を震わせる。だが、クロセルだけはまだ鋭い目付きでペイモンを睨んでいる。
「だからどうした?」
「これ以上の失態は『悪魔』の威厳に関わる。今すぐに退け。必要以上にこの学校に深入りをするな」
「ハッ、いつからオレ達に命令できるほど偉くなりやがったよぉ、ペイモン? 閣下の側近っつっても、書類整理か会議の進行役してるだけだろが。今のオレに対して物言いたきゃ、片膝でも付かせてみな!」
クロセルの折れた『エーリヴァーガル』に魔力が集い、再び元の姿へ戻る。『魔装』の魔力は所有者の魔力と一体化している。根源から断ち切りでもしない限り、『魔装』の魔力は留まることを知らない。『エーリヴァーガル』の放つ重圧が、ペイモンに重く圧し掛かる。
「……片膝だけで良いのか?」
「アァ、やれるもんならやってみろっ!!」
クロセルが地を蹴り出すと同時に、ペイモンは虚空に手を突き出し何かを出現させる。
それは、金の装飾が施された竪琴。
「魔琴『ムーサ』」
一瞬のことだ。ペイモンが竪琴の絃を一本弾くと、何とも心地の良い音が響き、クロセルを始め他の『悪魔』や教員達までもが、何かが切れたようにバタバタと倒れていった。ただ一人、魔力を斥けていた大城を除いて。
「フ……こんな狡い真似はしたくなかったがな。結局、片膝どころか頭までだ」
こちらの方には目もくれない『悪魔』に警戒しつつ、大城は神谷と一寸八分の様子を見る。どうも気を失っているだけのようだ。
「‥‥‥また『魔装』の所有者か」
大城が四角い眼鏡の下から目を凝らす。この女の『悪魔』はどう見ても、かなりの実力者だ。それこそ、ここに倒れている他の『悪魔』達よりも断然。
「今ので眠らなかったか……貴様もどうも狡い能力を持っているようだな。『巨人』……いや、少し魔力が違うか? ……まあ、何者か知らんが警戒する必要は無い。私はこいつらを連れ戻しに来ただけだ」
ペイモンは倒れている『悪魔』4人に近付き、それぞれに小さな紙切れを張り付けていく。そして、それを終えると大城の方に体を向け、口を開く。
「邪魔をしたな」
その一言だけ残して、『悪魔』達は全員どこかへ転移していった。
残された大城は、再び地面にうつ伏せになっている教師二人に目を向ける。
「‥‥‥‥‥‥」
寝息が聞こえ、目を覚ます気配は無い。一人で運ぶにしても、ここから学校まではそれなりに距離がある。
しばらく顎に手を添えていた大城だったが、『校長が戻って来るのを待つ』という結論に達し、地に腰を下ろして再び本を読み始めたのだった。