【第百十六話】急襲編:ハイレベル鬼ごっこ
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三国伝来白面金毛九尾の狐。天魔となった崇徳上皇、大江山に棲んでいたとされる酒呑童子と共に日本三大悪妖怪の一角、史上最強の大妖怪とも謳われた狐。
遡れば紀元前十一世紀、殷にて妲己という女に化け、後に南天竺の華陽婦人、周の褒姒、平安京の玉藻前と姿を変え、三国を股に掛け暴虐の限りを尽くしたが、十二世紀半ば那須野にて、かの陰陽師・安倍 清明の子孫である安倍 泰成率いる8万の軍勢の前に滅ぶ。死後、白面金毛九尾は殺生石となり約二百年後に源翁 心昭によって砕かれ、日本全土に散った。
その際に生まれたのが、『彼女』だった。
「ワタシはある男との約束で、自身の力の大半を封じた。力に掛けた封印は、ワタシが『神狐』の域に達するまでは解けないようにしたんだが、これがなかなか不便でね。思うように力を発揮できなかったり、本来の姿に戻っても不安定だったりと苦難だらけだったのさ。だからこそ、地道に善徳を重ねた。だが力が上手く扱えない上、本体が強力な悪狐だった分、それもまた大変だったよ。そして450年が経ち、あの『悪魔』の軍勢の一件でやっと尾が八つになり、封印を解ける状態にまでなった。解くことに躊躇はしなかったよ。ワタシにも護りたいものができたんでね」
秀に理解できない内容も含まれているが、妖狐は続けて言う。
「ワタシは『妖怪の里』で行った修行中、尾を今の四つにするまでの過程で新たな神通力を二つ習得した。一つは万物の声を聴く『天耳通』。そしてもう一つは―――」
妖狐の姿がふっと消える。
「君と同じ能力さ。マリー=C=テイン」
妖狐はマリーの背後に回り込んでいた。
「なっ……!?」
あまりな一瞬の出来事に、マリーが咄嗟に振り向こうとするが、
「動かないことだ」
妖狐が妖力によって片刃の刀を形成し、マリーの首筋に触れる。
「“狐の剃刀”。切れ味はワタシが保証しよう」
妖狐はニヤリと微笑む。
「うげ~ー……マリーさん捕まっちまったのか」
どんどん状況が悪くなっていくことに顔を顰める偲覇に、校長が近付く。
「よぅ。まだ抵抗するか?」
「……降伏したら見逃してくれんのか?」
「ああ、良いぞ。あたしの本気の蹴りを股間に喰らったらな」
「すまん。自力で逃げるよ」
「あたしが逃がすと思うか?」
校長が満面の笑顔で言い放つ。
「……『最強』相手にまともに鬼ごっこなんかする訳ねぇだろ。こっちは反則を使わせてもらう」
偲覇は身震いしつつ、手から何かを創り出す。
「『潜伏幕』」
空間が歪み、偲覇の姿が消えた。
「なんだよ、これじゃ鬼ごっこじゃなくて、かくれんぼじゃねぇか」
「校長先生。そこの石の近くに立っているよ」
「でかした、山中」
炎魔法第四番の二『メガ・カノン』。校長の放った炎の砲弾が妖狐の言った方向へ飛ぶと、そこの空間が歪み、偲覇が砲弾をすれすれで避けた。
「……なんでバレた?」
「ワタシは森羅万象を見透かす神通力『天眼通』も持っている。かくれんぼなど成立しないよ」
驚く偲覇に妖狐が返答する。
「あんたらも反則使いってことかよ……面倒くせぇな」
「何を今更」
(だがまぁ、質はともかく量なら俺の方が上……のはず)
偲覇が再び『想像の創造』を発動し、小さい透明の玉を創り出す。
「おや、それは……」
妖狐が玉の正体に気付く。
「ほんとは一日に二度も使うもんじゃねぇんだけどな~ー……『氷結玉』」
パリンッと音がして、辺りの空間が止まる。現実の時間にして約10秒。そして、空間が動き出すが、校長と妖狐や他の人からすれば止まっていた時間の感覚など皆無。
気付けば、妖狐に身動きを封じられていたはずのマリーと、倒れていたヴァイオレットの姿が無かった。
「……とりあえず、この鬼ごっこは俺の勝ち、ってことで」
この状況において偲覇が問題視していたのは、自身ではなく同志達を逃がすこと。故に、それが達成できた今、偲覇は安堵の溜め息を吐いた。
「なにしやがったんだ、お前?」
校長が偲覇に訊く。
「空間止めた隙に二人を組織の本拠地に帰した。コイツを使って」
さっきまでの真剣な眼から、いつものやる気の無さそうな半眼に戻った偲覇は、手の平に乗っている粉末を見せる。
「『転移の粉』。頭にぶっかければ、あらかじめ決めといた場所に移動できるし、させられる。コイツを使って『簒齎者』を連れてこうって思ってたんだがな……今回はやめだ」
偲覇は校長と妖狐に向き直る。
「めちゃくちゃレベルの高い鬼役だったよ、あんたら。出来ればもうやりたくねぇな」
「……ハ、結果的に勝った奴が何言ってやがる」
「鬼ごっこには勝ったが、本来の目的は失敗した………それだけで俺へのお叱りは決定だよ」
「誰からのだ?」
「『天帝』様。俺らの組織の頭領」
「あのクソジジイかよ。まだ隠居してねぇのか、あいつ」
「しねぇだろ当分。あんなに元気だしな」
そして、偲覇は頭の上まで手を移動させる。
「じゃあな。またいつか会うことになるだろうな。特にそこの――」
偲覇は奥の方にいる秀とトモダチに目を向ける。
「『決定者』と『簒齎者』はな」
粉が偲覇の頭に降りかかり、偲覇はそこから姿を消した。