【第百十五話】急襲編:混戦
僕はただ驚いた。
本当に来た。あの人が来てくれたんだ。
「『妖怪』……?」
偲覇は白い着物を纏った女の姿を見据える。また情報に無い者の登場。それも相当な実力の持ち主であることが伺える。『吸血鬼』に続いてこの学校は何なんだ、と軽く動揺する。
「何だと言われてもねぇ……そういう者の集まる場所としか言い様がないさ」
「……なんだ? 人の心を読めるのか、あんた。『覚』か?」
「さぁね、自分の目で確かめてみると良いよ」
すると、彼女の近くから火の玉が出現し、無数に分裂して偲覇を大きく囲んでいく。
(何だこりゃ……幻術?)
「残念、ワタシは昔から幻術みたいなまどろっこい真似は嫌いでね。全部本物だよ」
彼女は偲覇に手を翳す。
「“狐の嫁入り”」
「!!」
火の玉が一斉に偲覇を襲い、炎で包み込む。
「……さて、今のうちに」
彼女はふっと姿を消したかと思うと、次の瞬間には、気絶した麻央とミラーカの体を担いで秀の傍に立っていた。二人の体をそっと下ろし、彼女――山中 妖狐は秀の目を見る。
「久しぶりだねぇ、秀くん。苦しいだろう、今解いてあげるよ」
妖狐は再び姿を消し、すぐに麻央が投げ捨てた『ハデス』を持ってきて、秀を縛るグレイプニルに触れて破壊する。
やっと体が自由になった秀は、妖狐に訊きたいことが山々だった。
「あの、よーこさん……」
「安心すると良いぞ。二人とも命に別状は無いよ。どちらも頑丈な体をしているからねぇ」
相変わらずの心を先読みされた会話。本当に来てくれた、秀はそう改めて実感する。
「はっはっはっ、言ったじゃないか。『どこからでも駆けつける』ってね。……まぁ尤も、駆けつけたのはワタシだけでは無いがねぇ……」
妖狐がふと目線を逸らした。秀も妖狐の見ている方へ目を向ける。それは、トモダチとヴァイオレットという魔女の戦闘。
「これで終わりだよ!!」
もう決着が付く直前。ヴァイオレットの作り出す土の壁がついにトモダチを追い込み、捕らえようとしたその瞬間。
「“大力旋風”」
ヴァイオレットの横っ腹に衝撃。
「が……ッ!?」
ヴァイオレットは吹っ飛び、建物の壁に叩き付けられ、そのまま地面にうつ伏せに倒れた。
「よぅ、達貴。遅くなってわりぃな」
乱入してきてヴァイオレットに回し蹴りを喰らわせたその人物――学校長・高田 倶毘はトモダチに詫びの言葉を発した。
「く、倶毘さん……?」
「あん? なに、鳩が豆鉄砲食った様な顔してやがる。助けに来てやったんだから、もう少し喜びやがれ」
その美しい顔立ちからは想像できないような汚い口調で、校長は不満を言った。
「何なのデースか、アナータ達……!?」
同志達との妖狐と校長の一瞬の攻防を見ていたマリーが、驚愕した表情で声を荒らげる。
「ただの学校の一生徒と校長だ。それ以外の何者でもねぇよ」
「……そうデースか」
校長の返答に顔を顰めたマリーは、神速で駆け出す。
(ったく、ここら辺は移動用の青魔術陣はあんま仕込んでねぇんだってのに……)
校長は舌打ちをしてから、神経を研ぎ澄ます。
「“瞬転”」
「!?」
マリーは驚きを隠せなかった。なぜなら、目の前の人間が『神足通』のスピードに付いて来たのだ。彼女は今までに『神足通』を持たない者に追い付かれたことは、一度しか無い。これで、二度目だ。
(まさかコノ人、あの方と同じ術を……!?)
「飛んでろ」
校長はマリーに鋭い蹴りを放って吹っ飛ばすが、マリーは受身を取って立ち上がる。
「かってぇな、黒魔術使いかよチクショーめ」
校長は一旦、トモダチを抱えて、秀達に近付く。
「校長先生……!?」
秀は暗くてよく分かっていなかったのか、近付いてきた人物の顔を見て目を丸くした。
「『火神組』の次男坊は……体育館の中だな。ならまぁ、後で良いか。お前ら、ここで少し待っとけ。あたしが奴らぶん殴ってくっから」
校長はトモダチと秀にそう言うと、傍に立っている妖狐を見遣る。
「……やっぱお前だったか、山中 妖狐。この辺りをうろちょろしてたのは。修行はどうしたんだ、修行は」
「不穏な空気を感じてね。居ても立ってもいられなくなっただけさ。それよりどうだい、校長先生。ここは一つ、共同戦線というのは。今のワタシならば、後れを取らないと思うがね」
「勝手にしろ。あと、言葉に貫禄ありすぎだろお前。一体いくつだ? あたしより完全に年上だろ。良い歳こいて女子生徒なんざやってんじゃねぇぞボケ」
「ワタシという『存在』が確立したのは約620年前。本体のも入れるならば、4000歳以上と云ったところだが」
「普通に答えんな」
校長と妖狐がつまらないことで言い争っていると、妖狐の放っていた炎が晴れ、偲覇がその姿を現した。
「あっちゃ~ー……来ちまったよ、『最強』……」
どこか困った感じの半眼で呟く。
「無事デースか?」
マリーが偲覇に近寄って訊いた。
「俺は大丈夫だ。だが―――」
偲覇は横目でもう一人の同志の方を見る。やはりモロに『最強』の一撃を喰らった所為か、ピクリとも動きそうにない。
(ヴァイオレットさんは気絶、か~ー……参ったな)
「ハ、そろそろ……」
「行くとしようかねぇ」
校長と妖狐、偲覇とマリーはそれぞれ身構える。だが、そこで叫ぶ者が一人。
「あっ、ちょっ、待ってくれ!」
校長と妖狐の背後に立っている秀だった。
「待っているように言われただろう、秀くん? 君はそこでじっとしていることだ」
妖狐は振り向くこともせずに言い続ける。
「それと、まだワタシの力が回復していないか心配しているようだが、そこに関しては安心して良い。『真偽の決定』の影響はもう消えた。尻尾の数のことも気にしているようだが、そこは君が少し勘違いをしている」
妖狐の周りに膨大な妖力が集い、妖狐の体に尾を形成する。
「確かに尾の数は、狐の力の象徴だ。尾の数は、その狐の妖としての力の程度を示している。ただし、それは初めの話さ。九尾の狐にまで成り上がると、妖としての力が弱まることはなく、今度は別の力を付けることで尾の数は減る。狐としての姿を維持できなくなるが、力は増大する」
「……その、つまり?」
「ワタシがようやく『妖狐』の域から出始めたということさ」
妖狐の体から生えた尾。その数は―――
「『天狐』は善徳の力を積む事で、妖からその上の域へ昇華する位の狐」
四。
「その域を、人は『神狐』と呼ぶ」
山中 妖狐。彼女は、『神』に近付きし四尾の狐である。