【第百十四話】急襲編:駆けつける者
(こりゃあ……あの『吸血鬼』の魔力だな)
学校長・高田 倶毘は、ウィネとの戦闘を終え、一旦魔力探知で学校の方の状況を見る。
正直、あまり戦況は良くなさそうだった。『元魔王』の女子生徒と、『火神組』本家の次男である男子生徒の魔力放出は途絶え、『決定者』の男子生徒の魔力はほぼ使用不可の状態。息子同然であるあの男子生徒も戦っているようだが、かなり押されているようだ。最も激しい魔力の反応を見せるのは、あの居候の『吸血鬼』の物だが、戦闘とは何があるか分からないものである。
時間の問題、校長はそう考える。
(…………?)
その時、校長はナニかを感じた。学校の敷地内なのか、それとも外なのか鮮明には判らないが、途轍もない力を持ったナニかが、何処かに居るのだ。
いや、実はこの力の質と良く似た物を持っている者を、校長は知っていた。というか、感じる力の根源を辿って行けば、明らかに本人の物だ。だが何故。あいつは今、ここには居ないはずなのだ。居ないはずの者の反応が何故ある。しかし、『最強』としての自分の探査能力の正確性は自身が良く知っている。そして、告げているのだ。
あいつが、この学校に来ている。
「……まぁ、気になるが、まずはこっちを片付けねぇとな」
校長は魔力探知を止め、残りの『悪魔』達に向き直る。
「行きたきゃ行ったって良いぞ、校長。ここは俺達で何とかすっから」
「ハ、全身ぼろぼろになった奴に言われても信頼感がねぇよ、神谷」
「そうやって上司にはっきりと言われるとムカつくな、結構」
額から二本の鋭い角が生え、体は普段より一回り大きい。神谷の『赤鬼』としての真の姿――それは神谷が紛れも無く本気を出していることの表れ。彼も相当な実力者である。だが、それでも神谷は全身傷だらけなのは、敵がそれ相応だということだ。
「クハハハ! 大人しく退くと良いぞ、セニョール。君では私の相手は務まらない。私はヒナ ワタヌキという名の女性に会いに来ただけだ。君が刃向かわなければ、私も君を傷付けることは無いさ」
Lv4の『悪魔』ベリアールが手に握るのは、刃毀れ一つ無い長剣。白く輝いているが、纏う魔力の禍々しさ故、普通の人間が見るにはとても美しいとは言い難い。
魔剣『アロンダイト』。邪悪なる裏切りの象徴。斬った対象を操作者の支配から離脱させる能力を持つ。これにより、攻撃魔法や妖術などは当たる前に斬られて魔力・妖力が抜け、消え失せてしまう。しかし遠距離攻撃が無理だからと言って、接近戦になり掠り傷一つ付けられれば、筋肉の支配を切り離されて体を動かせなくなる可能性もある。厄介極まりない能力だ。
「てめぇ等が狙ってる奴等は全員俺の生徒でな……担任教師として、ここを退く訳にはいかねぇんだよ」
接近戦は危険だと判断して距離を取れば、遠距離攻撃が封じられたこの状況では魔法で攻撃され放題だ。だからこんなにぼろぼろになっている。ならばどうするか。
(……一つしかねぇだろ!)
神谷は攻撃を受ける覚悟で突っ込み、拳をベリアールに向けて振り下ろす。案の定、ベリアールが『アロンダイト』で拳に傷を付けようと構える。その瞬間。
「“鬼虎魚”」
神谷の全身から無数のトゲが生え、『アロンダイト』の刃を拳から生えたトゲで受け止める。
「なっ……!?」
そして、そのまま剣ごと押し、ベリアールを吹っ飛ばした。
「傷が少しでも付くとマズいなら、剣で傷付けられないくらいに強化すりゃいいってことだ」
勿論そんなに簡単な事では無いが、と神谷は心の中で付け足した。
「……クハハハ! なるほど、なかなか面白いじゃないか、セニョール!」
ベリアールは倒れた状態からすぐさま立ち上がり、神谷に向かって走り出す。対して、神谷も拳を構える。
「来やがれ、何度でも殴り飛ばす!!」
そして、両者の剣と拳がぶつかり合った。
(……まぁ、信頼してやってもいいか)
様子を見ていた校長は、青魔術の転移詠唱を始めた。
ミラーカ=カルンスタインは、桐谷 偲覇を吹っ飛ばした方向を見る。砂煙が立ち込めていて、様子が良く分からないが、恐らくまだ戦闘不能にはなっていないだろう。注意深く、いつ攻撃を掛けられても反応できるように構える。だが、砂煙が晴れた時、彼女は目を疑った。
(居ない……!?)
偲覇の姿が見当たらない。どこだ、とミラーカが辺りを見回したその時。
「……ミラーカさん、左っ!!」
「な……っ!?」
秀の警告とほぼ同時に銃声が鳴り響き、弾丸がミラーカの左肩を貫通した。
「くッ……!」
ミラーカの左腕に沿って血が滴れ落ちる。今すぐにでも止血しなければ、常人ならば出血多量で気を失うところだろう。だが、傷の痛みよりも何よりも、ミラーかは驚いていた。
(私が……傷を付けられた……?)
「ったく、急所は外したか~ー……。余計な事しやがったな、秀」
弾丸が飛んで来た場所……何も無い空間が歪み、偲覇が姿を現す。
「……また、へんてこなアイテムの効果かしら……?」
「まぁな。『潜伏幕』っつってな、光の屈折を利用して一時的に見えなくするだけの物だよ。だが、こんな暗い場所なら結構バレねぇもんだ。お蔭で準備は整った」
偲覇は手に握る真っ黒な銃に、弾を充填する。
「どんな化け物染みた能力持ってようが、所詮は『吸血鬼』。種族の弱点まではどうにもならねぇだろ」
「……やっぱり、その弾………銀の弾丸ね」
「その通り。コレ創るの大変だったんだぞ?『賢者の石』を創ってその後、自力で石ころから錬成したんだからな」
偲覇は銃口をミラーカに向ける。
「……確かに、その弾なら私に傷を付ける事が出来るわね。でも――」
ミラーカの真紅のマントの下から漆黒の翼が生え、ミラーカの体が浮く。
「ソレが当たらなければ、意味は無いわ」
ミラーカが猛スピードで飛び、偲覇との距離を一気に詰める。あの厄介な鎧が無くなった今、偲覇の体を護る物は無い。ミラーカは腕を振り上げ―――
「……そりゃ、残念だったな」
銀の弾丸がミラーカの腹を貫いた。
「かッ……はッ……!?」
偲覇が銃の引き金を引き、弾を撃ったのは見えた。そして、その軌道を予測し、その範囲から避けたはず。だが、その後。弾の軌道が『曲がった』のだ。
銃弾を受けて隙の出来たミラーカに、偲覇は更に四発ほど銀の弾丸を撃ってから、腹を蹴り飛ばす。
「『追尾拳銃』。あんたの術を少しパクらせてもらったよ」
そして宙に舞ったミラーカの体に、リボルバーに残った最後の一発を撃ち込んだ。
桐谷 秀は目の前の光景を信じたくなかった。目を背けたかったが、それすら出来ない状況に自分は陥っている。グレイプニルの効果か何かで魔力を上手く蓄積できず、力尽くで千切ることもできず、ただ目の前の惨劇を見ることしかできなかった。
麻央はあの先輩がやられたブロンドの女に倒され、トモダチはあの魔女が形成した土の壁によって今にも捕まえられそうな状況。そして、ミラーカはぐったりと仰向けに倒れ、殺される寸前。偲覇が新たな銀の弾丸を装填し、ミラーカに近付いていく。
何も出来ない。その事実が、自分に無力さを痛感させる。このままではミラーカが殺され、トモダチが連れ去られ、大切なものを失ってしまう。どうすればいい。自分の手ではどうすることもできない。その悔しさにギリッと歯を軋ませる。
――もし、本当にワタシの力が必要になった時は、ワタシの名を呼べばいい。どこからでも駆けつけるよ――
そんな五ヶ月ほど前の言葉が頭をよぎった。呼べば本当にあの人は来てくれるのだろうか。
自分勝手なのは解っている。自分の問題に他人を巻き込むことは人間として腐ってる。だが、もうそれしか方法は思い浮かばなかった。
偲覇が再び銃口をミラーカに向けたのを見て、秀は祈るように目を瞑る。
「……よーこさん……」
パァン!! という銃声が響き、秀は目を開けた。そこには果たして自分の望んでいた光景があったのかどうか。暗くてあまり良く見えない。だが、そこには指二本で銀の弾丸を摘まんで止めている者の姿があった。
宝石のような白い肌と、長い金色の髪をしたその女は純白の着物を着ていて、見た者を吸い込むようなある種の神々しさが醸し出されている。
そして、その女は口を開く。
「……銀の比重は、鉛と比べて些か小さい。弱点云々が関係なければ、とても実用的とは言い難いねぇ」
摘まんでいた銀の弾丸をグシャッと潰し、投げ捨ててから、女は鋭い眼光を偲覇へ向ける。
「……誰だ、あんた?」
偲覇が静かに問う。
「『逢魔刻すなはち黄昏をいふ。百魅の生ずる時なり。世俗小児を外に出だすことを禁む』………まぁ、世俗小児では無いが、気を付けることだね」
目に見える程の強大な妖力が、女の周りを渦巻いていく。
「黄昏時は、妖の蔓延る時間さ」
山中 妖狐は薄く笑った。