【第百十三話】急襲編:奇術師と創造者
昔から誰よりも優れていた。何百年も戦い抜いてきた熟練者をも圧倒する力を持っていた。
最初は、期待された。
その内、恐れられた。
結局、閉じ込められた。
手枷足枷を嵌められ、四六時中同じ部屋に居て、全く同じ時間に同じ食事が来て、同じベッドで一日が終わる。
友好的に話し掛けてくる者も居た。夜間忍び込んで襲おうとした馬鹿も居た。殺しに掛かってきた愚者も居た。
殺した。自由のために。全部、殺した。
「“襤褸眼”」
ミラーカは眼から赤い液状の魔力を飛ばし偲覇を狙うが、魔力は偲覇から逸れ、何も無い地面へ落ちる。どうにも、偲覇が身に付けている真っ白な鎧が原因のようだ。
「厄介な事するじゃないの」
「あんたもな~ー……」
偲覇はミラーカの放った赤い魔力が落ちた場所に近付き、その土を軽く踏むと、地面に亀裂が生じたのを見て、眉間に皺を寄せる。
(触れた物を脆くすんのか……? 面倒くせぇ……)
偲覇が内心で舌打ちすると、ミラーカが偲覇に向かって手を翳す。
「“追跡者”」
ミラーカの魔力によって、何かが形成される。
それは、真っ赤な犬。獰猛の貌をした獣。
犬の容をしたその魔力の弾頭が、偲覇に向かって飛ぶ。
偲覇の『拒絶の鎧』の影響により一度軌道が変わるが、犬の弾頭はすぐさま方向を変えて再び偲覇に牙を剥く。
「……追尾弾かよ」
何度やろうと結果は同じだが、流石に鬱陶しく思ったのか、偲覇は再び変容させたミスリルの斧で犬の弾頭を真っ二つにした。
「……随分とセコい術使うんだな、夜の王?」
「照れるわね」
「褒めてねぇよ」
「あっそ」
ミラーカが駆け出し、偲覇に飛び掛かる。
偲覇はミスリルの斧を振るい、目の前まで迫って来ていたミラーカを吹っ飛ばした。……刃の部分で薙いだにも関わらず『吹っ飛ぶ』というのも妙だが。
吹っ飛ばされたミラーカは何のダメージも無いように立ち上がる。
「『吸血鬼』はそんなのじゃ傷付けられないわよ」
そして再び襲い掛かる。
「ったく、そうだったな~ー……!」
偲覇はもう一度斧を振るうが、今度は紙一重で避けられた。そして――
「“夜盗者”」
いつの間にか、偲覇が手に持っていたミスリルの斧を、ミラーカが振り上げていた。
(今の一瞬で盗られた……!?)
ミラーカが偲覇に向けて、斧を勢いよく振り下ろす。
偲覇は顔を険しくする。
「『想像の創造』。第四の効果―――創造物の破棄」
偲覇がそう呟くと、ミスリルの斧は偲覇に当たる直前に、白い光の粒となって消えた。
そうして攻撃が大きく空振って隙の出来たミラーカに、偲覇が蹴りを喰らわせようとするが、素早く反応したミラーカがそれを避け、偲覇から距離を取る。
「一体あと幾つそんな奇術を隠してんだ、あんた?」
「奇術師はネタが費えることは無いわよ。あんたもそういうこと解るんじゃないかしら?」
「生憎、奇術師と創造者ってのは、似てて非なる者なんだな~ー……これが」
偲覇は手の平から何かを創り出す。
「だから、こんな真似しか出来ねぇのさ」
透明な小さな玉の形をしたソレを、偲覇は思い切り地面に叩き付ける。
「『凍結玉』」
パリンッ、と音が鳴ったと思ったその次の瞬間。
「……さて、少しの間じっとしててもらうぞ」
「!」
偲覇がミラーカの背後に居り、ミラーカを紐で縛り上げた。ミラーカが紐を解こうと動くと、紐が更に固くミラーカを締め上げる。
「その紐は、さっき創ったグレイプニルの余りだ。力尽くじゃ切れやしねぇよ」
「……その前に、今の瞬間移動のトリックの解説を頼めるかしら?」
「なぁに、ただの一時的な空間凍結だ。トリックもクソもねぇよ。一日に何度も出来る芸当でもねぇしな」
身動きの取れなくなったミラーカを見て戦闘終了を確認した偲覇は、他の同志達の戦闘状況を見るためにミラーカから目を離し――
「悪いわね。私、束縛されるの嫌いなのよ」
自分の過ちに気付いた。
(しまった……『吸血鬼』の変身能力……まだ、コレがあったか……!)
つまり『吸血鬼』を拘束しようとしても、紐で縛るくらいでは、何かの小動物にでも変身されたら簡単に抜け出せてしまうのだ。
「その趣味の悪い鎧……体外に放出された魔力を拒絶するみたいね。つまり、体内に蓄積された魔力までは拒絶できない」
ミラーカはすでに偲覇の背後を取っている。
「“大殺戮”」
ミラーカの魔力が右腕に集中していき、巨大な真っ赤な腕となる。
「ちょっと、歯を食い縛ってなさい」
そして、巨大化された腕の一撃により『拒絶の鎧』は砕け、そのまま偲覇も吹っ飛ばされた。