【第百十一話】急襲編:それぞれの意地
さあ、始めよう。己の意地を通す戦いを。
「はあああああぁぁぁぁ!!」
トモダチの放った火弾と、ヴァイオレットの放つ火球がぶつかり、弾ける。
「私は魔女。あんたの『生命簒齎』とやらは効かないよ!」
触れただけで対象を死に至らしめるという反則的能力を持つトモダチだが、その能力には決定的な弱点がある。
そう、対象が人間でないと効果を発揮できないのだ。
だからこそ、『家族』は今回の作戦にヴァイオレットを起用した。『簒齎者』と戦闘になった場合、人外である彼女にその能力は通用しないからだ。
さらに、魔法のみの対決となれば、当然であるが、魔女の彼女が勝るに決まっている。
これは『家族』が仕組んだ、勝敗の決した勝負なのだ。
「そうでもないぜ?」
だがこの状況下で、トモダチは微塵もたじろぐことは無かった。
草魔法第六番の二『メガ・ブレイド』。無数の葉の刃がヴァイオレットを狙って飛ぶ。
「小賢しいねぇ!」
ヴァイオレットは杖を一振りし、そこから放った火炎で葉の刃を掻き消す。その一瞬、ヴァイオレットは目の前が炎で覆われて相手の視認が不可能になるため、僅かだが隙が生まれる。
トモダチはガントレットを着けた右手で、自分の右脚に触れる。彼のガントレットには指先を少し出すための穴があり、これによってガントレットを装着した状態でも対象に直接触れることができる。
彼は、右脚に全神経を集中させる。
パァン!! と何かが破裂したような音が鳴った。それは、トモダチが地面を右脚で蹴り出す音であり、そのたった一歩、一瞬でトモダチはヴァイオレットの背後を取る。
「!!」
寸でのところで反応したヴァイオレットは、ぎりぎりでガントレットの一撃を避け、トモダチから距離を取る。
「俺個人の能力は、人間の命を簒うだけじゃないぜ。命を齎すこともできる。もちろん、俺自身にもな」
命とは生命力であり、力の源である。彼は自身の体に右手で触れていれば、病魔に脅かされることは無く、呪いの類に掛かることも無い。また、体の一部へ集中的に命を吹き込めば、一時的にその部位は『神』の域に達する身体能力となる。ただ、本当に一時的である上に、身体の強度を高める魔法・魔術のセンスを持たないトモダチでは、自身の体と釣り合わない力にすぐに人間の限界を超えてしまう。
故に、今トモダチは少し焦っていた。
(マズいぜ……今の攻撃、当てるつもりだったんだけどな……)
顔は平静を装っているが、今ので右脚はもうボロボロ。いや、体の傷や痛みは白魔術で何とかなるからまだ良い。問題なのは、頭。大自然に満ち溢れる命の力を、無理矢理体の一点に注ぐなんてことをすれば、精神的疲労はかなりの物になる。
(あと出来て二回、か……?)
あまり根拠の無い推測を立てる。
「へぇ……案外やるもんだねぇ。フヒヒ、少しあんたに興味が湧いてきたよ」
半ば強制的にトモダチの相手をさせられて苛立っていたヴァイオレットだったが、ここで初めて笑みを浮かべる。
「敵を殺さないように捕獲なんて……本来、私の性じゃないんだけどねぇ。フヒヒ……良い男は別さ」
ヴァイオレットは懐から何かを取り出す。
「絶対に、私の物にしてみせる」
それは六芒星が描かれた古い羊皮紙。
「地を司りし精霊――ノーム」
そして、地がうねり始め、壁のような物が出現していく。
「……さて、どうすっかな」
トモダチはその光景を見て、そう小さく呟いた。
「誰だい、あんた? こっちの情報には無ぇ人……いや、人間じゃなさそうだな。とにかく、あんたみてぇな奴は知らねぇぞ」
偲覇は、目の前に立つ金髪紅眼の少女を見据えて訊く。
「私は夜の王、『吸血鬼』。ミラーカ=カルンスタインよ。よく覚えておきなさい」
真っ赤なマントを羽織った彼女は、見た者を凍らせるような眼光をした状態で言い放つ。
「……『吸血鬼』ねぇ~ー……まだ、夜と呼ぶには早ぇような気もするがな……」
偲覇は大して何も感じていないのか、相変わらず半眼でぼやき、隣に立つマリーへ口を開く。
「マリーさん……『元魔王』の方は頼む。俺はこっち引き受けるから」
「了解なのデースネー!」
マリーはそう返事をすると、麻央の方へ駆け出して行った。
「……ミラーカさん、何でここに……」
苦悶の表情を浮かべながら、グレイプニルによって縛られた秀はミラーカに訊ねた。
「黙りなさい。これは私の意地。ただの我儘。好きにやらせて頂戴」
重圧がミラーカから放たれ、赤い魔力が彼女の身を包む。
「久しぶりに、『吸血鬼』としての本性を出させてもらいたかったのよ。……何だか、平和ボケで頭おかしくなりそうだったから」
ミラーカは自分で自分のしている事がよく解らなかった。自分は平和を求めているはずなのに、何故こんなことに首を突っ込むのか。そして、何故そんな嘘を言ったのか。
実を言えば、薄々と解ってはいる。これが『吸血鬼』としての本能なのだと。所詮は、悪しき者が心底に持つ哀れな破壊衝動だと。籠を壊しても一生消え得ることは無い、悲しき運命。
ならば抗うことはもう止めだ。これからは本能の赴くがままに、自分の運命に逆らう事無く、血で染まった道を歩むのみ。
だからまずは目の前にいるこいつらを殴り飛ばそう、ミラーカはそう思った。
「……さて、始めっか」
偲覇のその言葉で、両者は走り出す。
偲覇が手に握るのは、先程の砕けたミスリルの破片を集めて再び変容させた、ミスリルの剣。銀色に美しく輝く夢の金属で出来た剣は、さぞかし斬れ味の良いことだろう。
偲覇はその剣で中段斬りを繰り出す。
「“襤褸眼”」
瞬間、ミラーカの紅い眼から何かが放たれ、ミスリルの剣に当たる。それは、真っ赤な液状の魔力。べっとりと剣に付着し、血のような見た目をしている。
ミラーカは素手で、その赤い魔力の付いたミスリルの剣の刀身を握る。
「夜の王に、こんなチンケな物が通じると思ったかしら?」
そして、木っ端微塵に握り潰した。
偲覇は目を見張った。再度言うが、ミスリルはそんな簡単に壊れる物では断じて無い。だと言うのに、壊された。しかも、本日二度目である。
「ほんと、化物揃いなんだな~ー……この学校」
溜め息まじりに呟いた。