【第百十話】急襲編:加勢
十七年前。彼が生まれた頃の話。
彼の両親もまた裏に生きる者だった。異能者同士の間に生まれた異能者。彼はそんな立場でこの世に誕生した。
生まれてすぐに、彼の両親は死んだ。彼が左手で触れただけで二人とも死んだ。
異質な能力によって滅ぶ家庭。よくある話だが、彼を引き取りたいという女性がいた。
周りが冷めた視線を向ける中、その女は彼に微笑んだという。
お前を第一期の生徒にしてやる、と。
そんな事は彼が覚えているはずも無く、彼はその女の下で、常に薄い手袋を着けた状態で暮らしていた。
女が居る限り、彼の事など誰も気に留めなかった。何故なら、その女は誰よりも目立っていたから。容姿端麗、精力絶倫、一騎当千。鎧袖一触で敵を薙ぎ倒すその姿は、誰から見ても完璧だった。
女の息子はそれほど関心が無かったようだが、当時幼稚園児だった彼は違った。
あんな風になりたい。あんな風に敵を倒したい。
女の戦闘スタイルは、魔術等で強化された腕・脚を駆使した体術。身体強化系の魔法・魔術のセンスが無かった彼だが、懸命に真似した。そうすれば、少しでもあの女の人に近付いているような気がしたから。
好きこそ物の上手なれ。そんなこんなで、彼は殴り合いを戦闘スタイルとした。同年代の子供と喧嘩しても負け無しだった。詠唱を唱え終わる前に、押し倒して馬乗りになってタコ殴り。歳の割りにゲスいことをしていた。
彼が常人で言う小学一年生の頃。女が、学校を新設した。お前のような一般人とは違うやつらが通う学校だ、と女は言った。
彼と、女の息子が最初の生徒だった。
生徒の数が徐々に増えていき、学校としても見栄えが良くなってきた頃。
彼は、女に彼の全てを聞かされた。
彼個人の能力。そして、その能力で実の両親を殺してしまった事を。
彼はその事実自体にそこまで驚くことは無かった。だが、ひどく恐れた。
周りの者も実はその事実を知っていて、自分のことを恐れているのではないか? そんな疑心暗鬼に囚われ、急に孤独を感じたのだ。
このことは口外していない、女はそう言ったが闇は晴れなかった。
いつも仲良くしていた友人達が、冷たく見えた。だからこそ、彼は温かみを求めた。友人である確証が欲しかった。
彼は『トモダチ』が大切な存在だったから――――
「『生命簒齎』。あんたは右手で人間に触れることで、自然という大きな源から命を齎す。逆に、左手で触れることで、対象の命を簒う」
偲覇は半眼のまま、確認するかのように訊いた。
「その能力の前では、いかなる人間も無力と化す。『最強』もえらく苦労したみたいだしな。だからこそ、『対人最強』なんて異名も一時期存在した訳だ。ほんとに、一時期だけどな。探すの、面倒だったぞ~ー……?」
「ごたくはもういいぜ。俺の『友達』に手を出したんなら、それなりの覚悟はできてるんだろうな?」
トモダチと呼ばれた男子生徒は、左手を目の前の男に向ける。
それは、彼自身の意思表示。これ以上何かすれば殺す、無言でそう言っているのだ。
「………あんたの能力はあくまでも『人間』専用。だからまぁ~ー……あの人連れて来た訳だよ」
偲覇は、すぐ傍で繰り広げられている戦闘に顔を向ける。
「お~い、ヴァイオレットさん。そろそろこっちに来てくれよ」
偲覇のその言葉に、麻央と戦っていたヴァイオレットは、一旦動きを止める。
「何言ってんだい? 今良いところなんだ、邪魔しないでおくれ!」
口調からして、機嫌が悪そうである。
「そう言うなって。確かに、あんたにとっちゃ『元魔王』との一件も大事だろうが、『簒齎者』については組織全体の目的だ。ちゃんとやってくれなきゃ困るよ」
「私抜きで何とかすることだねぇ。そもそもあんたなら多少の危険はあろうが、触られずに生け捕りにすることくらい―――」
「ヴァイオレット=リデル=コンスタン」
ヴァイオレットが喋っている途中で、偲覇は眼を細め、鋭くする。
「これは『天帝』様からの御命令だ。行け」
ヴァイオレットはしばらく黙ってから、チッと軽く舌打ちをして『簒齎者』の方へ相手を変えた。
「! ……どこへ……っ!?」
「さーてと~ー……『元魔王』。あんたの相手は俺が……」
相手が急に方向転換して戸惑っている麻央に、偲覇が近付く。と、そこへ、
「アターシも相手しマースネー!」
ブロンド女のマリーが、駆け付けて来た。
「何だ、マリーさん。あんた、もうあの茶髪君倒したのか?」
「イェース、なかなか面白い人だったのデースよ!」
マリーは所々焦げ目が付いた青いライダースーツを気にしながら、体の調子を確かめる。
そして、偲覇とマリーは、麻央に一歩ずつ距離を縮めていく。それを見た麻央が身構える。
マズい、と秀は思った。いくら彼女でも、あの中年男と先輩を倒した外人女を相手に勝ち目など無い。一対一でも怪しいと言うのに、これでは勝負にさえならないだろう。だが、加勢したくても、今の自分では何もすることが出来ない。この紐に動きを封じられて、ただ見ていることしかできない。
ただ、見ていることしか―――
「何よ、無様な格好ね。この下僕」
その時、秀は真紅のマントを羽織った女性を見た。
黄昏は、顔の見分けが付きにくくなる時。だが、その金色に輝く髪とマントと同色の眼は、暗闇でも良く見えた。
女性は、秀から目を離し、偲覇とマリーを睨み付ける。
「人の食料に手を出すとは良い度胸ね、あんた達。丁度最近、私は力が有り余ってて困ってたところなの。良い捨て場が見つかったわ」
その女性―――ミラーカ=カルンスタインは、バキバキと拳を固める。
「覚悟することね」