【第十一話】崩壊編:黒い魔王と寡黙な勇者
黒井 麻央は人間でありながら『魔王』である。これは異例のことだ。
何故、人間が『魔王』になれたのか。その理由は至極単純なものだった。
彼女は『悪魔』という組織の中で最強だった。それだけ。
種族において、『人間』と『悪魔』の差を軽く超越する実力が、彼女にはあった。
しかし、それは彼女にとって望んでいなかったことだった。
『悪魔』の存在意義とは、『悪』の信仰そのもの。彼らには、彼らの思想がある。『善』を信仰する『天使』と真っ向から対立し、敢然と『悪』の旗を掲げ、『悪』を愛し、『悪』と共に生きる存在である。
そういう意味では、彼らも誇り高き存在である。それが彼らにとっての正義であり、正しいことを行っていると思っている。ただ、他から見れば歪んでいるが。
「あたしは『魔王』。『悪魔』の統率者。今回の件については、あたしが全部指導した」
「騒ぎが起きたのと同時に姿が見えなくなったのは不自然すぎた。多少、タイミングをずらした方が的確だった」
「今更、そう言われても遅いけどね」
傍から見れば『少女』対『少年』という異様な光景だが、『魔王』対『勇者』という因縁の勝負が確かに繰り広げられていた。
『少女』―――『魔王』が手に持つのは漆黒の大剣。いや、剣とは呼べない表面がゴツゴツしている、剣の形をした岩の塊。その真っ黒な岩の塊の周りには、おぞましい魔力が渦を巻いている。
破壊剣『ハデス』。正式名称を『ブラック・デストロイヤー』と云う。
『破壊』という点に関して特化している、最強の魔導具の一。
素手で先代『魔王』を凌駕したほどの力を持つ彼女にとって、この程度の相手には全く意味のない武器だったりするのだが、それは彼女が本気であることの表れでもあった。
辺りの空気が重くなる。それは強大すぎる魔力による重圧。普通の人間ならば、感じ取ることは出来ない。力を持つ者だからこそ感じる恐怖。
だが、『少年』は『勇者』である。そんな重圧にも恐怖にも物怖じしない。
敵がいかに強大であろうとも立ち向かう『勇気』。彼はそれを身に付けている。
「死を恐れないのは、ただの馬鹿だよ」
『魔王』は右手に持った岩の塊を振り上げる。本来、あの大きさの岩を片手で振り回すなどということは、人間の力では不可能である。恐らく、剣の軽量化か筋力強化の能力を行使している。
そして、振り下ろした剣から、真っ黒な衝撃波が発生する。衝撃波は、そのまま『勇者』に一直線―――
「人は誰しも、死を恐れる」
次の瞬間、『勇者』はその衝撃波を消滅させる。
「ただ、死ぬ気がないだけ」
「……それが、馬鹿だって言ってるんだけどな」
『魔王』は目を丸くしていた。
聖剣『アスンシオン』。魔導具とは違う、神より授けられし聖なる剣。
「驚くのも、無理はない。聖剣を扱えるレベルの『勇者』など、そうそう居るものではない」
「一応、何回か見てるけどね。聖剣使いは」
ただし、こんな何の変哲も無い表の世界で見るのは初めてだが。
「感じる限り、そこまで魔力ないから、驚いたよ」
「それは、コレのせい」
彼は眼鏡を外す。
一転。彼から感じられる魔力が増大する。
それも、ちょっとどころではない。5,6……少なくとも10倍ほどには膨れ上がっている。
「なるほど。その眼鏡、パワーセイバーだったんだ」
「聖剣に限らず『聖装』は、その強大な魔力故、コントロールが困難になる。戦闘する分には構わないが、日常生活を送るには魔力の浪費が目立つ。そのため、自身に制限を課す必要が出てくる」
彼は眼鏡を見て、
「コレは、着けることによって着用者の魔力を5%にまで制限することが可能」
ということは、着用前と着用後では魔力が20倍違うことになる。恐るべき制限力である。
「正直、驚いたよ。君がそんなに強い『勇者』だったなんて」
「名前だけならば知っていると思う」
『魔王』は目が点になる。
「『筧 閃』は偽名。本当の名前は『悠木 菖蒲』」
さらっと凄いことを口にする。
「……悠木、って……まさか」
彼は、淡々と言う。
「『勇者』の最高権力者コードネーム『ガーネット』の所有者だ」