【第百九話】急襲編:戦う理由
「っ……げほっ! げほっ!」
壁を突き破って体育館内まで吹っ飛ばされた火神 夜藝は、瓦礫の中で仰向けに倒れながらもまだ意識があった。
『気』を体の表面に纏わせることで強度を高め、何とか威力を軽減していた。しかし、それでもあのマリーというブロンドの外人女の打撃は凄まじい。現に、蹴りや拳を腹に食らった所為で、呼吸が苦しい。多分、骨もいくつかやられただろう。下手に動けば、折れた骨が内臓を傷付けかねない。
そんな瀕死寸前の状態である夜藝に、マリーは笑みを浮かべて近付く。
「アナタ、とっても頑丈なのデースネー! 普通なら、今ので気絶か、死んでしまいマース!」
その言葉に驚嘆など無い。あるのは感心。この女は、目の前の敵に対して恐怖を感じていないのだ。負ける気など微塵もない。そういう目で、この女は夜藝を見ている。
その目は、夜藝の中の何かを目覚めさせた。
「……オイ、ナメてんのかてめえ?」
夜藝は立ち上がった。その感じられる気迫は、さっきと少し違う。
夜藝が操る『気』は、彼の心そのもの。彼が強い意志を持つことで、『気』も彼に呼応する。
だが、彼が憤怒や羞恥といったマイナスの感情を持てば、『気』は暴走する。『気』は、『負』の力に飲まれやすいのだ。彼は『気』を操ると同時に、『気』によって操られる『存在』でもある。彼は一時的に『負』に犯された『存在』となり、残虐者と化す。
今の彼は、ソレだった。
他を傷付ける事しか出来ない、哀れな修羅だ。
「潰すぞ?」
夜藝が駆け出す。『気』は彼自身の想いで彼を強くする。今の彼に、骨が折れた痛みなど全く感じてはいない。
『気』を纏った拳の一撃を繰り出す。しかし、マリーは難なく避ける。
「魔力の質が少し変わりマーシたネー! 面白い能力なのデースネー!」
マリーが薄く微笑む。
「シカーシ……それでは、アターシに攻撃は当たらないのデースよ」
マリーの姿が一瞬にして消える。
彼女個人の能力は、六神通の一つである『神足通』。彼女もまた『天使』の彼と同じ、神の足の持ち主なのである。
故に、彼女を捉えるのは並みの者では難しい。
「ナメんなぁ!!」
夜藝は全方位に炎弾を放った。
それを見たマリーが彼から離れ、素早くその攻撃範囲から逃れる。
「正気デースか? この体育館が燃えてしまいマースよ?」
「いらねえ心配だ。『気』を操って、てめえしか燃えねえようにしてんだよ」
「ワーオ、お兄サンとは随分違うのデースネー!」
「兄貴と比べんじゃねえよ。あんな、ただ人を殺すことしか考えてねえ野郎とな」
兄の話が出てきてから、夜藝はさらに感情が高ぶっていく。その魔力が徐々に禍々しい物へと変化していく。
その姿を見て、マリーは目をキラキラと輝かせていた。まるで、オモチャを与えられた子供のような目だ。
彼女は戦闘を遊びのようにしか思っていない。弱い者と戦うより、強い者と戦うことを望んでいるのだ。
目の前の男子生徒は、感情によって強さを増していく。彼女にとってこれほど興味深い事は無い。
だからこそ、彼女は―――
「面白い人なのデースネー♪」
本気の一撃を彼に叩き込んだ。
「っ……くっ……!」
秀は、自分を縛っている紐を解こうと足掻くが、紐が自分の肉に食い込み、血が滲んでいく。
「じっとしてな。グレイプニルは、動けばいっそう固くなる。自分の体を大切にするこった」
さて、と偲覇は秀から目を離す。
「友枝 達貴に会いに行くかな」
「誰に会いに行くって?」
それは後ろ。
「ったく、帰りが遅いと思ったらコレだぜ……」
トモダチと呼ばれる男子生徒は、険しい顔でそう言った。
「……トモダチ」
「お~ー……? こりゃ、こっちから会いに行く手間が省けたか?」
「何の用だ、お前」
「いや~ー……、俺らと同行してほしいんだが……」
トモダチは周りを見る。
身動きのとれない友人。すぐ傍で戦っているクラスメイト。穴の開いた体育館の壁。
「……よく、そんなこと訊けるぜ。俺がこの状況でどう判断するか、判ってるはずだろ?」
トモダチは鋭い眼光で敵を見据える。
「許さねぇぞ、お前ら」