【第百八話】急襲編:家族の力
「……やべぇな」
校長は察知していた。学校の方からも妙な魔力の反応が三つ。しかも、かなり強力だ。
「早めに終わらせてもらうぞ、『悪魔』」
校長は、黒のロングドレスを着た女の姿をした『悪魔』と対峙する。
「ふふ……そこを通してもらえないかしら? 私は、高田 優っていう人に会いたいだけなのよ。この力を見てなお、まだ私を愚弄するのかどうか」
その『悪魔』――ウィネは、巨大な漆黒の弓の形をした『魔装』を構える。
魔弓『オレルス』。この弓は、矢を必要としない。魔力を糧とする事で対象を破滅へと導く、純粋な『悪』の結晶。
「もう一度だけ言うわ。そこを通してもらえないかしら?」
ウィネは目の前の女に照準を定め、弓弦を軽く弾く。その瞬間、真っ黒なレーザーのような物が放たれ、校長を狙って一直線――
「“鉄拳収斂”」
ドゴオォォ!! と、爆発音が響き、辺りを粉塵が舞う。そして、そこには校長が平然として立っていた。
「……どういうこと……」
ウィネは驚愕した。あのレーザーは、要塞一つを粉砕する程の威力を持つ。生身で受ければ、確実に命は無いだろう。それだと言うのに、この女はレーザーをいとも簡単に相殺させたのだ。
たった拳一つで。
「……ハ、高田 優とどんな因縁があるかは知らねぇが……、あいつに会いに行くんなら、最低でもあたしの許可を取りな」
その時、ウィネは初めて気付いた。
この女の名前。そして、この女がどういう『存在』であるかという事を。
「一応、あいつはあたしの息子なんでね」
高田 倶毘。学校長にして、高田 優の母。
この世の『最強』に君臨する人間だ。
「秀くんの……お父さん?」
麻央は目を見張った。目の前に立つ中年の男。偲覇と名乗るこの男が、秀の親だと言うのだ。
「ああ……そうだ。6年前に別れたがな」
半眼のまま表情を崩さずに、まるで何も感じていないかのように、男はそう言った。
麻央にはそれが信じられなかった。親子だと言うのならば、何故。何故、戦うのか。戦わなければならないのか。戦う必要があるのか。
「なんで……そんな平然としていられるの?」
「『元魔王』と言えど、まだまだ子供か………。現実ってのはな~ー……残酷な物なんだよ。理想の違い、思想の違い……それぞれが自我を通せば、必ず衝突が生まれる。『天使』と『悪魔』が良い例だ。自らの信じる道を突っ走るには、ソイツを越えなきゃならねぇ。例え、その相手が愛する者だとしても、な。あんたも裏に生きる者なら、覚えるこった」
偲覇は冷たく響く声で言い放った。
「…………」
麻央は理解ができなかった。彼女の知る『親』とは、そんな『存在』ではないから。とても温かくて、優しくて、死ぬまで自分の事を想っていてくれたような人達だったから。絶対に、敵対するような『存在』ではなかったから。
だから、この男が何を言っているのかが、解らない。
「話は終わりかい?」
痺れを切らしたかのように、ヴァイオレットが火弾を麻央に向けて放った。
麻央は咄嗟に『ハデス』を振るい、黒い衝撃波で相殺させる。
「フヒヒ! あんたに会いたかったよ、『お姫様』! さあ、あんたと私のどちらが美しいか白黒付けようじゃないか!!」
まるで獲物を見つけた獣のような眼で、魔女は見据える。
「お~い、ヴァイオレットさん。また呪いを掛けんなよ? そいつも殺しちゃいけねぇ『存在』なんだから」
「どっちにしろ、呪いを掛けたところでまた解かれちまうよ」
偲覇が注意すると、ヴァイオレットはむすっとした声で答え、
「……ったく、愛する者の口付けでしか目覚めないってのに、あっさり起きやがって……」
と、小声で呟いた。
そして、気合いを入れ直すかのように麻央に向き直り、口を開く。
「殺さない程度に本気出すよ。私の魔導書に不可能の文字は無いんだからねぇ!!」
魔女は杖を懐に仕舞い、新たに短剣と杯を取り出す。
「風の精霊シルフ、象徴は短剣。水の精霊ウンディーネ、象徴は杯。双方の力で嵐と為りて、舞い狂え!」
そして、麻央は水と風に飲まれた。
「麻央さん!」
秀が叫ぶ。
「よそ見すんな~ー……まだ終わってねぇぞ?」
いつの間にか近くまで迫っていた偲覇が生拳突きを繰り出し、秀は反射的に腕で防ぐ。
「………っ!」
とてつもなく重い一撃。腕の骨がメキメキと軋む音を聞き、何とかその場から飛び退き、『真偽の決定』で骨の損傷を『偽り』とする。
偲覇は肉体強化をする魔法・魔術のセンスを持っていないので、明らかに何かのアイテムの効果だ。そして、秀はソレに気付く。
「……そのベルトか」
偲覇が腹に締めている物。見た目はただの皮製ベルト。どこにでもありそうだが、その感じられる魔力は凄まじい。
「メギンギョルズっつってな~ー……身体能力が増幅する代物だ。まぁ、今、俺が創ったんだけどな」
再び拳が秀に襲い掛かるが、今度はその拳を止める者が居た。
茶色い髪をした上級生だ。
「何だ~ー……あんた?」
半眼のままで訊く偲覇だが、内心は結構驚いていた。何倍にも強化された自分の拳を、掌で掴んで止めているのだ。
「……先輩?」
秀は目を丸くした。この上級生とは何かと気まずい関係だったので、まさか庇うと思わなかったのだ。
その上級生――火神 夜藝はそのまま手首も掴んで、偲覇を投げ飛ばす。
「『気』、か? いや、ただの『気』の使い手じゃないな」
偲覇は受身を取って着地し、顔色一つ変えずに分析する。
「……あんたら、『家族』の一員だって言ったか?」
夜藝が尋ねる。
「まぁ、そうだけどな。……だったら何か?」
「火神 輝彦という男を知ってるか?」
「輝彦君のことか? まぁ~ー……彼も『家族』のメンバーだから、知ってるっちゃ知ってるけど……。何で、んな事訊くんだ?」
その言葉に、夜藝は一瞬黙ってから、
「俺の名前は、火神 夜藝。火神組は、その裏切り者を捜してんだよ」
真っ直ぐな眼で、そう言った。
「兄弟、か? 輝彦君にもそんなのがな~ー……」
「兄貴の居場所、教えて貰うぞ」
夜藝が構える。
「力尽くで、ってか? 残念だけどな、俺はあんたの相手をしてる暇はねぇよ。そこの息子と戦り合ってる最中だからな。ってな訳で――」
偲覇の後ろから人影が飛び出す。
「!」
猛スピードで夜藝との間合いを詰め、その人影は蹴りを放つが、夜藝はそれを手の甲で受け止める。
「アターシの出番デースネー!」
「っ……誰だよ、あんた?」
「マリー=C=テイン! 『家族』の一員なのデースよ!」
次の瞬間、マリーの姿が消える。空間転移ではない。透明になって認識できなくなった訳でもない。
圧倒的な、速さ。動体視力が付いていけない程の超高速で、マリーは動いているのだ。
「………っが……は……!!」
横っ腹に蹴りを食らい、夜藝は吹っ飛び、体育館の壁に叩き付けられると、マリーが更に追い撃ちで高速の拳を放ち、壁を破壊しながら夜藝を体育館内に押し込んだ。
「先輩……!」
秀は顔を曇らせる。
こいつらは強い。強大すぎる敵だ。実力が違う。そして、それらから一つの結論に至るのだ。
敵わない、と。
「さ、て、と。俺らも再開するか………それとも、友枝 達貴に会わせる気になったんなら、この戦闘は止めるぞ。今ならまだ考えさせる時間をくれてやる。……さぁ、どうする気だ?」
ここで戦闘を止めれば、誰かが傷付くのを止められるかもしれない。だが、こいつらはトモダチを、大切な友人を狙っている。秀にとって、それだけで理由は充分だった。
例え敵わない相手だろうと、どうにかするしかないのだ。
「……てめぇをブッ飛ばすよ」
それしか、選択肢は無い。
『真偽の決定』で、魔力無尽蔵と詠唱不要を『真』とする。
「……青いな~ー……」
風魔法第四番の四『エクサ・ブラスト』。凄まじい爆風が偲覇を襲う。だが―――
「!?」
偲覇は吹っ飛ぶどころか、一歩すら下がっていない。
理由は大体解った。風が当たる直前に、偲覇が出現させたアイテムによって、魔法が偲覇を避けているのだ。
それは、真っ白な鎧。
「『拒絶の鎧』。俺のオリジナルだ」
偲覇はそう言うと、更に『想像の創造』の魔力を溜める。
「『想像の創造』。第一の効果」
偲覇の周りに、見たことも無いような物が次々と出現する。そして、
「第三の効果―――材料からの製作」
第一の効果によって出現させた物が混ざり合い、別の何かに変わっていく。
「猫の足音、女の髭、岩の根、熊の腱、魚の息、鳥の唾液―――これらの材料から作り出される古の道具があんのさ」
それは、まるで絹のように滑らかな、一本の紐。
「名を、グレイプニルという」
そして、秀はその紐によって縛り上げられた。