【第百七話】急襲編:その組織の名前は
「何ですか、火神先輩? こんな体育館裏なんかに呼び出したりして」
「その、まぁ……親父から伝言を頼まれてな。あんたに伝えてくれ、って」
元締めの人からの伝言、か……。
「お兄さんの消息が分かったんですか?」
「いや、兄貴が見つかった訳じゃないが……兄貴の足取りを調べていく内に入った情報らしい。聞いてくれ」
先輩は真剣な顔付きになって、話し始めた。
「最近、この学校に侵入して何かしようと企んでる組織がいるらしい」
「組織?」
「兄貴と関係があるかは判らない。だが、なかったとしても無視はできないだろ」
それはそうだ。
「……その組織の名前は?」
その問いに、先輩は少し間を空けてから口を開く。
「組織の名前は………『家族』だ」
その時、あたし達の近くから爆音が響き渡った。
「……ったく、危ないな」
秀は間一髪で、放たれた火球を避け、敵から距離をとった。
「フヒヒ、1ヶ月ぶりに見る私の美しい魔法はどうだい?」
全身を黒のローブで覆い、魔法で作られたような皺一つ無い綺麗な顔。
文化祭の時に会った、あの魔女だ。
(それと……)
魔女の後ろに、もう二人誰かが居る。
「オーホホホホ、初撃を外してはダメなのデースネー!」
その内の一人は、長いブロンドの女性。青いライダースーツのような服を着ている所為で、その大きな胸のラインがくっきりと出て、見るのも恥ずかしいような格好をしている。
「黙りな、マリー。わざと外したんだよ。傷が付かないようにねぇ」
「あと、この前に呪い掛けちまって、お叱り受けたしな~ー……」
「あんたも黙りな!」
「ヘイヘイ……」
もう一人は、男。やる気の無さそうな半眼。黒くて癖のある短髪をした中年の男だ。
「よぉ、秀。6年ぶりくらいか。俺の顔、覚えてるか?」
秀はこの男を知っていた。
「あんた……何で、ここに……」
「まぁ~ー……ちょいと、な。『簒齎者』って奴、探してんだけど……お前、知らねぇか?」
『簒齎者』。秀にとって、全く聞き覚えの無い単語だった。
「……ああ、悪い。俺らがその『存在』の名前、そう呼んでるだけだった。本人の名前、言わなきゃ分かるはずねぇよな」
特に詫びてる様子も無く、その男は続けた。
「……友枝 達貴、っていう男子生徒。知ってるか?」
「…………!」
「知ってる、って顔だな~ー……そりゃ」
果たしてどんな顔だったのだろうか。
「……ま、なら丁度良い。そいつに会わせてくんねぇか?」
「……会ってどうするつもりだ?」
秀は若干、声を大にして訊いた。
「まぁ~ー……同行を願いてぇんだけどな。こちらとしては」
「帰れ」
男を除いたそこに居る2人の女が目を丸くする。
「てめぇら全員、この学校から立ち去れ。今すぐに」
秀は凄まじい重圧を放ちながら、そう警告を発した。
「結局、戦闘になるのデースネー……」
「面倒くせぇな~ー……。ジョウガさんも来りゃ良かったのに……」
「ほら、ごちゃごちゃ言ってないで行くよ!」
魔女が杖を振り、火球を放つ。
そして、秀はその火球に手を翳す。
「『真偽の決定』」
魔法の発動を『偽り』とし、火球が消える。
「『決定者』とは、随分言うようになったもんだな~ー……。6年前は『審議者』だったのに……」
男が懐かしむように呟く。
「いつまでも子供扱いしてんじゃねぇよ。審議しなくたって一人で決定できるくらいに、こっちだって成長してんだよ」
秀は、身体能力の向上を『真』とする。
「アターシが相手しマースか?」
「馬鹿言ってんじゃないよ。私はこの時を1ヶ月も待ってたんだ。譲るわけ――」
「いや、俺がやるよ。マリーさんとヴァイオレットさんは退いててくれ」
男が女二人に告げ、前に一歩出る。
「何でだい? 私がやるって言ってるだろう?」
「桐谷 秀は殺すな、って言われてるだろ? あんたじゃ誤って殺しかねないしな。あいつの癖をよく知ってる俺がやった方が良いだろ。それに……」
男は、秀の姿を見据える。
「……あいつとは、何かとやっておかなきゃいけねぇ事もあるしな~ー……」
半眼のままだが、その眼光は鋭い。
秀のこめかみを汗が伝い、その汗が地に落ちたその瞬間。秀は弾丸の如く駆け、男との間合いを詰めて右の拳を握る。対して男は左手を虚空に翳し、拳が男に当たる直前に何かを出現させた。
それは、銀色に輝く盾。
「っ………!」
秀は、拳がその盾に当たる寸でのところで止め、慌てて飛び退く。
やっと思い出したのだ。この男の能力がどういう物なのかを。
『想像の創造』。
『創造者』と呼ばれるこの男は、何でも創り出すという『神』のような能力の持ち主だ。何でも創り出すが故に、得体が知れない。下手に触れるべきではない。
「……これは、ミスリルっていう金属だ。触れても死にやしねぇよ。銅のように打ち延ばせ、ガラスのように磨け、銀のように輝き、鋼を超す強度を持つ……なんていう、今は無くなった馬鹿げた遠い過去の産物だ」
ミスリルの盾の形が崩れ、また別の形へ変わっていく。
「『想像の創造』………第一の効果は、この世に無い物の生成。第二の効果は――」
男の手には銀色に輝く長槍が。
「魔力の通ってない、無機物の変容」
男は刺突を繰り出す。秀は難なくかわすが、すぐに気付いた。
槍がすでに刃渡りの広い戦斧となっている。
「相変わらず変わらねぇな~ー……相手の力を見てから、本気出す癖。だから短期決戦挑まれると弱ぇんだよ」
男がそのまま横薙ぎに振るい、秀の体に斧が迫る。
慌てて魔法を発動しようとして、秀が詠唱を始めたその刹那。
ガァン!! と金属音が響き、ミスリルの斧が砕け散った。
男は流石に目を見開いた。当たり前だが、ミスリルなんてそう易々と壊れる物じゃない。寧ろ、その強度に憧れた者が今までどれほど存在したか。
そんな夢の金属を一撃で破壊したのだ。
この目の前に立つ、漆黒の大剣を握った少女が。
「……麻央さん?」
秀は一瞬驚いたが、よく考えてみれば、体育館裏というすぐ傍にこの人は居たのだ。気付かない訳が無い。そして、辺りを少し見渡してみると、やはりあの先輩も居た。
「『元魔王』か~ー……面倒な奴が来ちまったな……」
男は舌打ちした。
「……あなた、誰?」
麻央が低い声で問い、男はいつもの半眼で答える。
「桐谷 偲覇。『家族』の一員。それと、そこにいる『決定者』の父親だよ」