【第百六話】急襲編:襲来する二勢
日が傾き、夜の闇が迫る黄昏時。
学校の敷地外。表の世界の者は立ち入る事がなく、暴れたとして誰も気付かないような場所。そこに居るのは、4人ずつの二つの勢力。片方は『悪魔』が4人。もう片方は人間が2人、半人と人外が1人ずつ。
両勢力は睨み合っていた。
「ハッ、随分と気付くのが早ぇじゃねぇか。先生方よぉ?」
ボサボサの銀髪に、黒い眼帯で左眼を隠した『悪魔』が、沈黙を破るように口を開いた。
「学校の警備を少し強化したんだよ。お前らみたいな奴に、好き勝手させねぇようにな」
学校の敷地内に入らせまいとするは、校長率いる教師軍。
「そこ退け。テメェらと闘る気はねぇんだよ。閣下の命令じゃなくて、オレらの勝手なリベンジだしな」
4人の『悪魔』に禍々しい魔力が集まっていき、辺りを重圧が包む。
そして、『ソレ』らが姿を現す。
「海藤 魚正、高田 優、綿貫 雛、友枝 達貴を呼んできな。クロセル、ウィネ、ベリアール、マラクスって奴らが殺しに来たってよぉ!!」
4人の『悪魔』がそれぞれ手に持つのは、凶悪な魔力を放つ武具。
「『魔装』……!? 現代の『悪魔』は使うのを止めたんじゃねぇのか!?」
神谷 良介が驚愕の声を上げた。
『魔装』とは、『悪』に身を捧げた者が手にすることが出来る究極の力。『聖装』と対を成し、その邪悪な魔力によって持ち主の魂を喰らっていく。故に、己の身を危惧した『悪魔』達は、200年程前からほとんど所有者になろうともしない。
「慌てんな、神谷。『魔装』は確かに強力だが、その力に見合った所有者の実力が無きゃ大したことねぇ。それに、前にこいつらが攻めてきた時に『魔装』の所有者が一人居た、って報告もあった」
「ソイツは多分、オレのことだな」
校長が喋っているところを、先程の銀髪の『悪魔』が口を挟む。
「確かにあの時は、この力を使いこなせちゃいなかった。だが、今は違ぇ。あれからオレも色々と努力したんだよ。ンな性分じゃねぇが、『魔装』の所有者としての本物の実力を得た」
『悪魔』がにやりと口の端を上げる。
「五秒で決めな。今ここでオレらに殺されるか、生徒四人差し出すか!!」
教師にとっては、とんだ一択問題だ。答えなど一瞬……いや、出題される前から決まっている。
「答えは、三番目。あたし達がお前ら『悪魔』をぶっ飛ばす、だ」
当然の如く、校長はそう言い放った。
「……ハッ、やってみろよ!!」
そして、『悪魔』と教師の両勢力は戦闘を開始した。
「はぁ……面倒くさいな……」
時は八月下旬。夏休みも残り少なくなってきて、そろそろ夏休みの宿題に手を付け始めないとマズい時期だ。嫌だね、うん。
「おい、秀。ここの部分、意味解んねぇんだけど。何で定数をkと置くんだ? つーか定数って何?」
「知らねーよ、教科書がそうなってるからそうなんだよ」
今は寮部屋で勉強中。正直、他人の分まで気にしちゃいられない。
ところで、篭が未だに修行とやらから帰って来ないが、あいつは宿題大丈夫なのだろうか。……夏休み最終日とかに戻ってきて、泣き付いて来るかも知れないな。
「おい、秀。『賢に見えんと欲してその道を以てせざるは猶ほ入らん事を欲して之が門を閉づるが如し』の口語訳って何だ?つーか口語訳って何?」
「……お前、何でそんなに勉強する教科をころころ変えるんだ?」
「だって、そればっかやってると飽きるし」
「3分も経たない内に変えるのは、どう考えても非効率的にしか思えないんだが?」
「あ~ごちゃごちゃ言ってないで、早くやるぞ!」
誰の所為でこの話題になったと思ってやがる。
「……ちょっと飲み物買って来る」
僕はどうにも頭が痛くなってきたので、部屋から出た。
寮の近くの体育館裏にある自動販売機に向かう。……本当に、あいつと勉強すると気が散って堪らん。
僕はふと、空を見上げた。曇天、とでもいうのだろうか。決して、良い天気とは言えない。ただ、薄暗く鈍色に染まった空間。夜の内に雨でも降るのだろうか。このクソ暑い季節に、更に湿気が高くなるのは拷問以外の何物でも無い。面倒なこった。さっさと買って戻ろう。
僕が体育館裏に回ろうとすると、誰かが話しているような声が聞こえた。僕は咄嗟に壁の陰に身を潜める。……別にする必要はない気がするが、本能的にだ。
僕はこっそり頭を出して、体育館裏にいるその2つの人影を見る。黄昏時というのは本来、『誰そ彼』と、人の顔の見分けが難しくなる時間のことを言うのだが、何故かこの時はあの人影が誰なのかが判った。
麻央さんと、あの例の先輩だ。
一瞬、思考がフリーズした感じがした。そして湧き上がる多数の疑問。何であの二人が一緒に? こんな時間に、こんな場所で? 一体、何を話している?
……マズい。何でこんな状況に僕は来てしまったんだ。何でこんなの見てしまったんだ。心が落ち着かない。何だか、むしゃくしゃする。
何なんだ。こんな小さな事で、僕は何を苛立っているんだ。戻ろう。今は、頭を冷やした方が良い。
僕は、後ろを振り向き―――
「フヒヒ、また会ったねぇ」
つくづく思う。何で、こうも面倒事が増えるのだろうかな。