【第百五話】急襲編:彼らの仕事場
この学校は、通う者が例外無く裏を知る者であるが故、住む場所が無いという生徒は少なくない。そういう事情を悟られないためにも完全寮制であるこの学校は、長期休業になっても人の数はあまり変わらない。実家に帰る者、属する機関に戻る者は確かに居るが、多くない。
結局のところ、この学校に住まう者達は、ここ以外に自分の居場所が無いのがほとんど。悲しき運命によって導かれた者が、ここには集うのだ。
だからこそ、その者達を護る『存在』がいる。
『教師』という名の、これまた悲しき『存在』が。
「やあやあ! ちゃんと仕事しているかな、諸君!?」
バン! と勢い良く職員室の扉を開けて中に入ってきたのは、真っ直ぐでさらさらな長い黒髪と端正な顔を併せ持った、見た目20代にしか見えない女性。
『校長』という教師の中での最高責任者だ。
「その言葉、そっくりそのままあんたに返してやりたいところだな」
社会科担当教師、神谷 良介は臆面もなく自らの上司を睨み付けた。
「おや?どこからか生意気な声が聞こえたな………そこの口か?」
校長の指から、ピンッと何かが飛び出す。そして、そのまま神谷の口の中へ――
「同じ手を二度も喰うか!」
神谷は飛んできた物――炒り豆を軽く首を捻って避ける。神谷は薄く口の端を上げ、してやった、と内心で呟く。
が。予想を反し、狙いから逸れた豆はそのまま机の上に置いてある物に当たると、跳弾のように飛ぶ角度を変え、飛ぶ威力を無くさないまま様々な物に跳ね返り続け、まるで最初から全て計算されていたかのように、神谷の口へと吸い込まれていった。
「―――――っ!!?」
神谷は声にならない悲鳴を上げながら、職員室の床をのたうち回る。
「ブワッハッハッハッ!! あたしに勝るなんざお前には一生無理だ!! バーカバーカ、苦しめ!! 己の非力さと愚かさを恨め!!」
神谷の無様な姿を見下ろしながら、校長は下卑た笑い声を高らかに発する。
「校長先生。面白い光景が見れるのは良ーんですけど、仕事があるのは確かでしょー?」
と、口を出してきたのは体育担当教師の一寸八分 雄々羽。
「休業は休む為の期間だ。無駄に働く為じゃねぇよ」
「あんたここに入る時に言ってた言葉、復唱してみろ!」
起き上がった神谷は、半分涙目だった。
いくら頑丈な鬼でも、弱点を突かれれば、こうも脆いものである。というか、本当に命に関わることなので、神谷は切実に止めてほしいと思ってる。…まぁ、その願いは届かぬだろうが。
「‥‥‥少し静かにしろ。‥‥‥気が散る」
重厚感のある声でそう言ったのは、図書館の主である大城=ゲー=高広。いつもは図書館にいる大城もこの職員室へ色々と仕事しにきたはずだが、何故かその手には一冊の本が。
「お前も本読んでないで仕事しやがれ!」
「‥‥‥小休憩中だ。‥‥‥五分後に再開する」
大城は本から全く目を逸らさず、当然のようにそう言い返した。
ちなみに今、この学校に居る教師は校長を含めここに居る四人だけ。他の者は皆、休みをとっている。故に、今日の分の仕事はこの四人だけで済ませなくてはならない。だが、休みをとっている者にも当然自宅でやるべき事はあるし、校長だけは毎日色々とやるべき事がある。
社会人の休みは無に近い。……と言っても、裏の社会ではあるが。
校長は内心毒突きつつ、そろそろ校長室に戻ろうかと思った……その時。
「………ん?」
異様な魔力を察知した。数は4つ。位置は学校の敷地外。方向は、以前『悪魔』が攻めてきた方向と同じ。
まさか、と思う。
校長はその場にいる教師達を見る。自分を入れてちょうど4人。
「どーしたんですか、校長先生ー。険しー顔になってー」
「……お前ら、行くぞ」
「どこにですかー?」
「教師の使命を果たしにだ」
校長はその場で、青魔術による空間転移を発動した。