表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の世界  作者: Sal
102/172

【第百二話】彼女の見つからないもの

 平穏を求めてここまで来た。私以外の全てを捨て、殺し、やっとの思いでここまで辿り着いた。なのに。


 うずく。私の中の本能が、何かを求めている。


 ここでの生活は退屈だ、そう叫んでいる。


 冗談じゃない。私は今の暮らしに満足してる。体の傷なんかとっくに治ってる。『保健室』という場所に居て、毎晩あの男の血を吸ってるだけでいい。唯一警戒していた『ダンピール』のことも解決した今、この暮らしを続けることに何も問題は無い。


 なのに。



「どうかしたんですか、ミラーカさん?」


 目の前にいる男が訊いた。女々しく、軟弱で、腑抜けた声だ。


「どうしてそう思うのよ?」


「い、いや、その……何となく……」


 男は困惑したような表情で私に言う。



「貴女のそんな顔、見たこと無いから……」



「…………」


 この男は不思議だ。普通の『人間』とは違う何かを持っている。


「……『吸血鬼ヴァンパイア』は、姿が鏡に映らないのよ。もっと具体的に言ってくれないかしら?」


「具体的に、って…………何か、迷ってるような」


「そうね、迷ってるわ。今からあんたを殺すかどうか」


「えぇ!? 何で!?」


「いちいち面倒臭い男ね、冗談かどうかの区別も付かないわけ?」


「…………」


 男の目が潤んでいるように見えた。


 不思議だ。こんなにも脆く、弱いのに、何かを護るという強い意志がこの男の心の奥底に居座っている。一体、その目は何を見ているのか? 私のような邪の念が強い種族の者には、その答えに辿り着くには難がある。


 私のような種族の者には――――


「ミラーカさん」


 男が突然、声の調子を変えて私の名を呼んだ。


「……何よ?」


「あの……前から訊こうと思ってたんですけど……」


 重々しい表情。



「ミラーカ=カルンスタイン…………貴女は、『吸血鬼』の王家カルンスタインの者ですよね?」



 男はそう言った。


「……そうよ」


 ついにバレたか。そりゃ、本名を名乗っていた時点でその可能性はあった訳だけど、まさかわざわざ調べるとはね。


「じゃあ、何でそんな王家の者がこんな場所に居るんですか?」


 男のその問いに、私は一瞬唖然とした。


 ……なるほど、カルンスタインが王家の姓であることを知っただけで、あのことはまだ知らないか。だったら丁度良いし、いっそ全部喋ってしまおう。どうせ、いつかは知ることなのだから。


 私は口を開く。



「王家の者は死んだのよ。私以外全員」



 男は目を見開く。


「……え?」


「私が殺したの。邪魔だったから」


 まるで鳥籠の様な場所だった。陰気臭くて、辛気臭くて堪らなかった。


「頑固で堅物で、それでいてけだものみたいな連中しか居なかったんだもの。ムカつくったらなかったわ」


 だから私はその籠を壊した。全てを捨て、自由を手に入れた。


「…………何で」


 男が小さな声を漏らす。


「何で、そんな……」


「『何で』? さあ、どうしてかしらね? あんたには解りっこないし、解る必要の無いことよ」


 少なくとも『人間』という種である以上、私達異形の者の想いなど解るはずがない。


「でも……」


「でも、なに? それが私の望んだことだったのよ。結果、私はここにいる。ここには私の望んでいた物がある。あんただってその一つ」


 私は男の首筋に顔を近付け、そのまま軽く噛み付いた。私の好みの血の味。甘美で、いつまでもそのままでいたくなる心地になる。


 だけど、何故か今は冷たい味がした。


 私は顔を離し、そのまま男に背を向ける。


「……今日は帰って。これ以上、話す気分にはなれないわ」


「…………」


 しばらくして、離れていく足音と、部屋の扉が閉まる音が響いた。男は帰ったようだ。


「一体どうしたんですかあ、ミラーカさん? いつもと調子が違いますよお? 顔色もわるそうですし……」


 今まで黙っていた保健室の主が尋ねてきた。


「何でもないわよ、チユ。ただ、ここに来る前のこと思い出して、ちょっとムカついてるだけ」


「桐谷くんのことは良いんですかあ? あのままで……」


「……良いのよ。明日までにはいつもと同じ調子にしておくから」






 一体何だ。


 私の望んでいるものは何なんだ。


 その答えは、まだ見つかりそうもない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ