【第一話】僕の日常
僕の知るこの世界が、この世の本来の姿でありながら、表の世界から見ればおかしいものなのだと認識したのは、五歳くらいの頃だった。
その頃から変に賢しかった僕は、親の挙動を見て自分に何かを隠しているということを察し、自分の持つ特異な力は、一般人に見せてはいけないものなのだと悟った。
この世にはあらゆる職に就く色んな『存在』が居るという裏の非常識を知り、世界はそれらの活動によって成り立っているという事実に気付いた。
僕は、争い事の絶えない裏の世界が嫌いだった。
平和が好きだから、いつも無視してのんびりしていた。それが、間違いだとも知る由も無く。
そんな過去があったからこそ、今の僕はここにいる。
僕は、僕の世界で生きている。
「…………」
僕、桐谷 秀は、頭を抱え込んでいた。
「どうした、パスか?」
ニヤニヤとした顔でそう言うのは、トモダチだった。
「っていうか、序盤で強力なカード出しまくってからの革命とか、大人気なさすぎて気持ち悪いんだよトモダチ」
『大富豪』、というゲームを知っているだろうか。別名『大貧民』とも呼ばれる有名なトランプゲームである。
ルールは至って簡単。まず、何人かでトランプを配る。次に、誰かが適当なカードを出し、そこから順に前より強いカードを出す。誰も出せなくなったら、その時に出した人からまたカードを出す。
これを繰り返し、手札が無くなった人から勝ち抜けするゲームだ。
ちなみに1位の人間を『大富豪』と呼び、最下位の人間を『大貧民』と呼ぶ。この2人は、次のゲームでお互いの手札の最弱カードと最強カードをトレードする。
基本的に3が最弱で、2が最強という、トランプゲームでは少々変わった強弱関係である。
……と、まぁ大体こんなルールだ。
このゲームには、数多くのローカルルールが存在する。今言った『革命』も、その一つ。説明すると長くなるが……そうだな。
とりあえず、今は物凄く不利な状況だということだけ説明しておこう。
「ったく、面倒臭い……パス」
僕は大量に残っている手札を一まとめにしながら言った。
「…………」
僕の次の番である人物は、静かに自分の手札を見ている。そして、何もない、と言うかのように首を横に振った。この人は、普段からこういうテンションだ。
この人の名前は、筧 閃。珍しい名前だと思う。大きな丸眼鏡を掛けた寡黙な人で、人と喋っているところをあまり見たことがない。そんな彼が昼休みに僕らのところへやって来て、このゲームに参加してきたのは結構驚いた。前々からそんなに親しい関係でも無かったから余計にだ。
「おいおい、誰も出さないのかよ。俺、ラスト3枚だぜ?」
「うるせぇ、外道。お前のせいだろうが」
僕らは3人で大富豪をやっていた。
それは真剣勝負ではなく、ただの暇潰し。ただの娯楽。そんなムキになってやるものでも無いが、こういうものはやり始めると、予想以上に熱くなってしまう。
「あ、またやってる。本当に好きだね、トランプ」
ふと、高い声が聞こえた。
「お、まーさんか。今な、俺がそろそろあがるとこだぜ」
「トモダチくん、大富豪強いもんね」
『まーさん』と呼ばれているこの人は、黒井 麻央。
「あたしも次、混ぜてもらっていい?」
背中まで伸ばした黒髪、身長は少し低めでくりっとした目をしていて、美しいと言うよりかは可愛いと言うべき顔立ちだろう。彼女も、トランプを一緒にやる友人の一人だ。
「別にいいけどよ、もうすぐ昼休み終わるぜ?」
「あと、一回くらいできるんじゃない?」
そう、ここは学校。
僕と友人達が通う学校であり、ほんの少しどこかがおかしな学校。
「よっしゃ、あがり~。さあ! 二人で決着をつけるがいい!」
これは、そんな学校の生徒達が織り成す物語なのである。
多分。