高レベルのゴブリン達が、ひ弱なヒューマン(レベル1)だけで守る孤島のダンジョンに、攻め込んでみた
ダンジョンのなかで冒険者を倒せば、魔力は吸収され、ダンジョンマスターの力となる。蓄えられた魔力は、ダンジョン拡張やモンスター召喚に使われる。
魔力を蓄えたダンジョンマスターは、召喚したモンスターを用いて、ダンジョンの外で人・生き物を襲わせる。召喚したモンスターが人・モンスターを倒すことによって、召喚モンスター経由で、魔力を吸収することができるためである。
そして、ダンジョンの外で、別のダンジョンの入り口を見つければ、そのダンジョンに攻め込むようになる。攻め込んだ先で、ダンジョンマスターを倒せば、溜め込まれた魔力を奪える。
このような形で、魔力を吸収し続けた高レベルのダンジョンマスターは、ついには次元を越えて直接回廊を繋げ、異世界にあるダンジョンに挑めるようになる。
* * *
敵ダンジョンマスターである紫色のローブを着たダークエルフが、襲い掛かるゴブリン達に向け、火炎の魔法で応戦する。
だが、ゴブリン達は、火炎魔法をものともしない。
攻撃魔法に対する抵抗値は、種族特性と各自の精神力で決まる。高レベルになれば、身体能力だけでなく、精神力も備わり、攻撃魔法をレジストすることができる。
ゴブリン・シャーマン部隊からの魔法攻撃をレジストしたダークエルフであったが、棍棒を装備したゴブリンの大部隊によってミンチと化す。
その様子を水晶球を通じてみていたダンジョンマスターのゴブリンキングは多くの魔力を得られ満足気であった。そして、次に攻め込むところを選ぶため、魔法でサーチしはじめる。ゴブリンキングは、種族特性により、ゴブリンを少ない魔力で召喚できるため、軍勢の主力はゴブリンとなる。よって、ゴブリンが生存できない、空気のない水中などの環境のところは候補から除いていく。残った候補のなかから、魔力蓄積量が少ないところも除いていく。次元をこえてダンジョンを直結させるにも魔力を必要とするため、それを上回る魔力を蓄えていなければ意味がないからである。
サーチの魔法で、おおまかなダンジョンの種類、ダンジョンマスターの種族・レベルと、蓄積魔力を掴むことができる。候補の中で、最後に残ったのは3つ。
〇火山のダンジョン
ダンジョンマスター:レッドドラゴン(レベル:981)
蓄積魔力:約9000
〇森のダンジョン
ダンジョンマスター:アラクネー(レベル:1212)
蓄積魔力:約3000
〇島のダンジョン
ダンジョンマスター:ヒューマン(レベル:1)
蓄積魔力:約10万
ゴブリンキングは、目を瞬かせた。
何故、最弱に近いヒューマンごときで、これほどの魔力を蓄えているのか?
これまでダンジョン探索の冒険者を累計で数百人殺害していたとしても、この魔力値にはならない。ヒューマン1体を殺害して、約10の魔力が吸収されるとして、単純に1万体ほど命を落としていなければ、これほどの魔力値にはならない。
さらに不自然なのは、ダンジョンマスターのレベルである。レベル1は不自然すぎる。
敵を倒し、魔力の一部を吸収することで、レベルは上昇していく。レベルが上昇すれば、身体能力・精神力も強化されていく。このダンジョンマスターは、自身の強化に一切使わず、ただ魔力を蓄えているだけということになる。だが、ダンジョンマスター自身を強化せず、レベル1のままであれば、召喚したモンスターを従わせることはできない。
よっぽど罠が巧みなのだろうか。
しかし、罠に頼ったダンジョンは、数で押し込む攻撃に弱い。落とし穴や仕掛け弓で、先頭のモンスターを撃退しても、後続が続けば、そこで食い止めることもできない。また、ヒューマンとゴブリンでは、1対1では、基本的にゴブリンの方が強い。さらに、こちらのゴブリンの軍勢には、魔法を使うメイジゴブリン、身体能力が強いホブゴブリン、集団戦を指揮するゴブリンジェネラルも有している。いくら罠を工夫しようとも、ゴブリンの軍勢には勝てないだろう。
島のダンジョン以外だと、レベル以前に種族として強すぎるドラゴンには挑めない。ドラゴンは単体で強いだけでなく、ブレスによる全体攻撃も強力なため、攻め込ませた軍勢が、いきなり全滅してしまうリスクもある。アラクネーなら勝てそうだが、蓄積魔力が少なすぎるので、攻め込むメリットが小さい。
レベル1のヒューマンがダンジョンマスターで、蓄積魔力が約10万というのは不自然すぎて気になるところだが、このダンジョンに攻め込むこととする。
この島のダンジョンをさらに詳細にサーチすると、島全体が、地下からではなく、地表からダンジョン化していること。さほど大きくない島だが、地表には無数の小さな溝が掘られ、地下にも無数の坑道が掘られている。
ゴブリンキングは、島の中央部、一番太い坑道部分こそが、このダンジョンの心臓部だと狙いをつける。
* * *
『物質的な武装とともに精神的な武装が大切であります』
『物には限りがありますが、ただ、無限にして無尽蔵なるものは、実にこの精神力であります』
敵軍の砲撃の合間に、帝国宰相 (注) のラジオ演説が坑道内に響く。
突如、轟音とともに、ペトンで固められた戦車も通れるほどの大きな坑道内に土埃が舞う。
どうやら坑道近くの地表に敵艦からの艦砲射撃が着弾したのだろう。
生き埋めになるのだけは勘弁だ。
天井に目をやるが、ペトンの天井には罅もみあたらないので安心する。
坑道には、
『我等ハ全力ヲ奮テ本島ヲ守リ抜カン』
『我等ハ挺進敵中ニ斬込ミ敵ヲ皆殺シニセン』
『我等ハ最後ノ一人トナルモ「ゲリラ」ニ依ツテ敵ヲ悩マサン』
の張り紙が見える。
この島は、我が帝国本土を高高度から爆撃する敵重爆撃機部隊が展開する南方の島と、帝国本土を結ぶ線上に位置する。
この島を失えば、敵はこの島の飛行場に戦闘機部隊を展開させ、重爆撃機隊に戦闘機隊の護衛をつけることが可能となる。さらに、この島の電探を避けて迂回する必要もなくなるほか、損傷をうけて出撃基地まで戻れない機体も、この島の飛行場に不時着させることができるようになる。
我が方にとっても、この島の失陥は、敵重爆の早期探知するための重要な電探拠点・無線傍受拠点を失うだけでなく、本土から繰り返し出撃する陸海軍爆撃機隊による敵重爆出撃飛行場への爆撃任務においての、中継拠点を失うことを意味する。
この島の重要性から、住民の疎開が行われ、大規模な築城工事が行われてきた。
陸軍と海軍の対立が激しい帝国であったが、この島には師団司令部が置かれたこともあり、司令官の陸軍中将もとでの指揮命令系統の統一はかられている。
陸軍工兵学校から教官や本土の鉱山技師の指導を受けながら、島の海岸線沿いに水際陣地帯と島の外周を円で結ぶ洞窟式交通路(帝都にある円を描く鉄道線に由来して山の手線壕と呼ばれる)、上陸適地の島南部地区一帯は、南部飛行場を中心に前方地域における陣地として戦闘壕が掘られ、各戦闘壕は洞窟式交通路で結ばれた。
南部地区から緩やかな勾配を登った先にある島の中央部分は、主陣地として、師団基幹戦力の三分の二が配備され、地下陣地内は電化され、特火点、砲台、機関銃掩体などの術工物は、鉄筋をいれた分厚いペトン(島内に豊富にあった火山灰を混ぜることで、強度を落とさずセメントを節約することができた)で固め、さらに援護土層と偽装が設けられた。
師団戦車連隊所属の戦車のうち、半分が歩兵直協支援のため、この陣地内に配備され、いずれも地下壕に隠され、敵が近づいたら戦車壕を移動して、砲塔だけ姿を現し、射撃を行えるようになっているほか、一部の戦車については、戦車も通れる幅の広い地下坑道内を移動して、射点を変更できるようしている。
地形的に敵からの上陸は無いと考えられていた北部についても、長期持久戦に備えて全域を複廓陣地としての築城が行われ、北部地区に配置された師団全般支援火力としての砲兵(320mm九八式臼砲、四式四十糎噴進砲、四式二十糎噴進砲、150mm九七式中迫撃砲、四十口径八九式十二糎七高角砲)も、ペトンで固めた掩体壕で防御したほか、各掩体壕は洞窟式交通路で結ばれていた。
北部地区の地下深くには、師団司令部(師団長室、参謀部室、経理部室、法務部室、師団戦闘指揮所、通信所)や砲兵団本部、倉庫壕、生活のための居住空間や休養するための棲息壕、炊事場、発電所、水槽が設けられたほか、北部地区内の各坑道陣地内には師団の予備戦力(歩兵と戦車など)が控えていた。
さらに、各地下陣地の出入り口は、爆風や炎に備えた入り組んだ構造にして、入り口の爆破や火炎放射器の攻撃に備えており、さらに偽装した複数の出入り口を設けていた。
2605年8月19日に、敵が上陸してきてから、早一ヶ月。島南西端にある火砕丘に築かれた防御拠点は、敵軍に奪われてしまったが、あくまでも水際防御の門柱に過ぎない。本当の戦いは、火砕丘陥落後からであり、島嶼の電撃占領を目指す敵軍の企図を阻み続けていた。
敵軍は、ここ主抵抗陣地であり、東部地区の要衝、わずかに隆起した地点に築き上げられた『屏風山陣地』にも接触できていないまま、主陣地前方200メートルにある前哨陣地帯で膠着した戦いが続いている。
み號劑(注)を飲み込んでから、悪臭の握り飯(注)を急ぎ頬張る。
陣地や海軍砲台の防衛は、もともと島に配備されていた師団や海軍部隊の任務。夜間の挺進切込みは、敵兵を休ませないために毎晩行われ、飛行機整備や水雷射堡などを任務としていた、陸戦を専門にしない将兵のほか、我々のように所属部隊が全滅したなど様々な理由で島内に居候している根無し草の任務となっている。
今宵は中尉達の番であった。
(我々は挺進任務を主任務とする専門部隊、我々の本業だ、帝国陸海軍600万人の最精鋭として、他の将兵の前で無様な結果を残すわけにはいかない)
心中深く、気合を入れなおす。
「中尉殿、準備できました」
飯を食べていた中尉も含め、ここに集まった16名の将兵は目立っていた。
坑道内にいる陸海軍将兵たちとは違う、所々を黒く染めた独特の迷彩服。
本来であれば、敵重爆撃機が展開している飛行場に強行着陸する剣挺進作戦で、すでに死んでいるはずの男たち。
作戦に参加した60機(陸軍爆撃機30機、海軍陸上攻撃機30機)のうち、発動機不調で島に不時着した2機(内、陸軍機1機、海軍機1機)に搭乗していた者たちである。
ここに居るのは不時着時の衝撃でも無傷だった剣挺進隊の生残りたち。
中尉含め、陸軍第一挺進連隊からの10名。
秘密戦・遊撃戦を専門にする二俣学校からの1名。
海軍陸戦隊で空挺技術を有する隊員から選抜編成され、潜水艦から敵地に上陸して破壊活動を行う海軍第101特別陸戦隊からの5名。
島に配備された将兵の多くは予後備兵であるが、ここの隊員はすべて現役兵である。
さらに全軍から身体能力、射撃術、銃剣術、柔術などにも優れた最精鋭の将兵のなかから、さらに選抜され、挺進連隊、第101特別陸戦隊といった挺進作戦の専門部隊に配属され、そこで専門的な訓練を修了させている者たちであった。
他の将兵たちとは、明らかに違う体つきをしているうえ、挺進専門部隊員特有の死を恐れない独特の死生観。
どのような過酷な状況下でも、どのような困難な任務でも、任務遂行を絶対に諦めない強靭な精神力。
それぞれ一〇〇式機関短銃、試製九糎空挺隊用対戦車噴進砲など、他の将兵たちとは違う、優良装備を手にしていた。
島内、どの戦線も敵の火力・兵力の密度が高いため、地表から戦線を抜けての浸透はせず、戦線後方に出られる生き残った洞窟式交通路を見出し、全軍の見本となる襲撃をしようと決意する中、屏風山坑道陣地を揺るがす大きな衝撃が襲う。
いつも砲撃や爆撃とは、衝撃の質が違う。
明らかに、坑道内部で発生した爆発。
停電となり、坑道内は真っ暗となる。
坑道内の将兵たちは慌てて携帯用手回し懐中電灯を灯す。
『敵襲ーだ!』
坑道内右手方向の近くから敵襲との声が響く。
暗闇の奥から、微かに斬撃音と悲鳴が聞こえてくる。坑道陣地内、100m先ぐらいであろうか。
膠着した陣地戦の間に、敵は我が方の前哨陣地を地下から抜けて、この坑道陣地に目掛けてトンネルを掘り進め、白兵戦を仕掛けてきたのであろうか。
敵ながら見事だと思う。
中尉すぐさま坑道内に侵入してきた敵兵殲滅を決意する。
そして、これはチャンスだと思った。
敵の掘り進めたトンネルを逆用すれば、戦線後方へ容易に抜けられる。挺進切込みの絶好の機会。
挺進隊員たちは無言のまま、暗闇での同士討ちを避けるため、帽子に目印となる白鉢巻を手慣れたように装着する。
挺進隊は懐中電灯もつけず、暗闇のなか記憶と周りの気配を頼りに、足音を立てずに場所へ向けて進むなか、突然の停電で坑道内で混乱している戦車兵たちと中戦車1台に気づき、懐中電灯を1つだけ灯し小声で尋ねる。
「この戦車はすぐに動かせるか?」
戦車兵はうなずいた。
* * *
ダンジョンマスターのゴブリンキングは、水晶球で敵ダンジョンに突入したゴブリンの軍勢を見ていた。
どのヒューマンも魔法を使わず、夜目も利かず、鎧も着用していないままで、次々とゴブリンの軍勢に討たれている。
魔法を使えないほどレベルの低いヒューマンしかいないのか
まさか、どのヒューマンもレベル1なのであろうか
何故、これで魔力値10万もため込むことができるのだろうと、不思議に思っていると、ゴブリンの軍勢に、唸るような轟音とカタカタと金属音をたてながらゆっくりと近づく、ダンジョンの通路全体を阻むような大きな鉄の塊が見えた。
注
帝国宰相:
戦略観に欠ける、狭量だなど、後世の評価は低いが、官僚としての能力は剃刀と評されるほど高く、宰相・陸軍大臣・陸軍参謀総長を兼務したときに心配された大本営の事務停滞は、停滞どころか、むしろ事務処理が早くなったとの逸話もある。戦時宰相論など、様々な宰相批判・倒閣運動が行われているが、この時点では退陣することなく、帝国宰相の地位を保ちながら戦争指導を行う。
み號劑:
夜目を利かせるための栄養剤。魚から抽出したビタミンB2が主成分の糖衣錠。作戦実施の1日前から、1日3回、食後3錠服用する。ここでは水を節約するため、ご飯と一緒に飲み込んでいる。
悪臭の握り飯:
地熱による高温と多湿という厳しい環境のうえ、すでに敵軍と交戦中という極限状況のため、陸軍で広く使われていた防腐錠(ヘキサメチレンテトラミンとグルタミン酸ナトリウムによる錠剤。ご飯を炊くときの熱でヘキサメチレンテトラミンが分解され、ホルマリンが放出されるため、ご飯が1週間ほど腐らなくなる。余剰ホルマリンはグルタミン酸ナトリウムと結びつき無くなるため、ホルマリンの匂いはなく、人体にも害は無いと考えられていた)を用いず、直接ホルマリンを混ぜ込んで、2週間ほど腐らない状態にしている。ご飯を炊くために、島の地下水が用いられたが、地下水は硫黄分が多く含んでいるため、下痢で悩まされた兵士も続出した。ホルマリンと硫黄により、悪臭のする握り飯となっている。
その島のそこの部分に直接攻め込んじゃダメー、ゴブリンたち逃げてー、というわけで、
読み専でしたが、8月15日の終戦記念日ということもあり、小説執筆にチャレンジしてみました。