バイトで、学園のアイドルの婚約者役やってます。
以前投稿した短編「バイトで、悪役令嬢の代打やってます。」の続きとなってます。
シャラーン♪
着信音がして、スマホにいつものようにとあるメッセージが届く。
内容を確認し、すぐ傍に控えている助っ人である左京さんに移動の旨を伝える。ちなみに、左京さんの相方である右京さんは本日は雪子さん本人の付き添いで不在である。
自分の中のスイッチを、一般生徒船越一香からご令嬢多智花雪子へと完全に切り替えるために、手にしている京扇子を握りしめ、深呼吸をする。
「さて、参りましょうか」
第一校舎の三階で、愛しの婚約者様が待ちわびている。
目的地に近づくと、女子生徒数人に囲まれている件の人物を発見する。
が、本日は将彦さんの傍には櫻野さんが控えているためか、女子生徒の輪がいつもよりスゴイことになっている。
護衛役として傍に控えているのに、その顔面偏差値の高さが仇となり、さらに女子の取り巻きを増やしているとか、うん、本当にお疲れ様です。
櫻野さんだけなら、そのなんともいえない雰囲気に近寄り辛いのだけど、将彦さんとセットとなると話が変わってくるんだよね。
そうですね、二人もゴージャスな御仁がいたら寄って行って、声なんかきいてみたいって思っちゃうのは、ほんの少しは理解ができる。
この二人もだけど、琉聖学園Gクラスの男子生徒は全員が、女子生徒にとってはアイドルみたいなものだもんね。
が、程度ってもんが世の中にはあるのだ。
どこのバーゲンセールかというくらいの人だかりに、二人に興味のない男子生徒らは、廊下の真ん中で何やってやがると、迷惑気に集団を見ながら横を通り過ぎている。
さて、どうやって蹴散らしてやろうかと算段していると、集団の中心にとあるご令嬢の顔を見つける。
「雪子様、鞍野坂の娘がいらっしゃいます。一旦様子を見ましょう」
鞍野坂永華。
私と同じ一年生で、雪子さんをライバル視している厄介なお嬢様である。
経歴なんかを色々ときかされたが、要約するとアレだ。向こうが勝手に盛り上がって、雪子さんに絡んでくる困ったちゃんらしい。
しかも、長い付き合いらしく、彼女がいる時は極力近寄らないようにと厳命されている。
お嬢様のクセに、野生の勘が素晴らしいらしく、私が代役であると初見で見破るから……とのこと。
野生の勘とか、昨今のご令嬢ってどういうスペックなんですかね。
こちらに気づかれる前に、そっと近くの空き教室に避難する。
「うーん。将彦さんからの救難信号、どうしようか」
「櫻野様もいらっしゃいます。なんとかしてくださるはず、です。私は様子を見て参りますので、こちらで身を潜めておいてくださいませ」
左京さんが教室を出ていくのを見送り、ため息をひとつ漏らす。
相手が悪いとはいえ、代役としてお役に立てないとは、少しだけ凹んでしまう。出来高制なんだよね、このバイト。
そう。私の通う琉聖学園、女子生徒皆が憧れる森ノ宮将彦さんの婚約者である、多智花雪子。
一般の方ではない、いわゆるお嬢様という存在の雪子嬢。
そんな雪子嬢と畏れ多くも、私はそっくりらしい。
だだし、顔以外。いや、顔は化粧で誤魔化せるから系統は同じなんだろうけど、あの人とは天と地の差があると自覚してますとも。
神様のどういった気まぐれなのかはしらないが、血縁関係が一切ないのに、声や身長、スリーサイズまでがほぼ一緒。後姿なら親でも間違えてしまうくらいだった。
その、偶然を買われておさまっている私のポジションが、雪子嬢の代役である。
バイト禁止だけども、なんとかしてお金を貯めたい私の前に転がり込んできたチャンス。
厳しい研修期間を終え、合格ラインといわれて、私が日々挑む業務の主な内容はほぼひとつ。
ガラの悪い素を隠し、品性方正で好青年。皆のアイドル、もしくは憧れの王子様を演じている森ノ宮将彦先輩が、女子に絡まれているのを救出することである。
いや、真面目に考えるとなんて内容なんだろう、このバイト。
なぜに、自分でまとわりつく女子をあしらえないのに、王子キャラでいくんだろう?
一言、ウザいと言えば解決できそうなのに、将彦さんはそれをしないし、雪子さんも何も言わない。
「…………謎だ」
とんでもない額のバイト代の中には口止め料も入ってると思う。
だから、私は必要でないことは極力聞かないことにしている。
いい加減、お前本当にどうにかしてみせろよとか。そろそろ少しはあしらい方分かってきただろう?
なーんて、ひとつも思っていませんとも。
空き教室の片隅にまとめられている机と椅子の中から、比較的きれいそうな椅子をひとつ引っ張り出す。
ハンカチで軽く埃を払い、座ってため息をつく。
「こんな事になるなら、今日のバイトは断ればよかったかな」
これくらいならと誤魔化していたが、座ると一気に倦怠感が身体を襲う。
顔色が悪いと気づいてる筈なのに、素知らぬ顔でいつも通り雪子さんになるためのメイクを施してくれた桃田くん、体調がすぐれないのを心配してくれた左京さんを振り切ってきたのに、この様はちょっと情けないなとひとり哂う。
――――やばい、視界がまわり出した。
目を瞑って、この不快な波をやり過ごそうとした瞬間、
「なんだ、人がいたのか」
がらりとドアが開く音がした。
左京さんかと思って振り向くと、見慣れた男子生徒と目があった。
「……誰だ、お前?」
「…………」
背中に冷や汗をかきながら、お前こそ誰だという視線を送る。
多智花雪子にとっては、彼は初対面なはずだ。
つかつかとこちらに近寄ってくるのを黙って見つめる。
このままではまずいと椅子から立ち上がり、逃げ出そうとする前に、目の前に立たれて退路を断たれる。
「ばか。そんな顔色で立ち上がるな。転んで頭でも打ちたいのか?」
肩を軽く抑えられ、顔を覘きこまれる。
うわ、そんな近くで見られたら、コイツにはばれる。
「近いです。離れてください」
手にしていた扇子で、顔を寄せようとするのを留める。
「は? 本当に大丈夫か? しかも、その恰好、なんの真似だ?」
「…………」
ばれてる、ばれてるよ。うん、ばれちゃうよね、分かってましたとも。
やっぱりコイツには誤魔化しはきかないか。
あまりの窮地に眩暈もどこかにいったのはいいんだけど、どうしてくれよう。
「船越だろう? 朝から顔色が悪かったのに、早退しなかったのはこのお遊びが一因か?」
「えーと、どちらさ」
「お前さ、俺と何年の付き合いだと思ってるわけ? 多少化粧してても、お前が船越なのは分かる。ついでに体調悪いのもな」
保健室行くぞと、抱えようとするのを阻止する。
この格好で、コイツに抱えられて廊下歩くとかやらかしたら、バイトをクビになるどころの騒ぎじゃない。
将彦さんはどうでもいいが、雪子さんに迷惑をかけるのだけは本当に嫌だ。
「いや、本当に、何も言わずにほっといて、お願い!」
必死に抵抗する私を、呆れたように見つめ、ため息をつかれる。
抱えようとするのをやめて、椅子に座る私の目の前にしゃがみ、顔をじっと見つめられる。
「本当に、大丈夫か?」
「大丈夫。ちょっと休んだら、回復するし。そのうちお迎えもくるから、」
だから、アンタも早くここから去ってくれと言おうとした、その時、
「雪?」
音もなく開いた扉から聞こえた麗しい声に、なぜか、寒気を感じた。
ぎぎぎと首を動かし、怖くて本当は確認したくないが入り口を見ると、先ほどまで女子に囲まれていた婚約者様が、きらきらの笑顔で佇んでいた。
やだ。
笑顔が怖いとか、どういうことよ。いつの間にそんな必殺技を会得してやがったんですか。
それに、そんな冷気出せるんなら、普段から放出してお嬢さん方を追っ払いましょうよ。
「森ノ宮将彦、か。……ふうん、そういうことね」
小さく呟き、ちらりとこちらに目線をよこす。
その眼差しに、今度きっちり事情をきくからなという脅しを感じ、口元を思わず引くつかせてしまう。
しかし、今、この場をどうにか乗り切りたい私は、先送りにする方向に賛成を示すべく軽く首肯しておいた。
「今度の土曜日。納得いく答え用意しとけな。で、ついでに」
「分かってる、いつもより品数多くしときます」
だから、さっさとこの場から退場してしまえ。
私の心の叫びを受け取り、素直に扉の方へと向かってくれた。
取りあえず、一難去ったので、安堵のため息をついていると、
「雪?」
先ほど以上に、低温な麗しい声に名前を呼ばれた。
ゆっくりとこちらに近づいてくる婚約者様の姿に難を逃れたはずの私の身体が再度硬直した。
「も、森ノ宮せ、」
「ゆ、き?」
うっかり、船越一香として呼びかけようとするのを、将彦さんが笑みをさらに深めて責める。
「……っ、ま、将彦さん。い、今のはですね、」
「さっきすれ違い様に、体調悪い女をこき使うんだ? って罵られたんだけど、体調悪いの?」
椅子から立ち上がれないでいた私の傍に将彦さんが膝をつく。
「化粧で、巧く誤魔化してるね。よく見ないと分からないや」
扇子を握りしめていない方の手をとられ、指と指とが絡むように握りこまれる。
それは、噂の恋人繋ぎ!! と衝撃を受ける間もなくもう一方の手を頬になでられる。
「ねえ、今の男は、何者?」
「……初対面の方です」
将彦さんが雪子嬢としての対応をお望みであるのなら、多智花雪子としての、模範解答を述べる。
「でも、僕と同じ距離を許してたよね? 君は、誰の、何?」
「将彦さんの、婚約者、です」
「そうだよね。なら、今のはダメなことって分かるよね」
頬に手をあてられてなければ、ものすごい勢いで首肯していたが、今はできないので小さく頷いておく。
「ご、ごめんない。不意打ち……というか、その、眩暈を起こしてですね、とっさの判断を」
なんと言ってこの場を乗り切るか言い訳をしながら考えてると、こつん、とおでこに軽い衝撃を受ける。
何事? と視線をあげると、かつてないくらい近くに将彦さんの顔があり、驚いて距離をとろうとするも、繋がれていた手が腰にまわっていて身動きがとれない。
「今度の土曜日って、なんのことだ?」
がらりと変わった、声色と表情に、今度は船越一香に問われいていると察す。
「……森ノ宮先輩には、関係ないですよね」
それならばと、自分の意志できっちり答えを返す。
さっき遭遇した、小学生の時から続く腐れ縁の同級生との間にある、ちょっとした事情には触れてほしくない。
家族にさえちゃんと話してないことを、バイトで婚約者役を務めているとはいえ、付き合いの浅いこの人には知られたくない。
「面白くないな」
だんまりを決め込む私にこれ以上は無駄と感じたのか、舌打ちをして詰めた距離をもとに戻してくれる。
その際に、呟かれた台詞は小さすぎて私の耳には届かなかった。
「じゃあ、教室にもどろうか?」
学園のアイドルの仮面を付け直した将彦さんが、姿勢を正し改めて私の横に膝をつく。
「はい?」
自分だけ婚約者モードにさっさと切り替えた将彦さんに意識が追いつかず、間抜けな返事を返した瞬間、ふわりと身体が持ち上がった。
ちょ、これ、お姫様抱っことかいうやつ!? まずい、体重がバレる!!? それは女子としていただけない状況だし!
「ま、将彦さん!!」
「はいはい、暴れないでね、危ないから」
抵抗する私を軽く無視して、教室を出て廊下をさくさく突き進む。
人の少ない放課後とはいえ、学園の有名人物が廊下を婚約者を抱っこして歩いてなんかしてるわけで、皆の視線が凄まじい。
お願いだから、見ーなーいーでー。
「将彦さん! 止まってください!!」
「ん?」
無理、これ、絶対に無理!!
Gクラスの教室に辿り着くまでに、私のライフがゼロになってしまう。
頬を染める私の顔を、面白そうに見る将彦さんに殺意を感じる。
雪子さんなら、どうやってこの状況を変える?
考えろ、考えろ。
いくら、将彦さんが大好きだからって、ここまで見せつけたいわけじゃないはずだ。
抱きかかえられて、うっとりするキャラじゃない、はず、ですよね、雪子さん!!
どちらかというと、あれだ、あれ、すんごく有名なアレですよね、雪子さんの演じてきたご令嬢は!
ツンでデレる感じの方向性ですよね。
よーし、頑張るぞーと、気合を入れる。
私の願い通り、立ち止まってくれた将彦さんの顔を見上げる。
「降ろしてくださいな」
「だーめ。雪、体調悪いんでしょう?」
「で、ですが、こんなに、皆の注目を集めるのは、」
合わせていた視線を外し、胸元に擦り寄って、将彦さんだけに聞こえるように囁く。
「……恥ずかしいですわ」
えぇ、陥ってる状況よりも、今こんなこと言ってる自分が一番恥ずかしいですけどね!?
頬染めながら、何言ってるんだよ!
こんなこと、船越一香としてなら絶対言わないし、やらないし!!
つーか、その前に全速力で逃げ出すし。
「仕方ないな。でも、支えるくらいはいいよね?」
ため息をつきながら、ゆっくりと下ろしてくれる。
ようやく地に足をつけれて、ほっとする。
自ら二足歩行するのって大事だよね?
「それくらいなら、許してさしあげますわ」
「はいはい」
照れ隠しにぷいっと、顔をそむける。
そんな様子に小さく笑いながらも、将彦さんはしっかりと私の腰に手をまわす。
……Gクラスに辿り着いたら、速攻でその腕を振り落してやる。
背けた視線の先には、私たちのやり取りを遠巻きに伺う一般生徒たち。
「見世物ではなくてよ! さっさと散りなさい!!」
見世物ですよね、見ちゃうよね、分かってるけどごめんね?
と心の中では平謝りしながら、雪子嬢として一般生徒の皆々様に一瞥をくれておく。
「こら、恥ずかしいからって他の人に当たらないの。後でいくらでもやつ当たりでも何でも付き合ってあげるから、さっさと教室に戻るよ」
いえ、頂きたいのは、バイトの追加料金です。後できっちり櫻野さんに請求してやる。
通常料金に含まれてなんかないですからね、ここまでの絡みとか!
お仕事、お仕事、と自分に言い聞かせ、もう一仕事と婚約者様にデレておく。
「……ふん」
まだ怒ってますという体を保ちつつも、きゅっと自らも将彦さんに引っ付く。
「上出来」
私にだけ聞こえるように囁かれたお褒めのことばに、目線だけで抗議をし、移動を開始する。
その後、無事にGクラスに辿り着いた瞬間に、速攻で将彦さんを突き飛ばし、先に帰還していた左京さんに抱き着いた私は悪くないと思う。
取り敢えず、癒しが欲しかったんです。
普段は、一般生徒の一年生、船越一香。
たまに、皆の憧れ森ノ宮将彦の婚約者、多智花雪子。
こんな感じの二重生活はまだまだ続く。
お付き合いありがとうございました。