〜うたた寝の夢〜
『お前を殺して、俺だけが存在する!!』
突然、目の前に男が現れた。
顔には黒い靄がかかり、
右手には妖しく光る一振りの刀を携えている。
その男から低い、地の底から
響くような声が鼓膜を震わせる。
ーーなんだ…ここは!誰だお前は!!
周りを見回すと酷い景色が目に映る。
曇天の空に。地は裂け、
木々は薙ぎ倒され、嵐が吹き荒れる。
あちこちにーー血、血、血。
ーーうっ……カイ!?葉月!?ルル!?
男の足下を見ると、
三人が俯せに倒れていた。
あちこちに斬り刻まれた傷があり、
真っ赤な液体が身体を彩る。
『別者に選ばれなかった劣等種め。
お前に生きる価値はない。死ね。』
ーー何なんだ!!ちょっと待ってくれ!!
俺の声が出る事はなかった。
10メートル以上はあっただろうか。
男の言葉が終わったと同時に姿が消え、
認識が追い付いた時には既に遅し、
白刃の刃が迫っていた。
構える暇もなく首に刃が入り込むーー
「うわぁぁああ!!!」
首に激痛が!!……なかった。
跳ね起きた瞬間、慌てて
首筋を触ってみると汗で湿っていただけだ。
目の前に見えるのは
男でも刃でもなく自室のドアのみ。
「はぁっ…何なんだよ…ほんと…」
未だにあの鮮明で妙に
生々しいシーンが頭から離れない。
声、男、刃、ーー血血血血血。
滝のような汗が頬から首筋に流れ、
服に染みる。肌に張り付いた服が鬱陶しかったが、
着替える気力も湧かない。
呆然とただただ一点を見ていると、
階段の軋む音がした。
水樹が起こしに来たようだ。
「兄さーん入るよー!」
言葉と同時にドアを開ける音がした。
「あっなんだ起きてたんだ!返事してよー
というか汗、凄いけど〝ナニ″かしてたの??」
含み笑いしながら言って来たので、
「何もしてないわ!!変な夢、見て
寝汗かいただけだ!!」
やましい事は何もしてないのに悲しいかな
慌てて言い返す。
「ぷぷぷっ…はいはい!
兄さん先に風呂、入っちゃいなよ〜」
「はい…」
手で口を抑えながら階段を降りて行く妹に
拍子抜けしてしまい、
ぷるぷると肩を震わせる
小さい背中について行った。
「今日はもう!とっくべつの特別に
作っておくから早く入ってね〜!」
「すみませんお先に入らせて頂きます」
「おう!」
サムズアップを決め、水樹は台所へ向かった。
日に日に母親化とイケメン度が
上がっている気がするな…
ベタつく服を脱いで
生まれたままの姿になり、風呂場へ入る。
蛇口を捻ると身体に温かい水がかかる。
全身汗まみれだったから丁寧に洗い、
それから湯船に浸かった。
・・・
「兄さん何かあったなら言ってよ…
心配だよ…」
包丁を握る手に力が入る。
選定の儀から帰って来てから
兄さんの様子がおかしかった。
何あったんだろうなーとは思ったけど
やっぱ何かあったみたいだね…
私の時はいつも
しつこいくらい心配してくるのに。
自分の時は抱え込むんだから!
「うぎゃーーこの!この!この!」
野菜がどんどん細かくなるがお構いなし。
包丁捌きはお墨付きだもん!
まっ誰のお墨付きかは分からないけどね!
・・・
「ふぅー」
さっぱりとすると気分もスッキリするな。
身体に付いてる水滴をタオルで拭く。
新しい服に着替え、火照る顔に
手で風を送りながら台所に向かう。
「〜〜〜〜♪」
台所を見ると、鼻歌を歌いながら
水樹が料理を作ってるのが見えた。
「何か手伝える事ある?」
「リビングで息を吐いて吸う事…だ」
こちらにくるりと顔を向けると
少し低めの声を出して言った。
多分、イケメンな顔をイメージしたんだと
思うけど眉間にシワがこれでも
かってくらい寄っている。
「さ、左様ですか…」
すごすごとリビングの椅子に座り、
魔法新聞を読む。
各地で魔物の大量発生。
ギルドの活躍。それに新たな英雄誕生、か。
「かっこいいなぁ〜」
「えっ?ナルシスト?」
水樹が怪訝な顔を浮かべながらこちらに言った。
「英雄の事だよー」
「そっちね。それより
夕飯出来たから運ぶの手伝って〜」
「はいよー」
食欲をそそる匂いと共に食卓に並ぶ
料理を見て腹の虫が鳴る。
今日のメインは唐揚げだ。
「「頂きまーす」」
ーーー
夕飯を食べ、片付けを終える。
お腹も落ち着いたので
早速、日課の稽古に向かう。
「そろそろ稽古行ってくる」
「錬成の武器使うの!?私も見たい!」
水樹が椅子から身を乗り出して言う。
「どんな武器かまだ分からなくて
危ないかもだから俺が試してからね」
「ぶぅー!!家のありとあらゆる鍵
閉めるもんね!!」
「それは勘弁してくれ」
ふくれっ面の妹を見て苦笑いしながら
その場を離れ、裏口から家を出た。
両側に木々が生い茂る砂の道を歩くと
開けた場所が見えた。
日中は近所の子供達もよく遊んでいる。
いつもお世話になっている稽古場だ。
夜特有の静けさと澄んだ風が
辺りに僅かに吹いている。
ーーこの雰囲気が好きで落ち着く。
いい感覚だ。
目を閉じると感情の波が穏やかに
なるのが分かる。
ーー始めようかな
「〝夜光″」
スーッと言葉が滑らかに出た。
それと同時に靄が滲み出る。
右手に僅かだが重みを感じた。
「やっ!」
掛け声に気迫を込め、
夜光を構えて宙を斬りつけた。




