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第三話 噂と食事とお婆ちゃん

 人と言う生き物は、本能的に保身に走るのである。寒さから身を守って、衣服を作るようになり、飢えから逃れるべく、農業や畜産をするようになる。要は怖い物が基本、大の嫌いなのだ。

 そんな人間が自分より圧倒的に強い存在を目の前にすると、とる行動は二つに分かれると言われている。嫌悪し、恐怖し、逃げる。もしくは、崇拝するかの二択だ。

 さてここに国最強の剣士を負かした少女がいるとしよう。

 それも壮絶の戦いの末とか、ましては闇討ちによる暗殺などではなく。ただ剣士が少女を切ろうとする時、睨まれただけで手が止まり、その後降伏したでと言う。

 普通に考えてあり得ない話だ、八百長と疑ってもよい、寧ろそうすべきだ。

 だがあろう事か、剣士は誠実にして愚直である事に定評のある王国近衛団長、少女に至っては、女神の寵愛を受ける勇者だと、王自ら説明した。

 これは天文学的確率でのみ起こるレアケースに違いない、しかし、実際ここに起きたのだ。

 その映像は国随一の魔術師により、王都にてリアルタイム放送し、気付けば全国がその話題で盛り上がっていた。

 曰く「王国最強の剣士たるレーギン様を、一睨みで膝をつかせた。」

 曰く「その華奢な体から発する闘気だけで、レーギン様は己の敗北を悟った。」

 曰く「実は余りもの速さで、対決していたレーギン様以外は、その動きを見る事が出来なかった。」

 噂に尾ひれが付き、どんどん神話か何かのように語られた。それこそ、辺境の酒場に行っても、毎晩とられる音頭が「我らが勇者様に、乾杯!」位には。

 そして当の勇者である夜鳥鳴子ご本人は、呑気に秋刀魚の塩焼きをおかずに熱燗を飲んでおり、その隣には、陶酔した表情で、同じ肴をたしなむ国王と近衛団長、そしてオラキュール・マギムと名乗った宮廷魔術長もいた。

 夜鳥にはこの世界と日本を自由に移動する権力を、創世主から与えられている。その故、決闘の末に、すっかり自分の事がトラウマになったお三方に、せめてのお詫びにと、一度日本に戻り、知人からとびっきりの酒と、筑地市場から旬の秋刀魚を仕入れてきた。

 「と言うわけで、あれは声で人の心を揺さぶるスキルでして、別に私が怪物でも何でもないんだからね。」後ろ半分だけは全くの嘘である。

 「いやいや、某は「愚直」なるスキルを持つ故、心に作用する術は効きにくい。にも拘らずあの威嚇力、感服いたします。」

 「あぁ、余も王族として、武芸を嗜んでおるが、あの構えもせずにして、一片の隙なき立ち姿、実に美しい。」

 「そんな、褒めても酒ぐらいしか出せませんよ。」と、如何にもな営業スマイルで、国王のお猪口に酒を注ぐ。

 「それでよい、この焼き魚も、アツカンとやらも実に美味である、これ程のものを用意して貰えるのであれば、褒め言葉の一つや二つ惜しむことはない。」

どうも王様は夜鳥の用意した品が大層気にいてしまって、笑みが止まるところを知らない。

 「いやはや真でありますな~、海の魚などいつ以来か、それもこれ程脂の乗った、臭みもない新鮮な上物だ。焼き加減や調味も素晴らしい、塩のみと言うのか、またよい、素材の上品の味が遺憾なく出ております。

 そしてこの暖かなアツカンなる酒、ライスで作る酒は二、三度頂いたことはあれますが、あれはすべて濁り酒であった。これ程澄んだ、味が鮮烈な物を自分は知りません、余りの旨さに、自分は涙が出そうであります!

 ヤドリ様は戦だけでなく料理も酒選びも天下一品で在らせられるとは、恐れ入ります!」

 「確かにとてつもなく美味ですが、まさかグルメで通しておるマギム卿にこれ程言わせるとは…」

 当然であろう、夜鳥は千年も生き、その間実に900年以上は和食メインで食べてきた。最近こそ海外にわざわざ美食を嗜みに行くが、市井にまともな料亭も出せぬ戦乱の時代では、毎日の旨い物が食えるよう、自らの腕を磨いたものだ。何せ人を驚かすだけの妖怪だ、別に人肉は食わんし、食事する事は趣味にあたる。なればせめて旨いもんが食べたいのが世の常なのだから。

 そして秋刀魚、これは日本に生まれる人にとっては魂の一部と言ってもいい。その塩焼きに関してなら、間違いなくし店料亭でだして良い出来栄えであると、夜鳥は自負している。

 おまけに酒は、何を隠そう、彼の酒呑童子が直々に選んだ、曰く「初心者にお薦めする物の中でも、最上級の一品」らしい、不味い筈など、万に、いや、兆に一もありはしない。

 その後夕食で、自作の天つゆと共に出した野菜の天ぷらや稲荷寿司、そして豚汁もまた、大層好評であり、ともに食事をした王妃と二人の王子も大いに喜んだらしい。

 特にまだ13歳の第二王子は、食事中にチラチラと夜鳥に視線を向け、目を合わせ、笑顔を返すと、すぐさま顔を赤らめて目をそらす、見ていて実に面白い。

 料理をするときも、さり気なく調理場に混ざりこんだ、神保町で古本屋を営んでいたはずの婆さんが、その稲荷寿司を嬉々と食しながら、「天照からの伝言だ、『異界外交は月読の役割で、妾は関与しとらんぞ!』との事だ、あとは勝手に楽しめとも言っていたな。」と夜鳥に告げた。

 自分の三倍もの時を生きた、彼の玉藻御前もこの御仁の前では頭が上がらないと言われた、妖界最強の一角である空狐くうこ様をパシリに使うなと、天照大神に異議を申し出ようと言い出しが、空狐はただ微笑みながら、夜鳥の頭を撫でた。

 傍から見ればまさに仲の良い祖母と孫娘であるが、生憎誰から見られぬように、空狐はしっかり人除けの結界を張っていた。

 かくして、夜鳥の忙しくも、非常に楽しい一日がようやく終わりを告げ、それに満足したか、珍しく深い眠りに入った。

 「くう様…」と、大妖怪らしからぬ可愛い寝言を残しながら。

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