第二話 強いか弱いかと言うと「怖い」になる
キラール王国近衛兵専用練兵場、面積やく16000平方メートル、日本人に解りやすく説明すると、国中の熱血球児達が日夜想いを馳せている甲子園球場、そのグラウンドと同等の大きさにもなる、一城の近衛兵の練兵場にしてはあまりにも広大である。
近衛兵と言えば、多くは貴族がその子を送り込み、王族との友好関係を深めながら、貴族礼儀などを学び、運が良ければ騎士の称号を手にするための踏み台。と思っている人は多い、実際多くの国ではそうだ。
だがキラール王国は、大陸最難関のダンジョンを国に持つ。その近衛兵は、王城護衛こそ通常の任務であるが、定期的にダンジョンの魔物の間引きも行う。それところが、時折起きる隣国との争いも、王が前線の陣地にて督戦する風習を持つ国の近衛兵として、むしろ真っ先に前線に立つ部隊なのだ。その実力は言うまでもなく、王国最強。この国において、王国近衛兵は騎士以上の誉れ高き称号である。
だからこその広大の練兵場であり、この場を借りて行う行事もまた、国家最高レベルのものばかり。
それゆえ、現在その場に広がる光景は余りにも異質。
二人の人間が面を向き、お互いの距離は十数メートル。一方は剣を構えており、もう一方素手、その上何の構えもせず、だが手練れであれば、その立ち姿に一寸のぶれがない事がわかる。これまではいい、衛兵練兵場を借りているとは言え、至って普通の剣士と拳闘士の睨み合い光景。
だがその両方の身なりは余りにも異質である。
西の方角に立つのは容姿こそ初老に見えて、その体は筋肉の鎧の上に更なる鋼鉄の鎧を纏う、身長は2メートル近くもあろう巨体。疑いようのない強者の風格を漂わせ、容姿の老いでさえ、相手を欺くための偽装に見える。さらにその手には、その身長と同等の、幅の広い両刃の大剣、例え鍛えぬいた王国近衛兵でも、それを扱うのは至難の業である事が窺える。
それにかわり、東の方角の拳闘士は余りにも貧弱。身長は160を超えるがいなかの境目、妙に小奇麗なの薄い服、そこからは一片の筋肉を見出す事ができず、何よりその容姿、紛れもなく未成年の、それも少女だ。口を悪くして言えば、どう見ても戦えるとは思えない、ただの小娘だ。
「構えずに隙なし、思ったよりも遥かに達人ではないか。」
にも拘らず、緊張した表情で言葉を吐く初老の剣士。
それと真逆に、少女はまるで恐れることなく、逆にこちらが恐怖を覚えるほどの爽やかの笑み。これもまた異質と言えよう。
ここでそろそろ話を半刻前に戻そうか。
異世界より舞い降りた勇者ごと、「夜鳥鳴子」はこの世界では常識とされている、「能力鑑定」を受けたのは、この世界に来た次の日の午前の事だ。
王が座る玉座の間にて、国家最高の魔導士、宮廷魔術長によりその力を世に知らしめ、この国に安寧をもたらす、そう言う予定であった。
だが不幸な事に、それを想定した相手が夜鳥鳴子である事、そして彼女は人の予定を滅茶苦茶にすることに対しては、愉悦を感じるタイプの悪趣味を持つ存在。
何を隠そう、大妖怪である鵺様ご本人で在らせられる。
当然にして最悪なことに、彼女の持つスキルにより、そのステータスは全てにおいて認識不能、見た目の貧弱さも相まって、その場にて巻き起こすのは、夜鳥からすれば何たる甘美なる恐慌の嵐、高級和牛のフルコースにすら匹敵する。
その中で、声を上げたのが、王国近衛団団長、王国最強の剣士であるレーギン・オルパルディだ。
そうであろう、声を上げるとなるとまずは貴殿であろうと、夜鳥は察していた。彼の者は本気で国を憂いているこそ、昨日から一度たりとも、夜鳥に信用を示さなかった。いや、彼の目の前で降臨し、真っ先に女神の名を出した夜鳥は紛れもなく神託の勇者であろう、だがこの目でその強さを確かめられるまで、国の安否を任せる気にはなれない、そういう目だ。まさしく忠臣の鑑と夜鳥は思う。
そんなレーギンが言い出すであろう事もわかる。武人であれば、ここでやることは一つなのだから。
「決闘だ、夜鳥殿。ステータスがわからなければ、実戦で判別するまで。某は愚直な身でありながら、良き主にまみえ、この国にて最強を名乗らせている。某に勝てるのであれば誰も貴殿の実力を疑わぬ、そして、」
「そして私が君に負けるようあ事があれば、それこそ自分で国を救ったやった方がいい、でしょ?」
そう言ってきた夜鳥を見て、レーギンはこの一日と少しの間にで、初めて笑顔を夜鳥にめせた。
相手の戦の実力はともかく、その知恵が回る速さは称賛に与える、これなら負けたとしても悔いはない、そう思ったからこその笑顔だ。
そして国王の許可を取り、近衛兵練兵場にて、この異質なる対峙の光景は、宮廷魔術長が全力を出し、ようやく使用が可能な上級空間魔法である映像伝写魔法を使い、キラール王都城下町にてリアルタイム中継することになった。
初めてみる勇者の、余りにも便りのない姿に、国民は絶望すら感じた中、決闘の開始を告げようと、練兵場の横にて鎮座している王が、遂に立ち上がり、手を上に挙げたった。
その手が振り落とせば、始まる。
キラール建国以来、初めての事かもしれない、真昼にも関わらず、王都が完全なる静寂に包まれたのは。誰もが息をのみ、ただただ始まりを、そして結果を待つ。
「始めぇ!!!」
振り降ろされた手、それと同時に、レーギンは大きく剣を真上にかざし、夜鳥との距離を詰める。そして、全身の力を持って振り降ろす、そのはずだった。
「死ね…」
ぼそりと、微かに、声が聞こえる。紛れもなく、目の前の少女から発していた、奇怪な声。
さっきまでニコニコと笑っていたが、恐ろしく冷たい目で、少女は言葉を発した。それが異様なまでに響く、耳に、頭に、全身に、その言葉に無限に思える力があるかのようにすら聞こえた。
ドス黒い、関わる事すら吐き気を催す、そんな力。
気付けば、レーギンの手は止まった、あとわずか、ほんの数ミリで、刃は夜鳥に届く。それを気にもせずに、目の前の夜鳥は、ただただレーギンを見つめる、そしてレーギンは自分が震えている事に気付き、目の前のものは、自分が対峙することすらできぬ程の怪物である事に気付き、股からは、あろう事か黄色の液体が漏れだしている事にも、ようやく気付いた。
「参り…ました…」
ごの戦い、他人から見れば、レーギンはただ身勝手に決闘を仕掛け、身勝手に先手を取り、身勝手に寸止めし、その上に身勝手に降伏しただけであった。
夜鳥はと言うと、終始そこに立っているだけで、やった事といえば、決闘の相手にしか聞こえなかった、気味悪い鳴き声を発しただけであった。
言葉の様な、呪詛の様な、夜の鳥の鳴き声を。