序 救世の神託
フェルカニア大陸西に位置し、800年の歴史を持つ由緒正しきキラール王国は今危機に瀕している。
遠い昔、当時最強と言われた一人の大魔術師が、その果てなき魔力を用いて自らの肉体を不滅の怪物へと、自然界の魔獣の数々を二足歩行で、高い知恵と力を持つ魔族へと改造し、魔王を名乗り、この世の征服を企んでいた。その結果、世界の敵になったのは言うまでもない事であった。
やがて彼の魔王に対抗すべく、当時の幾多の国家が手を組み、どうにか瀕死に追い込む事に成功。その時、敗北を悟った魔王は自ら命を絶った。だがそれは魔王の降伏を意味するものではなく、ましてやその死を意味するものではなかった。
魔王の屍は爆散し、大陸の様々の場所に落ち、「ダンジョン」と言わされし、魔族が蠢く地下迷路を構築した。そこからは無尽蔵に魔物が生まれ、同時に魔王の宝である幾多の魔道具もそこで発見された。
それからはその魔道具群を狙い、ダンジョンに潜る人が続出、やがてダンジョンの魔物を間引くという意図も踏まえ、探索者と呼ばれる、正式に国家により認定された職業が誕生した。
その魔物も間引きに関しては、伝承によると、ダンジョンから魔族が溢れ出すとき、それこそ魔王復活の兆しであり、その予防として、定期的にダンジョンの魔物を退治すべしと記されている。
そして近年、キラール王国内に存在する、大陸一広大のダンジョンからは、魔物の大量発生が頻発し、その都度軍を遣わすも、人員を消耗する一方であった。
このままでは伝承通りに魔王が復活すると、キラール王「ヘルボルト・レー・キラール」は夜な夜な悪夢にうなされる中、国教である地母神教の大司祭より朗報が届く。
大司祭曰く「十日後、年に一度白昼が最も長い夏至の日の正午、神殿にて、大いなる豊穣の女神に祈りを捧げれば、異界より勇者現る。」と、神より神託を承った。
それからと言うもの、敬虔なる地母神教の信徒であるキラール王は毎日神殿にて祈りを捧げ、ついに夏至当日を迎えたその日での出来事であった。
大司祭と国王を始め、高位の司祭が祈りを捧げるなか、忽然と、女神像が眩い光を放ち始め、数秒後に収まった。
「へぇ、ここが異世界か、思ったより普通じゃない。」
静まる神殿に響き渡る人の声、光にやられた目が視覚を取り戻したのか、目をこすりながら顔を上げると、キラール王は不意に「えっ?」と間抜けた声をだした。
仕方もあるまい、目の前の「勇者」と思わしき人物は、長く真っ直ぐな黒髪を、首元で太い一本に束ねた、見た目は15、6歳で、如何にも戦など知る訳もない、細身の少女であったのだ。
「あっ、どうもどうも、お出迎えご苦労さん、女神ハイディリアの頼みで来た異世界人の夜鳥鳴子だよ、よろしく♪。」何処か気の抜けた大らかな声で、少女が事実を告げると、キョトンとした顔で、王がようやく言葉を絞り出す。
「アッ、ハイ、ヨウコソキラールオウコクヘ…」棒読みであった。