ナニカ
お久し振りです!
上げよう上げようと思っていたら時は猛烈な速さで駆け抜け、半年が過ぎてしまいました…!
ようやくアップです!
お読みいただければ幸いです。
「ああっ!!」
宙に投げ出された身体は、甲板に強く叩き付けられた。息が詰まり身を縮める。衝撃が身体に馴染んだ頃、ようやくジフォルゼは顔を上げた。
なんだ…これは……。
目の前に広がったのは無残なランウ・コチェ号の姿だった。爆発の衝撃に捲りあがった床。抉り取られたように大穴が開いた甲板。黒煙を吹き上げながら燃える炎―――。船体が軋む音と、ヴァーンヴァーンと警報が夜の空に鳴り響く。
一体何が起こった。爆発は内部から起こったのではない。外部から―――何かしらの攻撃を受けたのだ。爆発する寸前、ジフォルゼは宙に浮かぶ何かを見た。あれが襲撃者なのか…?両手をついて、起き上がろうとした。
バキバキバキ!
甲板に立つ3本のマストの内の爆発地に近かった1本が、大きな軋み音を上げてジフォルゼの方へ傾いてくる。転がりながら避けたが倒れた衝撃に再び宙に弾かれ、甲板に強く叩き付けられた。
「ジフォルゼちゃん!!」
甲板の入り口でエネルトラの声がする。ジフォルゼは爆発の衝撃で、入り口から離れた手摺近くまで投げ出されていた。倒れたマストが邪魔をして、エネルトラからジフォルゼは見えないらしい。エネルトラは顔を大きく顰めながら甲板を見回し、右手を宙で3回振るった。すると船体の軋み音が止み、炎も掻き消えた。
「ジフォルゼちゃーん!!どこ!?」
痛みを押して、ジフォルゼは体を起こそうとした。背中が痛い―――強く打ち過ぎたか。少しすれば痛みも引くはずだ―――。呼吸を整え、もう一度顔を上げようとした。
身体が固まった。エネルトラの後ろに、魔王の姿があった。
魔王は片手をつき壁に寄り掛かりながら、ランウ・コチェ号の姿を見た。眉間に皴を寄せ目を見張る、驚愕を示した顔だった。
「船は安定させたよ。」
エネルトラはゆっくり甲板を見回してから、背後の魔王を振り向いた。
「まだ苦しい?ヴィゼちゃん。」
―――――――――
え?
「王師から連絡はあった?」
「無い。船の周りの歪みが、通信を閉ざしているようだ。」
「…魔術じゃないんだ。魔術ならどうにかできるのに。」腹立たしそうに言い、エネルトラはもう一度甲板を向いた。「ジフォルゼちゃん…どこに……反応はこっちにある―――」
一点を見つめたエネルトラは、顔を綻ばせた次の瞬間、両目を見開き顔を強張らせた。視線の先に、顔色を失った娘が立ち尽くしていた。
「……嘘。」
「ジフォルゼちゃん……。」
「なんで……。」
「そうじゃないんだ…。」
「なんで……。」
「お願い…話を……。」
「なんで……っっ。」
その時ジフォルゼは、唐突に思い出した。
あれは、旅商人と共に行動していた最中。ロルフ=バーキンの金稼ぎについて説明した時だった。エネルトラは魔王にこう言ったのだ。
ここじゃ常識だよ。お兄さん。と。
聖都と下界を知り、魔王を聖都側の人間だと理解していなければ、出ない発言だ。
それだけではない。
どうして彼が攫われたのか。
どうして魔界に降りて一番初めに会ったのか。
どうして、ジフォルゼに優しかったのか。
全て、説明がついた。
「騙していたんですか…!?」
「違う!!」
少年は叫んだ。
「違……っ、…っ。……オレは、オレは……聖都側だけど、でも!キミを騙したかったんじゃないんだ!!」
―――ああ、言った。
聖都側、だと。
信じていた。
「ジフォルゼちゃん…!!」
信じていた。信じていた。信じていた。
彼の存在が、心の支えだった。
ぶぉー … ん ぶぉー … ん
虫の羽ばたきにも似た音がしはじめた。舟を爆発させたナニカが、上空に再び出現している。それは黒―――否、透明の球体だった。周囲のあらゆる色をその体内で乱反射させている。目の前にあっても気配は無い、異質な物体だった。
「奴だ。」
魔王はナニカを見据えて、言った。
「間違いない。―――エネル。民を。」
エネル。呼び慣れた響きを持っていた。
エネルトラはナニカから魔王へ視線を移した。頷くように顔を顰め、両手を掲げて素早く言葉を紡ぐ。呪文詠唱だ。
呪文詠唱によって掌の先に生み出された光は、一瞬にして船体を包んで収縮し、地上へ落ちて行った。
「…舟の中身は地上に下したよ。あとはそっちでうまくやって。」
「ああ。」
エネルトラは左手を空中で翻す。出現した白い杖を自身の前に浮かべ、右手をジフォルゼに伸ばした。
ジフォルゼは震えた。
「こっちに来て。」
「……。」
「アイツはオレ達だけじゃない。キミを狙うんだ。だから―――」
オレ、達。
ああ―――
「こっちに来て。早く!」
どうしても、彼は魔王側の者なのだ。もう覆らないのだ。
「ジフォルゼちゃん!」
目の前で起きている現象が、ジフォルゼには全く受け止めきれなかった。謎の物体が舟の上空に存在していても、魔王がソレに向かって身構えていても、胸を激しく打ち付けるのはエネルトラに裏切られた事実だけだった。
視界が揺れる。頭が―――爆ぜそうだ。
「ジフォルゼちゃん!!」
「いやだ来ないで!!!」
声は罅割れていた。自分の声に目を見開いて顔を上げた先に、少年は突っ立っていた。後悔が引き裂きそうな痛みをもって胸に押し寄せる。それほど少年の姿は無残だった。
小さな身体は震えていた。顔を覆うとしていた手は直前で止まり、胸に押し当てられる。崩れようとする身体を堪えようとしていた。
ぶぁーん ナニカは高く鳴った。
エネルトラは素早くジフォルゼを指さした。ジフォルゼが反応するより速く、青色の文様が全身を包み込む。驚いて見回すと、船体の塵が文様に阻まれて跳ね返るのが見えた。―――防御結界?
少年は続けざまに空中で印を切った。杖に嵌め込まれた蒼い宝珠が淡く輝く。
唇が動く。
「――――――オレは…キミに、嘘を吐きつづけてきた…。……でも、話すから。必ず、全部、話すから―――」
空を見据える目の端が、赤くなっていた。
「オレは…キミを裏切ったりしないから!!」
「――――――。」
いくつもの文様を描きながら、魔術師は魔王の傍らに立つ。
「戦えるか?」
「足手纏いにはならないよ。」
ナニカが大きく震えた。瞬きをした次の瞬間、細分化したナニカが舟上空を覆っていた。来る―――脊髄を緊張が 駆け上る。
パァン!!
次に瞬きした時には、細分化したナニカは光に包まれて爆破されていた。エネルトラが空を見据えたまま呪文を唱えている。あれだけの数を即座に全て捕捉したのか。
だが爆炎の中から破壊されなかったナニカが奔る。光の速さで魔王へ直進するのと、魔王が身を落とし左腕を振り上げるのは同時だった。
ギャギャギャギャギャギャ!!!
両者の衝突により甲板が大きく軋む。それでも折れないのはエネルトラが強化したからだ。衝撃がジフォルゼの身を炙る。―――なんだこの桁が外れた闘いは。速過ぎる―――力が強過ぎる…!
ダァン!魔王がナニカを上空へ弾き飛ばす。弧を描き空を横断するナニカを魔法の矢が追撃するが、速すぎて捕らえられない。
衝突した個体に呼応するように、他の残ったナニカも空を走り始める。数は7―――否、8。8つのナニカが目まぐるしい速度で空を旋回し始める。
「指示して。どれを相手にすれば良い?」
「お前達に接近するモノを。防御に回れ。」
バァン!!ナニカが船体を貫く。甲板が鈍く揺れる。
「簡単には落とさせないよ。思う存分闘って!」
魔王が顎を引く。頷き、甲板を踏み切り跳ぶ。旋回していた内の3つのナニカが転回し、魔王へ急接近する。1番初めに接近したモノを右手で破裂させ、2番目を左手で空へ弾き飛ばしながら身体の向きを変え、背中を目掛け接近していた3番目を掴み取る。ギァギァギァギァギァ!唸り声のような音を立てて抵抗したナニカは、そのまま握り潰され霧散する。
2つのナニカが旋回から直角に進路を変え、甲板に降下してきた。エネルトラが頭上に手をあげると、杖の宝珠が強く輝く。
「衝撃来るよ、身構えて!」
魔王は上空で戦ってーーーなら、わたしに言っているのか。
正体を明かしたのに、どうしてまだわたしを気遣う?
ナニカが障壁と衝突する。
ドゴン!
衝撃に船体が下方に押し出される。ジフォルゼは浮き上がった身体を空中で捻ってバランスを取り戻し、6m程下に落ちた甲板に着地した。足の裏からビリビリと這い上がる力の余波。ナニカは障壁に阻まれて動けずにいる。
吹き荒れる風に乗って、エネルトラの声がする。歌うように紡ぐ言の葉―――魔法詠唱。
「ア・ニーウェン!!」
ギャン!青白い閃光が六方から2つのナニカを貫く。歪に震えた後、金切り音を上げ爆ぜる。残りは2―――
1つ、居ない!
「エネルトラ君!!」
身体が動いていた。ジフォルゼは障壁の下に潜り込み、エネルトラを抱えて甲板を転がった。今まで居た位置をナニカが射抜く。
すぐさま身を起こし、剣を抜き放った。身構え―――ハッとする。
エネルトラを背に守る位置に立った、自分に。
何を、しているんだろう。
エネルトラが魔王側の者だと解かったではないか。ジフォルゼを欺き続けてきた。向けられた笑顔も、全部その場限りの偽物だった――――――。
なのに
なのに
彼の優しさが胸にこびり付いて剥がれない。
訳が分からない状況で、何故ランウ=コチェ号が襲われて、魔王が戦っているのか、全く解からなくても。エネルトラが訳の分からないモノに襲われているのは――――ああ――――――
嫌だ。
「ジフォルゼちゃん…。」
エネルトラを振り向けなかった。彼はいつまでも呆けておらず、立ち上がってすぐに身構えた。ジフォルゼの背中を護るようにして。
すとん、とその場の空気が落ち着いた気がした。
「来ます!」
躱したナニカが再び甲板を這うように突き進んでくる。
「アヴュールベント!」
ヴ……。全身を暖かな気配が包み込む。強化と防御の魔法だ!
ジフォルゼはナニカの軌道を反らさんと剣を横に薙ぎ払う。パァン!甲高い衝突音を上げ、ナニカの衝撃波と剣がぶつかり合った。軌道を僅かに反らせたものの、ジフォルゼは顔を顰めた。手首や肘が痺れる―――何度も受けるのは無理だ。
「とにかく躱すんだ!強化はしたけどキミの身体が持たない!」
「でもそれでは!」
「あいつは危険だ!オレやキミじゃ歯が立たない!」左手で空中に魔法陣を描く。「だからあのヒトに任せるんだ!」
あのヒト―――魔王がナニカを殴り飛ばす。低い破裂音。ナニカは大きく投げ出されつつも、弧を描きながら再度魔王に向かいながら速度を上げていく。
「…っ!」
「思うところがあるのは解かってるよ。でもアレを相手にできるのはあのヒトしかいないんだ。―――だから、今は耐えるんだ。」
魔王に頼るなんて冗談じゃない―――。痺れた手を振るって、剣を掴み直す。
だが拘れば、やられる。
ダァンダァンダァン!
軌道上に張られた三層の魔法障壁を、ナニカは突き破りながら突破する。ジフォルゼはナニカの進路を素早く読み、エネルトラと共に躱す。襲い来る余波を剣で切り裂き、再び構える。
こうして防御に徹していれば、いずれは魔王が残り1体まで倒すだろう―――。だがそれは、ナニカの攻撃がこのように単調なままなら、だ。もし攻撃パターンが変われば。ジフォルゼが危惧したのと同時に、ナニカが上空に飛び立った。
「!」
飛び立ったのはジフォルゼとエネルトラを相手にしていた1体だけではなかった。魔王に向かっていた2体もまた上空に飛び上がり、1体と合流する。等間隔で真円を描き続けるナニカを、甲板に降り立った魔王もまた見上げていた。
ギッ………3体のナニカが円の中心に集中した。
ギャンギャンギャンギャンギャンギャン!!
途端にナニカが膨れ上がった。瞬きをする間に膨張したナニカは歪な鱗を纏う巨大な竜に転じ、身をくねらせ甲板を見据えた。
「甲板に捕まれ!!」
魔王が叫んだ直後、ナニカは魔王に正面から衝突しそのまま甲板を破った。バキバキバキバキ!ナニカに貫かれる船体が金切り声を上げ激しく揺れる。ジフォルゼはエネルトラを抱えて甲板に剣を突き立てた。浮き上がる身体を魔法が繋ぎ止める。
ボキン!
船底でひときわ大きな折れる音がした。瞬く間に甲板に横一線の亀裂が走り、真っ二つに割れていく。エネルトラが指を振るう。ジフォルゼ達が居ない方の船体から魔法の保護が離れ、地上へ落下していった。
「ヴィゼちゃーん!!」
エネルトラが魔王を呼ぶ。船底から重い衝突音が聴こえてくる。どちらが優先なんだ―――。しゃがんでいた姿勢から起き上がろうとした瞬間に、風の動きが変わった。再び船体が震え出す。舟の側面を擦りながら、竜と化したナニカが上空へ昇った。
船の上でナニカと魔王が衝突する。魔王は竜の胴を足場とし、引き絞った右拳で胴体を殴りつける。衝撃波が甲板まで落ちてくる。竜は罅割れた叫び声をあげ、魔王を食らいにかかるが、顎を撥ね上げられ身をくねらせる。
「…妙です。」
「ん?」
「あの…あの生き物は先程の体形より、不利になった気がします。…胴体が大きくなった分、逆に胎皇の攻撃を受けやすくなったようにも見える…。」
「確かに…。」
「あ!」
魔王が顎に喰われた。バクンと魔王を呑み込んだナニカは顔を甲板に向ける。
――――――と
ギャギャギャギャ!ギャギャギャギャギャギャギャ!!
突然けたたましい叫び声を上げた。同時に苦し気にのたうち暴れまわる。一度大きく痙攣し、ナニカは停止した。
バァン!!!
巨大な体が吹き飛んだ。木っ端微塵になったナニカが空中に溶け消える。爆発の中心地から甲板に降り立った魔王は、ナニカが完全に消え去ったのを確かめた後、視線をジフォルゼ達へ落した。激しく戦った肉体に怪我は見受けられなかった。
「無事か。」
「大丈夫。この子も大丈夫。キミは?」
「問題無い。」
襲撃は、終わったのか。ジフォルゼは抱えていたエネルトラを離し、甲板から剣を抜き鞘に納めた。―――キン……。納めた時、忘れていた現実が突然胸に甦った。ジフォルゼは彼らから離れた。
「…ジフォルゼちゃん…。」
視線を感じるが、何も答えられなかった。後回しにした問題が、再び目の前に戻ってきただけだ。それだけだ。ドッと身体が重たくなる。……深く、息を吐いた。
―――――――――――――――――――――
ソレは、居た。
ジフォルゼの5m程前の空中に。
ヒトの形をして。
気配は無い。
ジフォルゼの背後で動く気配があった。魔王とエネルトラだろう。ソレが衝撃波を放つ。1つの気配は甲板を穿つ音共に船内へ落ち、1つは甲板のどこかに叩き付けられた。甲高い少年の声。
ジフォルゼはソレから視線を反らせない。
ソレもジフォルゼから視線を反らさない。
殺される。
直感した。
ソレは出現させた杭を、ジフォルゼに向かって放った。
影が現われた。
甲板の破片を撒き散らしながらジフォルゼの前に立ち塞がった魔王が、身を捻り、構えた右手を杭に向かって放つ。一瞬の力の拮抗の後、杭は魔王の右手へ食い込んだ。
ボッ
魔王の右手が破裂した。ジフォルゼの身に破片が当たる。魔王は右腕を押さえ、悲鳴を上げた。心臓を鷲掴むような声だった。
「胎皇!!!」
身を丸め蹲るのを必死に耐える魔王を観察して、ソレは首を傾げた。左に、右に。そうして
嗤った。
魔王が突然振り向いた。苦悶に顔を歪ませながら、甲板の隅に蹲るエネルトラに視線を向けた。
「エネル!!クィクヘ向かえ!!」
エネルトラの小さな体を影の穴が包み込む。空間の門だ。そのままエネルトラは甲板から姿を消した。
間を置かず魔王はジフォルゼの胴を押した。甲板の無い、何も無い空間に向かった。
え―――空中に投げ出されたジフォルゼに、王の声は届いた。
「身を任せろ。」
ソレに向かって、魔王が身を低くし、甲板を蹴った。壊れた右手ではない左手を構え、ソレに叩き付ける。
巻き起こった衝撃に、残っていた船体が砕け散る。衝撃は空中に、そして落ちていくジフォルゼにも伝わった。遠のいていく戦場。ソレがどうなったのか、もう見えない。
ジフォルゼは真っ黒な影の世界に落ちていく。強烈な重力に引っ張られて、手の足も動かせない。ジフォルゼは叫んでいた。ソレに殺されなくてもこのままでは死んでしまう。命の危機を叫んでいた。
ジフォルゼに近付く気配があった。気配はジフォルゼの足を掴み、引き寄せ、抱え込む。ハッとする暖かい生き物の感触―――そして、咽るような濃い血臭。気配はジフォルゼの頭を抱えた。
「息を止めろ。」
――――――ドッ
強い衝撃。ジフォルゼは落ちた。水が身体を引きずり込むのを感じながら、ジフォルゼは意識を失った。
如何でしたか?
次回は1か月後を予定しております。
またお会い出来れば嬉しいです。




