8.蔵の前 風の中
泣き疲れてしまったのか再び眠りについた大雅を布団に寝かせ、鏡矢は蔵に向かった。庭に建てられたその蔵には、刀や槍などの武具が収められていた。熱心な蒐集家だった祖母の物と、刀鍛冶をしていた祖父が作った品だった。
「鏡矢さん」
自分の名を呼ぶ声に振り向くと、杏凪がそこに立っていた。
「どうした、杏凪」
「また一人で行く気ですか?」
杏凪の顔に浮かぶのは、ただ悲痛な色だった。それは、自身のものだけではなく、他人のものをも吸い取り、内包し、凝縮したかのような暗い色をしていた。
「私は、大雅には言うべきだと思います」
「言ってどうなる?」
言いながら、鏡矢は蔵の錠前を解いた。扉が軋む、重い音が響く。
「限界があります。このまま、一人でやり続けたら――」
風が吹き、庭の木々達を揺らす。葉が数枚、どこかへ飛ばされていった。
「大丈夫だから」
鏡矢はそんな言葉を零した。それは、杏凪を安心させるための言葉だった。そして、何よりも自分の中で決意を固めるためでもあった。
「杏凪は、大雅を頼むな。起きたら、水を一杯でいい、飲ませてやってくれ」
蔵に入った鏡矢は、やがて一振りの槍を携えて出てきた。そしてそのまま、何も言わずに杏凪の横を素通りしていった。まるでそこに、杏凪を見ていないかのように前を見据えたまま。残された杏凪は、独り、風吹く中に佇んでいた。
「鏡矢さん……」
弱々しく鏡矢の名を呟くその声は、風にさらわれるように消えていった。