7.不穏の行方
和室の中で、鏡矢は書き物をしていた。電気を点けず、蝋燭の明かりだけの薄暗い空間の中で、鏡矢は一人、何かを記していた。
そんな鏡矢の背後で、襖が乱暴な音を立てて開いた。鏡矢は振り向かない。沈黙が数秒、流れていった。
「大雅か」
鏡矢は振り向かないままに、弟の名を呟いた。左目を包帯で覆った少年は、無表情に自分の兄を見つめていた。
「言いたいことでもあるのか?」
問いかけと同時に、鏡矢は身体ごと弟の方を向いた。
「兄ちゃん」
顔を上げた大雅の右目が、不穏な光を帯びる。
「俺、兄ちゃんを赦せねえよ」
「そうだろうな」
どういう理由であれ、兄である自分が大雅の身体の一部を削ったのは確かだ。言い逃れする気はない。言い訳などしない。どういう言葉を並べても、事実は変わらない。鏡矢がやったことが覆ることはありはしないのだ。
「俺を助けるためだってことは、わかってるつもりだよ。だけど、俺はこの先、この片方の視界だけで生きるしかないんだ。そのことは、赦せないよ」
「それでいい。言っただろう? 恨むなら恨んでくれて構わない。殺したいなら、そうしてもいい」
どこまでも冷静に鏡矢は言う。実際に、大雅に殺されることなど構わないと思っているのだ。それで大雅の気が晴れるのなら、自分の命などいくらでも棄てて構わない。鏡矢にとって、自分の行為はそれほどまでに重い罪業だった。
「殺してすっきりするんなら、目が覚めたあのときにやってたよ」
「今殺しても構わない。抵抗はしないよ」
殺されて当然のことをしたと、鏡矢は感じている。八つ裂きにされようと、生きたまま焼かれようと、抵抗する気は毛頭なかった。
「兄ちゃんはわかってない」
大雅の目から怒りが薄らぐ。そうして大雅は、力なく畳に座り込んだ。
「兄ちゃんは」
大雅の呟きが、薄暗い部屋を漂う。
「俺がいなくなったら、寂しいと思うのか?」
「……」
鏡矢は無言だったが、大雅にはそんなことはどうだってよかった。
「哀しいと思うのか?」
力ない呟きが、部屋を満たして溶けていく。
「そう思うなら、俺だって兄ちゃんがいなくなったら、そう思うに決まってんだろ……」
嗚咽を漏らす大雅は、普段の喧嘩っ早く口の悪い彼とはまるで別人のようだった。鏡矢は立ち上がり、小さく丸まった弱々しい姿の弟の背を撫でた。どこか哀しげな色をその瞳に湛えたまま、鏡矢はいつまでも大雅の背を撫でていた。