5.八ッ橋李都
杏凪には、かつて兄がいた。李都という名前の、杏凪によく似たかわいらしい顔立ちの少年だった。そして、男だと一目ではわからない顔が原因で誘拐され、男だとわかったことが原因で殺された。
小学校からの下校途中、妹の杏凪を保育園まで迎えに行こうとしていた矢先、李都は行方不明になった。まだ九歳の少年が、学校を出た後からの行方が途絶えてしまったのだ。このことは、狭い町ですぐに広まり、様々な媒体を通じて連日取り上げられた。
そしてそれから三ヶ月が経って、ようやく犯人が名乗り出てきた。犯人は、どこにでもいそうな小太りの中年男だった。男はこう語った。「女の子だと思って攫った」と。「脱がせてみたら男で、つい殴ってしまった。気が付いたら、動かなくなっていた」と。「怖くなって、そのまま廃工場に置き去りにした」と。無責任な言葉を並べ立てて、そのくせ一度も遺族に謝罪などしなかった。
全裸のまま廃工場に遺棄されていた李都の遺体は、行方不明になって半年が経ってやっと家に帰ってきた。傷だらけではあったが、それは驚くほど綺麗な遺体だった。奇妙に、腐敗していない姿だった。
戻ってきたその日の夜、李都の遺体は動き出した。既に死んでいるという診断が、医師から下されていたというにも関わらずだ。
八ッ橋李都は、生ける屍として甦ってしまったのだ。
動く死者は、誰かを道連れにしなければ完璧には死ねない。死ぬ間際の未練が、彼らをこの世に繋ぎ止めるのだ。そして李都はその道連れに、自分の母親を選んだ。物音を聞き、心配してやって来た母親を、李都は喰らったのだ。お腹の中にいた、胎児もろとも。生まれてくるはずの新たな命をも、死んだはずの李都は奪っていった。そして、何事もなかったかのように、元通りの死体となったのだ。