4.残された二人
大雅は、杏凪と二人、部屋に残された。鏡矢は詳しい説明をすることなく、部屋から出て行ったのだ。大雅は怒りをその目に宿したまま、再び天井を睨みつけていた。
「大雅、怒ってるの……?」
杏凪の小さな呟きが、部屋の中を漂った。元々、あまり大きな声量を出さない少女である。この少女が大声を出すところを、大雅は見たことがない。
「怒ってねえよ」
「そう……?」
左側が見えない。その事実を、大雅は再確認していた。半分になった視界に、奇妙な虚しさを覚える。
「鏡矢さん、恐かったんだと思うよ」
首を動かし、視界に杏凪を映した。そうしないと、完全な杏凪を見ることができなかったからだ。
「恐いって、何が?」
「大雅を、失ってしまうこと。この家で、独りぼっちで生きていくこと」
鏡矢と大雅の両親は、既にこの世にない。二人共、遠い異国の地で死んでしまった。悲惨な死だったと聞いている。その頃今以上に幼かった兄弟には、その程度の事実しか教えられなかった。両親の死後、二人を育ててくれた父方の祖父母も他界している。母は、父と駆け落ち同然で家を飛び出し生家から破門されていたため、母方の親戚には会ったことすらない。鏡矢と大雅の兄弟は、広い家の中でたった二人で暮らしていた。
「俺なんかがいなくなって、兄ちゃんは哀しむのか?」
「莫迦なこと言わないで。そんなの、当たり前のことじゃない」
杏凪が、声に感情を滲ませた。やはり声量のない声だったが、その声は大雅の耳を不思議と揺さぶった。
「私だって、お兄ちゃんがいなくなって寂しいし哀しかった。鏡矢さんだって、きっと同じだよ」
それは、既にいない兄を心の底から慕っているような、それでいてどこか恐怖のこもった、そんな響きを持っていた。