16.生
兄は、本当に死ぬことを何とも思っていなかったのか。今となってはもう確かめようもできないことを、大雅は何度も考えていた。死者に摑まった瞬間、兄は何を考えたのだろうか。死ぬことに、何の恐怖も抱かなかったのだろうか。
「消えてくれるな――か」
あの言葉はきっと、兄の望みに他ならない。その意味はまだ完全には理解できていないけれど、この先わかるときが来るのだろう。それが兄の望みなら、それを探しながら生きていこうと思った。
「大雅?」
自分の名を呼ぶ声に振り向くと、幼馴染みの少女がいつも通りの気弱な表情を浮かべて立っていた。その手には、純白の菊の花が握られている。
「お父さんが、これ、鏡矢さんにって」
菊の花を見ていたことに気付いた杏凪が、そう言って微笑んだ。杏凪の父親は小さな花屋を経営している。きっと、店の花をいくつかくれたのだろう。
「活けてもいい?」
不安げに問う杏凪に、頷きを返す。途端に安心したような表情になり、手慣れた様子で花を活け始めた。
「大雅、鏡矢さんがこうなった理由、知りたい?」
少し声が震えているように聞こえたのは、おそらく気のせいではないだろう。あの日もそうだった。何か知っている素振りを見せながら、それを話そうとはしなかった。杏凪なりに鏡矢に気を遣った結果だったのだと、今なら何となく理解できる。
「もういいんだ」
鏡矢が巧みに隠してきたこと、人知れず抱えたもの――それを知っている。杏凪から聞かずとも、もうわかっている。
「もう、いいんだ」
「……そっか」
今もまだ、片方だけになった視界には違和感が拭えない。何かにぶつかることも、この先何度もあるのだろう。それでも、ここにいる。
兄と暮らしたこの町で、ゆっくりと歩いて行こう。鏡矢には及ばなくても、自分のやれることをやろう。自分にできることは、きっとそれだけだ。大雅はそう決めた。
視界の隅で、菊の花が揺れていた。
こんにちは、葵枝燕です。
長かった『生屍』も、これにて完結となります。いや、本当に長かったですね。
ので、色々うらばなしなどを書いていきたいなと思います。
この話は、二〇一三年九月二十一日(土)に見た夢を文章化してみたものです。夢に出てきたのは、老人から逃げる少女と、二人の少年(一人は眼帯で、もう一人は黒髪スポーツ刈り)、「消えてくれるなよ、タイガ」という呟きの、三つ。これを、拙くはありますが文章化してみました。おそらく、色んなアニメや漫画の設定・人物名等に多大な影響を受けているものと思われますが、気にしない方向で全力スルーしていただきたいです、本当に。
では、きっかけはこんな感じでいいとして、人物について語っていきましょうかね。長いので、覚悟してくださいませ。
まず、一番出番の多かった大雅から。一応、出演数からいえば彼が主人公かもしれません。名前の漢字に悩んだことが印象に残っています。〝大河〟も〝大我〟も何か嫌だな、しかしカタカナにするのも違うし……とか色々悩みました。そこで思いついたのが、〝大雅〟です。高校時代のクラスメイト男子の名前からひらめきました。髪は焦げ茶(地毛は黒)、喧嘩っ早く短気な性格の持ち主です。
次に、大雅の兄・鏡矢について。大雅以上に悩んでつけた名前です。初期設定では、彼がアンナでした。漢字にする際に、私が気に入ったものがなかったのでやめましたが。髪は黒のスポーツ刈り、考えてから行動し、何事も一通り器用にこなせます。大雅とは色々な面で正反対です。
それから、杏凪。鏡矢と大雅の幼馴染みで、気弱な性格の少女です。彼女も漢字に悩んだ憶えがあります。普通に〝杏奈〟とか付ければよかったのです。しかし、思いの外〝杏凪〟を気に入ったので、こんなキラキラネームみたいなのにしてしまったのです。髪色は、明るい茶色(地毛)です。余談ですが、「2.少女と老人」の少女は杏凪です。
最後に、李都について。杏凪のお兄さんですね。初期設定では存在すらなく、そもそも杏凪は一人っ子の設定でした。そんな彼ですが、思わぬ活躍をしてくれました。しつこいですが、名前に悩みました。「妹が杏なら、形似てるからお兄ちゃんは李だ!」というノリで付けました。でも、結構気に入っている名前です。
彼らの名字についても、書いておきます。鏡矢と大雅は宇賀条、李都と杏凪は八ッ橋です。かっこよさと和風重視で付けた結果です。ちなみにですが、鏡矢と大雅の名字は〝橋条〟とか〝宇賀橋〟という案もあったのですが、八ッ橋にかぶってしまうのでやめました。変えてよかったと思ってます。
彼らの年齢設定を考えていなかったのですが、題材となった夢の中では小学生くらいでした。大雅と杏凪が同い年(小学五年くらい?)で、その一つ上くらい(小学六年くらい?)が鏡矢です。李都は、作中で考えると杏凪より四歳ほど上でしょうかね? 大雅&杏凪<鏡矢<李都、の順になるでしょう多分。
他にも入れたいシーンや会話はあったのですが、そういうものを削ってこの作品はどうにか完成しました。最終的に何を狙ったのか、書いた本人が一番わかっていないところがありますが、最初はホラーの予定でした。そのはずだったんですが……どうなんでしょうかね、これは。
さて、本編もあとがきもいろいろ書き足りないところもあり、反省したいところもあり……色々あるのですがこれを最後に。
こんな長ったらしいものを最後まで読んでいただき、本当に本当にありがとうございました。




