12.死者の兄 獲物の弟
「兄ちゃん!」
兄が生ける死者になってしまっていることに、大雅はとっくに気が付いていた。そしてその兄に、自分が喰われそうになっていることも。それでも、大雅は逃げられなかった。こうなってしまったとしても、鏡矢はたった一人残った大雅の家族だった。祖父母が亡くなってから、その身体に兄以上のものを背負っていることを大雅は知っていた。知っているからこそ、逃げるわけにはいかなくなった。たとえ、兄を開放する方法がたった一つだとしても。
死者に喰われた人間を元に戻す術はない。死者に喰われたら、殺すことが最善の策だ。自分を犠牲にしたくないのなら、どれほど大切な人であろうと殺すしかない。それがわかっていながら、大雅は迷っていた。
「兄ちゃん!」
大雅の必死な叫びに、鏡矢が反応する様子はない。まるで聞こえていないかのように、虚ろな眼差しと愉楽の笑みを浮かべている。大雅に向かって伸ばされた腕は、目の前にいる獲物にしか思考がいっていないようだった。
「何で、兄ちゃんが喰われたりなんか……」
死者に喰われた自分を助けようとした鏡矢が、何故死者になってしまったのか。わからないまま、大雅は兄の後方である窓辺に目を向ける。そこには、兄が持っていたと思われる一本の槍があった。