9.隠す白
鏡矢が発見されたのは、それから二晩経ってのことだった。発見時、血塗れだったという腕は、今は白い包帯に覆われている。その包帯の下には、幾つもの穴が穿たれていた。
「兄ちゃん」
白い病室で動かない兄を見下ろして、大雅はそう呟く。その後ろで杏凪は、小さく謝罪の言葉を口にした。
「何で、お前が謝るんだよ?」
「私が止めてたら、鏡矢さん、こんなにならないで済んだのに……」
思い出すのは、槍を片手に出て行った鏡矢の姿だった。こうなることを覚悟していたかのようなあの表情だった。
「杏凪、お前何か知ってんのか?」
詰問するかのような口調に、杏凪は身体を震わせた。それでも口を噤む。勝手に話していいようなことではないはずだった。鏡矢なら、きっとどんなことをしても自分から大雅に伝えるだろう。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
謝ることしかできない自分が情けなかった。本当のことすら話せない、そんな自分が情けなかった。何もできない自分が、一番赦せなかった。
「杏凪、知ってることがあるなら教えてくれ。兄ちゃんは、何でこうなったんだ?」
「私からは言えない……。私が勝手に話したら、鏡矢さん、絶対怒るもの……」
勝手に話してしまうことで鏡矢はどんな思いをするのか、そう考えると話せなくなる。鏡矢はきっと良い思いはしないはずだ。人知れず抱えるものを明かされることは、良いことを生むとは限らない。
「杏凪!」
「言えないの。私が言うことじゃないから――」
杏凪は、その場を立ち去るしか術がなかった。鏡矢の隠しているものを言いそうになる自分を抑えるには、大雅の前から去ってしまうのが、そのときの杏凪には最善の選択だった。
鏡矢ならきっと、自分から何らかの方法を使って大雅に話すはずだと、そのときの杏凪はそう信じていた。




