青いドレスで愛を踊る
「許されざる恋企画」参加作品です。
いつからこの檻に囚われているのだろう。
鉄格子に寄って外を眺めても、私の心すら届かない。遙か遠いふるさとはどうなっているだろうか。空を見上げてもふるさととは違う青い色で、空と空が繋がっているかどうかもわからない。
ただ、囚われてからこれまで、外に出られないこと以外は不都合を感じることはない。部屋は清潔に保たれ、食事も満足に与えられる。正直、貧しかったふるさとでの生活よりも恵まれていると言える。
ふるさとでは食べるものを求めてさまよい、日によっては食べられない日もあるくらいだったから。
それに比べれば、食べる心配をする必要もなく大事にされている今は正直天国にいるような環境だろう。
自由に外へ出ることさえできれば。
そうずっと思っていた。
それが変わったのはこの半年ほどのことだ。
春先から私の側仕えが変わった。側仕えは若い男性で、いつも青い上着に同じ色のズボンを着ている。派手ではないがしっかりとした造りのそれは、そういえばこれまでいた側仕えと同じものだ。側仕え職の制服なのだろうか。
彼はいつも温かいまなざしで私を見て、食事を運んできたり部屋の清掃をしたりしてくれる。時には優しい声で話しかけてくれる。
そんな彼にだんだんと惹かれていく自分をどうして止めることが出来るだろう。
彼はおそらく私に対しては好意的に思ってくれていると思う。それに気がついて、踊り出したくなるほど嬉しかった。
ひとりっきりの部屋の中で、彼の笑顔が存在が何よりの支えになっていった。彼が訪れると心が高鳴り、仕事を終えた彼が部屋を出て行くと寂しさが心を占める。
「行かないで」
その一言を伝えられたらいいのに、それがどうしてもできない。
私は(自分で言うのも何だけれど)見初められてここへ連れてこられた。私の美しさ故だ。美しさを見せて満足させる見返りにこの好待遇を受けている身だ。
なのに、一介の側仕えにしか過ぎない彼に好意を伝え、彼のものになることが身の破滅につながるだろうことは容易に想像できる。
私にも、彼にも。
彼が好きだ。
決して結ばれることがないことはわかっている。囚われた姫である私と、側仕えの彼。
だから、せめて夢を見ることくらいは許して欲しい。ひとときでも彼に愛し愛され、やわらかく微笑み合う夢を。
だから踊ろう。彼への愛を託して、精一杯。
私は自慢の青いドレスを広げ、彼のためにダンスを踊りだした。
*****
「おっ、今日も美しいねえ、瑠理丸の羽根!」
羽根を広げダンスを踊る瑠理丸を見て坂井が吉田の肩をぽん、と叩いた。クジャク担当飼育員の吉田は檻の掃除をしていた手を止めてにっこり笑い返した。
「きれいでしょう? 何しろ俺が手塩にかけて育ててますからね、瑠理丸は」
「インドクジャクだったよな、あの青い羽根は。瑠理丸って、吉田を見ると寄ってきて羽根を広げるだろ?よっぽどなついてるんだなあって感心してるんだよ」
そういう坂井はチンパンジーの担当飼育員。この動物園にいる3頭のチンパンジーたちにいちばんなつかれているのは飼育員の中でも坂井だということを吉田も知っていた。
「俺なんて坂井さんにはまだまだかないませんよ。―――でもね、坂井さん、瑠理丸の場合はちょっと違うような気がしてるんですよ」
「どうして?」
「だってクジャクが羽根を広げてダンスするのは求愛行動なんですよ。俺見るとこれするってことは、俺に対しての求愛行動じゃないですか?」
「おお、愛されてるねえ」
「でも―――瑠理丸、オスですよ?」
「―――ああ、うん」
インドクジャクのオスとメスは極端に色が違う。メスが地味な色合いなのに対し、オスは青を基調とした派手な色合い。求愛行動をするのはオスで、そのために派手な目立つ色をしていると言われている。
「てことは、瑠理丸はおまえをメスだと思ってるか、自分をメスだと思ってるかどっちかってことか。種族を超えた愛なんて、かっこいいぞ吉田」
「やめてくださいよおおおおおっ!」
吉田の絶叫に惹かれるように、瑠理丸が大きくその羽根を広げて高く高く啼いた。