表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「短編」

「説教」

作者: 晒す者

 俺は今、ある家の前にいる。ここは俺の中学からの友人が住む家である。

 彼はこの歳になっても実家暮らしで、両親と一緒に住んでいる。

 ――そして彼は、俗に言う「ニート」というやつである。


 俺がこの家を訪れた理由は一つ。彼を社会復帰させるためだ。そのために、わざわざ休日を潰してやってきたのだ。


 門を開けて、玄関の呼び鈴を押す。


「はーい」


 すぐに彼の母親の声が、スピーカーから発せられた。


「こんにちは、××です。□□くんはご在宅でしょうか?」


 ニートなわけだからいるに決まっているが、形式として聞いておく。


「ああ、はい、いますよ。カギは開いていますので、どうぞ」


 その言葉に従って、玄関のドアを開ける。玄関に入ると、すぐに彼の母親が俺を出迎えた。


「まあ、いらっしゃい。××くん。いつも悪いわねえ」

「いえ、こちらこそ、突然お邪魔してすみません」


 俺は中学の頃から、この家を何度も訪れている。だから、今更向こうも突然の訪問を咎めるようなことはしない。


 いや、それ以上に俺がこの家を訪れている理由からいって、俺を拒む理由がない。俺は、彼女の息子を社会復帰させようとしているのだから。


「□□ー。××くんが、いらっしゃったわよー」


 母親が呼びかけるが、返事はない。


「全く、しょうがないわね。せっかく、お友達が頻繁に会いに来てくれているのに」

「まあ、いいですよ。□□くんは、部屋ですね?」

「ええ、よろしくお願いします」


 俺は階段を上がり、薄暗い廊下を進んで、とある部屋の前に立つ。


「□□、いるんだろ?」


 ノックをしたあとに呼びかけるが、返事はない。


「入るぞ」


 カギは掛かっていなかった。俺はドアを開けて中に入る。

 中はカーテンが閉められていて薄暗く、食事をした後の食器などが、乱雑に置かれていて、とても片付いているとは言えなかった。


 ――いつもであれば。


 俺の予想に反して、部屋のカーテンは開けられていて、太陽の光がしっかりと差し込んでいる。部屋はいつもでは考えられないぐらいに片付けられていて、食器などは一つもない。

 そして、さらに俺の予想に反していたのは、目的の人物の様子だった。


 いつもであれば、ベッドの上で布団に包まり、俺の侵入を拒むかのように縮こまっていた彼が、きちんと整えられた服を着て、部屋の中央の椅子に座って、俺を待っていた。


「××か、来ると思っていたよ。まあ、そこに座ってくれ」


 そう言うと、□□は入り口のそばにある椅子を指し示し、俺に座るように促した。この椅子も、いつもは無かったものである。


「あ、ああ。それじゃ……」


 言われた通り、その椅子に座る。


「今日はどうしたんだ?」


 □□が俺に用件を尋ねる。わかっているくせに、話題を逸らそうとしているのか?


「決まっているだろ。お前、いつまでこんな生活を続ける気だ?」


 俺はいつもの入り方で、言葉を続ける。


「自分だってわかっているんだろ? いつまでもご両親の世話を受けてはいられないって。いいか? お前は甘えているんだよ、いつまでも子供みたいに甘えているんじゃない!」


 そう、心を鬼にして、厳しい言葉をぶつける。これが、こいつのためになるはずだ。誰かがやらなくちゃいけないんだ、だったら俺がやる。


「きっとお前は、自分が一番辛いと思っているんだろうな。だとしたら違うぞ。

お前より辛い思いをしている人なんて沢山いる。要はお前の努力不足なんだ」


 そう、こいつは就活に挫折したことで、現実から逃げ続けている。自分の世界に閉じこもっている。

 だからこそ、俺がそれをこじ開けないといけない。


「だから、今すぐにでも就活を再開しろ! これ以上、ご両親に迷惑を掛ける気か?ご両親だって、お前が早く自立することを望んでいるんだぞ!」


 □□は、俺の言葉を黙って聞いていた。

 何だ? いつもならもっと、耳を押さえて、聞きたくないようなそぶりを見せるのに……


「それが君の『説教』か?」


 突然、□□が言葉を発した。


「まあ、それはいいとして、実は君に報告することがある」


 報告? 何だ、このタイミングで?


「実はな、バイトをすることになったんだ」

「え!?」


 バイト? こいつが? 


「そ、そんなこと、お母さんは一言も……」

「当然だろ、言ってないんだから」


 言ってない? 何でそんな必要が……


「やはりな」

「えっ?」

「君の反応だよ。僕の予想していた通りだ」


 俺の反応? 何だ? 何を言っている?



「僕がバイトを決めたというのに、『おめでとう』の一言もないのかい?」



「え!? ……あ」


 そ、そうだ。あまりに予想外のことで忘れていた。こいつがバイトを始めたんだ。祝わないと。


「そ、そうか。よくやったな! これで一歩前進だな!」

「そうだね、尤も……」


 そして、□□は言葉を続ける。


「前進出来なかったのは、君のせいだけど」


 こいつとは思えないほどの敵意を含んで、言った。


「なっ!? お前、何を……」


 何を言っているんだ? 俺はこいつのためにわざわざ……


「わざわざ、僕のために来てやっている。そんなことを思っているのかい?」


 なぜか、心中を見透かされた。何でこいつに見透かされるんだ?


「実はね、ある本に出会ったんだ。ニートを脱却するっていう主旨の本なんだけどね」

「ほ、本?」

「素晴らしい本だったよ、そう……」


「君が今日言ったような言葉は、全てニート脱却には逆効果って書いてあった」

「なっ!?」


 何を言っている!? 俺は、こいつのために心を鬼にして……


「君はさあ、いつも僕に向かって、努力しろとか、甘えるなとか言っていたけどさ。具体的にどうしろとは一度も言わなかったよね」

「それは……自分で考えなければ意味が無いからだ!」

「そうかな? 君は一方的に言葉を押し付けるだけで、僕に考える余地なんて与えなかったよね。辛かったよぉ? 君の言ってること自体は正論だからさ、僕は何度も自己嫌悪に陥った。」

「俺の言っていることが正論だと認めるなら、何故俺の言うことを聞かなかった!?」

「だってさぁ。気づいたんだよ。君は正論にしか興味がないんだって」


「僕を助ける気なんて、さらさら無いんだって」


 何だ? 何で俺はこいつに……


「気に入らないのかい?」



「説教をする相手に、逆に説教されているのが気に入らないのかい?」



「ち、違う! 俺は……」

「さっきだってそうさ。君は僕の報告の内容が、バイトが決まったこととは、夢にも思わなかった。だから、『おめでとう』っていう言葉が出なかったんだろ?

 まあ、そうだろうねえ、僕が社会復帰したら……」

「し、したら?」


「説教する相手がいなくなっちゃうもんねえ?」


「お前……! 長い付き合いの俺より、そんな本の言うことを信じるのか!?」

「そんな長い間、君は僕に何をしていたんだ? ただ、正論を押し付けて、僕を苛めていただけじゃないのか?」


こ、こいつ!? たった一冊の本を読んだだけでこんな……?


「今日、君が来ると思っていたって言ったよね?」

「あ、ああ……」

「それはね、君のお母さんから連絡があったんだ。昨日、君は会社でヘマをやらかして、機嫌が悪い状態で、家に帰ったよね?」

「な、なんでそれをおふくろがお前に……?」

「君のお母さんに頼んだんだよ、君が機嫌の悪い日があったら、僕に連絡してくれって。僕の予想が当たっているなら……」

「……」


「近いうちに、僕でストレス解消しようとするだろうから」


 お、俺が、ストレス解消? こいつで? い、いや、違う。


「今日だけじゃない。二週間前に来たときも、君は機嫌が悪い日の後に来た」


 お、俺は、俺は……


「気持ちよかったかい?」


 俺は……


「助けるフリして、ニートを見下すのは」



「あ、ああ……あああ……」

「だけどそれも今日までだ。僕はバイトを始め、いずれ正社員になってみせる。君の助言、いや、罵倒はもういらないんだよ」



「帰ってくれ、親友だった××くん」





 俺はその後、ヘマを積み重ねたおかげで会社を辞めた。さらにはうつ病を患って、就活もしていない。

 俺は怖い。社会が? いや、それもあるが……


「社会復帰出来ないのは、本人の努力不足なんだよねぇ?」


 いつ、あいつが来るのかが……怖い。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  短い作品、シンプルな設定ほど実力が必要だと思いますが、この作品は一気に読める説得力と熱があって、痛快でした。  私は「正論ふりかざす側」という害になりやすい人間なので、特に推したいです…
[良い点] 読みました。 ありますねえ、こういうこと…。 あいつが来るのが怖いっていう一文が、なんだかブラックだなあと思いました。 自分がしていた相手じゃなく、まったく別の人かもしれないしなーと。 …
2014/10/25 23:39 退会済み
管理
[一言] 人間の心の闇を見た気がします。 自分が善意のつもりでやっていることも、相手にとっては偽善としか思われていないのかな?、何てそんなことを考えさせられてしまいますね……。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ