八本目
気づいたときには本日すべての授業が終了していた。
「・・・・・あれ?」
周りの生徒が帰宅モードになっているのが不思議に感じてしまう。
ずっと寝ていたわけじゃないのになぁ。
「咲希、今日はずっと寝てたね」
「え・・・嘘」
「ほんと。ずっと起きないんじゃないかって思った」
真剣に考え事をしていたはずなのに。
まだ解決の目処も立っていないけど。
仕方ない。今日は大人しく家に帰ろう。
どうしたってまだ逃げられる時間じゃない。
「そういえば、春樹も寝てたな」
「そうなの?」
「あぁ。一番後ろだからって気抜き過ぎ。明日はチョーク飛んでくるかもな」
「えーそれはヤダなぁ」
行きと同じように手を繋いで歩く。
わたしが左手、明樹が右手。どちらも利き腕で繋いでいることになる。
確か握手をする際は右手でしなくちゃ失礼なんだよね。
武器を持っていない証拠を示さなくてはいけないから。
「明日はちゃんと早起きしないとな」
「うん」
「もしかしたら赤くなっちゃうかもしれないし」
「うん」
わたしはアルビノだ。
色素が足りな過ぎて目は赤いし、髪は真っ白だ。
この赤は血管の色なんだって本で読んだ。
そのため明樹はいつもわたしを気遣ってくれる。
日の光は、わたしにとってレーザーだと。
確かにまぶしいけれど、そういうものではないのだろうか。
多少真っ白に染まるだけのことじゃないか。
なんで毎回日焼け止めクリームを塗らなくてはいけないのだ。
夏になっても長袖の服を着たり、似合いもしないサングラスを付けているのに。
帽子だって、農家の人がかぶるような鍔の大きいものだ。
これ以上必要なのか、甚だ疑問だ。
「・・・・あ」
「どうしたの、お兄ちゃん」
「”巫女”さまだ」
この村には一つしか学校がない。
だから村長の息子だろうと”巫女”だろうと同じ学校に通う。
”巫女”である冬華さんはわたしよりも二歳年上だと聞いた。
黒髪黒目がとても美しい。
立ち振る舞いも言葉づかいも丁寧。
勉学に勤しむ姿は誰よりもしゃんとしている。
双子の妹の元へ何度も通っては、多くのことを語り聞かせているという。
妹はお社から出てはいけないから。
「きれいな人だよね」
「・・・うん」
あの人はまた死んでしまうのだろうか。
贄にされる子を庇ってしまった罪で。
罰として多くの村人に殴られて、埋められる。
黒髪に朱が差したような光景も毎回繰り返されている。
彼女の死が、あの惨劇の開幕ブザーだ。
もし彼女の死を防げたのなら始まらないのだろうか。
でもわたしに村人の行動を止めることはできない。
冬華さんがした行動はいつのことか、私にはわからないからだ。
気が付いたら彼女は男の子を救ってしまっている。
親元に帰してしまう。
一体、いつ・・・・?
だってどう考えてもおかしい。
家の周りで探ってみたときもあったけれど、外に出てこなくて死んでしまった。
外に出ないでと懇願しても、変わらなかった。
未来に起こる惨劇について伝えても信じてはくれない。
呆れたように「そんなことしない」とあしらわれてしまう。
「わたしも、黒髪の方がよかった?」
「どちらにしても、咲希は咲希じゃないか」
「うんっ、そうだよね」
答えが分かりきっている質問。
あまりしたくはない。けれどなんとなく聞きたくなってしまう。
見た目じゃないって。わたしじゃないとダメだって。
些細なことばかり聞いてしまいたくなる。
「早く、外に行きたいね」
「あぁ。そうだね」
”巫女”はどうしてあの行動を必ずするのか。
今現在の彼女が知る由もないこと。
だったら、わたしが分析しなくては。
それが、今のわたしには必要なことだと思うから。
「ちょっと話しかけてみたいな」
「えー?そんなことできるわけないだろう?」
「でも、ちょっとだけだよ?」
「あら、私に何か?」
ずっと見ていたわたしに気付いたのか。
それとも会話の内容が聞こえたのか。
”巫女”は近づいてきた。
「あ、その・・・」
「冬華さんの髪きれいです!どう手入れをしているのですか?」
「あぁ、これはね──」
どもって話が出来なくなっている明樹に代わって質問をする。
先ほどの会話の続き。
こんなことにも懇切丁寧に答えてくれた彼女は噂通り優しい人だ。
「冬華さんは、神様信じてますか?」
「・・・・・・・・・・・・・・いいえ」
「え、なんでですか?」
「・・・・だっておかしいもの」
やはり、彼女は信じてはいなかったのだ。
してはいけない質問かとも思ったが、訊かずにはいられなかった。
だって彼女の行動はどう考えたってやっちゃいけないことだから。
大切な儀式を妨害すれば、村の皆が怒るのは当然だから。
「あ、ごめんなさい。あなたの気持ちも考えないで・・」
「い、いえ。・・わたしこそすみません」
「今日のことは秘密ね」
「はい、約束します」
「では」とか言いながら片手を上げる”巫女”。
所作の全てに力が入っているのが分かる。
何の気なしに生きているわたしたちとは全然違う。
「よく初対面の人とあんな話まで出来たな」
「んー若気の至り、かな」
人見知りがちの明樹は恐る恐るといった風で。
わたしが話している間ずっと後ろから見守っていた。
言葉一つ出せなかったようだ。
息はしっかりしていたからいいけれど。
どうやら彼女には確かな理由があったようだ。
一体どうやって妨害すれば・・・。
いや、でも。
彼女が行動を起こさなければ、いつになったら外に逃げられるだろうか?
ループはしなくても済むかもしれない。
あんな辛い思いしなくて済むかもしれない。
長い間の孤独もなくなるかもしれない。
しかし、それと対価に時間を使うとなれば。
その間に私と明樹に結婚話が出てきてしまうかもしれない。
そうなったら、わたしは──!
「・・・・・(違う!)」
違う、違う!
わたしが望んでいるのは・・・望んでいるのは。
明樹が元気でいてくれること。
ただ・・・それだけなはずなんだ。
ただ、それだけ。