六十三本目
「さぁ、誰でしょうね?」
彼の精いっぱいの問いかけに対しておどけてみせる。
そして手に持っている本を開く。
「何にも知らないお子様には、本でも読み聞かせしてあげようか」
怒りと困惑が混じった顔の春樹は何も言わなかった。
あの話を読んでいて、何も感じない自分がいた。
淡々と、音を発しているだけの自分。
同じような立場にあるのに、共感という感情は存在しなかった。
ただ、彼の困惑が顔から消えなかったのだけは覚えている。
「ったとさ、おしまい」
読み聞かせの定型句を言い終わって本を閉じる。
まだ彼は動かないし、しゃべらない。
煽ってみれば変わるかと思い、嘲笑顔に変えてみた。
すると思った通り、彼は怒ったような顔に変わった。
「これってね、実話なんだって」
なんてことのない世間話のように語る。
口は勝手に笑っていたかもしれない。
こんなにも馬鹿な話があってたまるかと。
結局結ばれることのなかった恋物語。
誰も彼も死んでしまって終わりなんて、創作物においてありえないだろう。
「そして彼女は今でも現世に思念だけで存在している」
遙香を思い出してしまい、顔がこわばる。
あのくそ悪魔。
あいつの所為で、こんなことになっているのではないか。
そんな八つ当たり気味なことを考えた。
──そして、外で誰かの、いつも通りの規則的な足音がする。
どうやら走っているようだ。
規則正しいリズムで近づいてくる。
「私たち女の双子は、神様の力を抑え込むために存在する」
ぎぃ、と風がお社を軋ませる。
遠くないいつかに潰れそうだ。
「この呪いが掛かっているような村には男の双子の片割れが贄に必要だった」
風が大きな隙間から入ってくる音がする。
そして足音はそこから入ってきた。
お社の唯一の、出入口。
「今日からは、貴方様が巫女でございます」
そう言う村長の手には細長い何かがあった。
先端付近が、少しだけ赤い、何かが。
カッと、私の世界が赤く染まった。




