四十九本目
まるで奇跡のようだった。
今の状況全て、そう思える。
「・・・・・桜花なの?」
『うん、聞こえる?』
「・・・・えぇ、ちゃんと聞こえる」
肩をつかまれて驚きのあまり冬華は転倒した。
立ったままの状態から、足が崩れてしまったようだった。
回”転”しながら、”倒”れた。
私の方が驚いた。
「死んじゃったのかと思った」
『多分死んだんだと思うんだけど、わかんない。自我はあるし』
頭が生きていた時の様に回らない。
死に間際に冴えわたりすぎたのが原因だろうか。
もうあの時のような判断はできないだろう。
言葉もうまくでない。
「でも、いいわ。ここにいたって分かったから」
『気づいてくれて、ありがとう』
「これからはずっとそばにいるから、ね」
冬華の言葉が信じられなかった。
ダメ、ダメ。
冬華は外に出なくちゃいけない。
ここにいてはいけない。
ダメ。
『だめ、だよ。冬華はここにいちゃいけない』
こわばってしまった顔が二つ並ぶ。
向かい合わせになったそれらは、まるで鏡合わせをしたかのようだった。
「どうして?」
『どうして、ってそれは・・・』
「もうなにもかも終わった。”災厄”も”巫女”も”贄”も関係ない。
私たちは一緒に居られるし、怖いものだってもうないのに。
二人で幸せになれるのに」
そう言う冬華の顔はどこまでも恐怖で染まっていた。
まるで今の時間が最高の時間であると思いこみ、永遠にしようとしているかのようだ。
時間を巻き戻し続けた私と、咲希ちゃんのようだ。
幸せになれるまで何度も何度も繰り返す。
あの時間に少しだけ幸せを感じていた、私のようだ。
でもそれは、正しくはない。
『ううん、違う。それはね、偽物の幸せだよ』
「幸せに本物も、偽物もないわ」
『ううん、あるよ』
今の私には何もできないけれど、教えることはできるはず。
本当の幸せはもっと別のところにあると。
『こんな小さな場所に冬華の幸せが転がっているわけないじゃん』
「そんなことない!ここにあるじゃない」
『それは錯覚だよ。幸せって言うのはね、辛いってことの一本先にあるもの。
だからね、辛いことばっかりだったこの村にはないんだよ』
そう言いきると冬華は怒ったような顔で言った。
「じゃぁ、桜花は?桜花の幸せは・・・?」
『こうして、見つけてもらえたこと。名前を呼んでもらえたこと。
誰かに愛してもらえたこと。友達が出来たこと。
それとね、今まで生きて来られたこと』
私はもう十分幸せだった。
どこまでも広がっていく世界がどうしようもなく愛しくて。
心がはちきれそうになるほどに、苦しくなった。
離れがたくなっちゃったから。
『私は、もっと世界を見てまわりたかった。
もっといろんな物を見て、いろんな人にあって。
誰かと恋をして、結婚して。そんな人生を送ってみたかった。
でもね、もう無理だから。
代わりに全部冬華がやってきて。
そんで、たまにここに戻ってきて話して
昔みたいに、私にいろいろ教えて』
何時までここにいられるかはわからないし、
何時までもここにいていいわけじゃない。
いつかは遙香たちのように、天に行かなくてはいけない。
そのために木があるのだから。
この数十センチほどしか浮かない体をカバーするのはどの木だろうか?
もとから小さい体を恨めしく思う。
「桜花・・・」
『ほら、早くいかないと、二人が待ってるよ』
後ろ髪引かれる思いなのだろう、冬華は動かなかった。
その背中をくっと押して、歩かせた。
もうこの村に来ることはできないとは教えなかった。
あの木は村を覆い尽くしていくだろう。
それだけははっきりしている。
『またね、冬華』
「すぐに、またすぐに来るから!ちゃんとここにいなさいよ?」
『うん。待ってる』
さよなら。
閉じられていく扉を笑顔で見送った。
完全に閉められたそれを開けようと手を伸ばすと、通り抜けた。
そこはやっぱりそうなるのか、と思いつつ泣いた。
村から出られたみんなが、いつまでも幸せでありますように。




