四十三本目
**
僕らと口論していた春樹の体から、黒いものが頭を出す。
頭と言っても比喩だ。
これのどこが人間の体と対応しているか皆目見当がつかない。
口から何かを吐き出す春樹。
僕らは茫然とその光景を見つめていた。
「ああああああああああああああああああ」
あの男の人の絶叫と、春樹の体から液体がこぼれる音。
ここにはそれしかなかった。
絶叫が更に増した気がするのは、気の所為ではないだろう。
春樹の体は崩れ落ちることなく、黒いものに支えられている。
まるで十字架に張り付けにされたようだった。
「うそ、でしょ」
ぽつり、と咲希はつぶやいて泣いた。
その場の誰も吐かなかったその言葉。
誰もが知っていたことだった。
おそらく春樹以外は。
春樹は人の話を聞くことができない。
彼の欠損はそんな小さなものだったのに。
その小さなものの所為で、彼は命を失うことになった。
僕や咲希のような人間として致命的なものじゃなかったのに。
きっと彼から零れ落ちていく液体は血液なんだろう。
赤じゃない、黒に見えているのは僕だけ。
誰も教えてくれないのは、余りの惨劇に声帯が震えすぎているから。
ぐさ、
ぶちゅ、
ぬちょ、っずり。
ぐしゃ。
彼の体を好き放題貫いて、地面に捨てた。
黒い物体は、僕らを見てすぅっとどこかへ消えた。
「・・・・・・・・・はるき?」
桜花さんが、春樹の体に近づく。
死んだのが信じられないような、そんな顔で。
声が今まで聞いていたものとは違って幼く聞こえた。
ぐちゃぐちゃのそれは、かつての友人だというのに。
僕もそれが春樹だったなんて、信じたくない。
唯一無二の友人が死んでしまったなんて。
「なんで、あんたが真っ先に殺されるの?
なんで私じゃないの?
なんで、あんたは」
そこから桜花さんは何も言わなかった。
ただ、ぎゅぅっと握った左手から何か液体がこぼれていた。
「咲希ちゃん、お願い。冬華の治療をしてくれる?」
「え・・・?」
「道具はこのお屋敷にあるはずだから」
なぜ自分でやると言わないのか。
咲希はそんな困惑に包まれていた。
僕も思ったけれど、彼女は他の誰でもない自分にしかできない事をしに行くのだろう。
そうも思った。
「・・・冬華の傍にいて、あげて」
そう言って、お社の方向に駆け出した。
お日様が沈んでいく方角へと行く彼女の背中を、また僕は見つめていただけだった。




