三十五本目
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「知っていたよ。ずっと見てきた」
そう言うと咲希ちゃんが固まった。
何を、と思ったけれど普通に考えれば簡単だ。
彼女は罪悪感を感じているのだろう。
何をいまさら、と私は思ってしまうが彼女は違うのだ。
私のように、無駄に記憶を持っていないから。
元から私の方が情報面で優位にあるのだ。
知らない事や理解できない事があって当然だ。
私の方が、異常なのだ。
傍目から見れば恐ろしいほどに物わかりがいい子供。
それは単に諦めによって生まれたメタ思考が発達してしまったことにある。
第三者的に考えれば、答えが見えてくることもある。
自身の恐怖なんてものを捨ててしまえば、こんなにも何も感じない。
元から私は、死を覚悟してお社に行ったのだ。
今後どのようなことがあって死んだって、きっと大丈夫だ。
「気にしないで。私は”贄”だから。最初から人と思わなくてもいい」
「な、何言っているのよ!あんたは人間でしょ?!」
「冬華顔怖い」
「う、っさいわね!元からこんな顔よ!」
慰めたいわけじゃない。
事実を伝えたい、と思う。
彼女が気に病んでいたことは大したことではなく。
むしろ気にしなくてもいい些事であることを。
冬華は怒って否定してくれたけれど、別にいいことなんだってわかって欲しい。
どうせ
私は死んでしまうのだから。
「それでも咲希ちゃんが気になるのなら、代わりにお願いがあるの」
「な、なに!」
前のめりに咲希ちゃんは近づいてきた。
私と咲希ちゃんの間にできた空白は、キスする寸前ほどの距離。
逆にこちらが体を引く結果になった。
それに気付いて咲希ちゃんは一度元の位置に戻った。
お互い「ごめん」と言い合ってから、一息入れて私は口を開いた。
「と、」
「と?」
「ともだち、になってくれないかな・・・」
顔が真夏の日差しを浴び続けた時の様に火照る。
暑い、暑すぎる。
大したことを言っていないのに心臓がうるさい。
自分の体から心臓だけ飛び出てしまいそうだ。
そんな死に方したことないけれど。
「・・・ともだち?」
「やっぱり馬鹿だったのね」
「冬華さんはやはり口が悪い方ですね」
「初対面に私の何が分かるのよ!」
「ま、まぁまぁ。お二人さん落ち着いて」
咲希ちゃんが口の中で繰り返し「友達」とつぶやく。
一息で断わるのかと思っていたけれど、そうでもないの・・・かな?
私には今まで誰かと交流したことはない。
繰り返してきた日々の中も同様だ。
この時間軸まで、友達の一人もいなかった。
だから、最期くらい欲しいなと思ったのだ。
「・・・何言ってるの」
「やっぱり、変だよね。うん、なかったことにして」
「とっくに、友達だと思っていたんだけれど」
時間が止まった。
さっきまでうるさかった心臓が仕事を放棄して無言になっている。
何時から、思って貰っていたんだろう。
いったいいつから私に友達としてくれたんだろう。
「え、だって、タメでいいって言ってくれたからてっきりそういうことだと・・・」
「・・・・ため?」
「敬語じゃなくていいって言ったこと。タメ口って言うのは砕けた口調のことよ」
「そ、っそかか。友達、うん。そっか」
嬉しかった。
何の気もなしに言った言葉を覚えてもらっていたことを。
言葉が上手く言えなくなるほどに。
顔はまた火照りだす。
「そっか、うへへ」
「ちょっと私と同じ声でそんな笑いかたしないで!」
五分くらいお説教された。
久しぶりの冬華の怒声はきっと、死ぬまで忘れないと思う。
そう、死ぬまで。




