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者騙~モノガタリ~  作者: 重垣刹那
一話『ボクガ見分ケタモノガタリ』
8/16

同類対極(同類対局)

【注意】

二〇一四年七月一三日以前にこの回を読んだ方は、もう一度お読みください。内容が変わっています。さらにその変更点は事件に直接かかわる重要な部分です。本格的な推理をする場合は、この改稿後の文章のみを手がかりに推理してください。改稿前の文章で明らかになっていた事実でもこの改稿後で書かれていなければ、それは事実ではありません。改稿後に書かれたことのみが事実であり、推理のピースです。このような改稿を行ってしまい申し訳ありません。


作者より


 問一、あなたが生きている理由を八〇文字程度で答えなさい。《配点〇点》



 ◇ ◇ ◇



僕と片羽科理さんの出会いを騙る上でまず語らなくてはいけないファクターが存在する。そいつは人であり、男であり――なによりペテン師である。


名前は、上澄(うわずみ)十五夜(じゅうごや)。僕の数少ない知り合いの一人。


僕も嘘つきだが、十五夜はそれ以上だ。


「ぼくの名前は上澄十五夜。――嫌いなものは月と団子だ。十五夜なのにね」


と初対面の時に笑いながら自己紹介したかと思えば、二言目には


「まあ、嘘だけど。ぼくは上澄十五夜じゃない。別に月も団子も嫌いじゃない。ぼくの名前は下澄十五夜だ。とある会社で下積みを十五日だけこなしてそこの重役に認められたのが自慢だよ。同期の奴はいまだに下積み中。ふふふ。凄いでしょ。――まあ、嘘だけど。ぼくの名前は上澄十五夜だ」


と長々と騙り続けた。


そんな嘘つきの仕事は言わずもがな詐欺である。少年のような容姿が影響してその筋では《不規律な起立(スタンドアップライヤー)》と呼ばれていた。


そんな十五夜と僕が出会う話は今回の話とは関係がないので割愛するとして、出会ってから僕は十五夜に気に入られた。嘘つきのペテン師が人を気に入るというのも不自然だが、本人曰く「ぼくって結構気まぐれなんだよ。嘘でもいいから信じてくれない?」とのこと。嘘でもいいからって............


まあ、その結果仲良くなった(?)僕たちは時々《異端の流れ場》の面会室で会うのだ。十五夜はここに所属していない。そして今回の面会で僕は十五夜にこんなことを頼まれた。


「ねぇ、リョースケ。実はこれを片羽科理さんに渡してほしいんだ」


そう言って僕に手渡したのは、パンパンに書類が詰まった大き目の封筒だ。サイズは大体レポート用紙ぐらい。


「............いいけど。なんだこれ? つーか、片羽科理って誰?」


「知らないのかい?! いやぁ驚いたなぁ! リョースケが片羽科理を知らないなんて! 昔付き合っていた奴が本当は男だったことに気づいた時ぐらい驚いたよ。いやそれ以上だ。その付き合っていた奴を気づいたら借金だらけにして自殺に追い込んでいたことぐらい驚いたよ!」


「嘘だろ」


「うん、真っ赤な嘘だ。そんなに驚いてない。リョースケが世間知らずなのは前から知ってるしね。――まあ、自殺の件は本当だけど」


本当なのかよ。


「............あのさ、詳しい説明を求める。あと説明時は極力嘘をつくな。混乱するから」


「ううん、努力はするけど保証はできない」


お前は政治家か。


「まあ、片羽科理さんは名の通った科学者だよ。分野を超越した天才学者。物理学も遺伝子学も生物学でも何でもござれ。いわばオールマイティさ。そしてその封筒の中に入っているのは数年前に彼女が発案した階層制問題の新しいアプローチを、一歩進展させた理論だ」


階層性問題――訊いたところで理解できないだろう。


「誰が考えたんだ?」


「ぼく」


「嘘だろ」


「いいや、本当に」


「嘘つけ」


「いやいやいや、本当にほんとうでほんとう」


「お前はいつ科学に精通したんだよ」


「いや、別にその進展させた理論が正しいなんて一言も言ってないよ」


一気に脱力した。


「じゃあ、お前は間違っている理論をわざわざその筋の先駆者である片羽科理に見せるってのか?」


「そうだよ。そしてその反応をリョースケから教えてもらう」


「反応も何も、間違ってるんだろ? 一蹴されて終わりだ」


「いや、間違ってはいるけど、その間違いに気づくのはいくら片羽科理でも難しいよ。ぼくが頑張ったのは、その理論の傷をどれだけ分かりにくくするか、だ。もしかしたら、彼女がその理論を真実だと勘違いするかもしれない。それを想像したら............ふふふ」


この発言から解るように、十五夜の基本性格は最悪である。


というわけで、僕は十五夜のたちの悪い悪戯に付き合わされることになった。


 ということで場所は、片羽(かたは)科理(しなり)の研究室。


 片羽科理が僕を睨み付けているのをはっきりと感じる。


 僕は落としていた目線を少し上げて、彼女を見る。


 白衣こそ着ていないものの、彼女は全身から知的さを醸し出していた。椅子に腰掛けて、足を組んでいるのだが、四式がそうしていた時は感じなかった大人の雰囲気を感じる。なんだか、妖艶な感じもしないでもない。しかし、これで片羽科理は二〇代だというのだから、信じられないの一言である。


「一体、何の用かしら」


 不機嫌さを一切隠すことなく、片羽科理は僕にそう言った。


「............あ、あの、これを見て欲しいなぁ。なんて思っていまして」


 どうしても彼女の雰囲気にやられて、しどろもどろになってしまう。


 僕は彼女の顔色を伺いながら、封筒からだしたレポート用紙の束を渡す。ちなみに彼女は益々不機嫌そうにしたが、左手を差し出して受け取ってくれた。


「僕の、友人が......そういう研究をしていまして。ぜひ科学界で名の知らない人間はいないほどに有名な科理さんの意見を聞きたい、と言っていたもので……はい、そういうわけなんです」


 僕のコミュ障気味の嘘を聞きながら、片羽科理はレポート用紙の一枚目に目を落としていた。そして一秒も経たないうちに


「下らない」


 彼女は冷徹に、素っ気なく、一ミリの情もこもっていない声でそう言った。


 そして彼女は、レポート用紙の束を真っ二つに引き裂いたのだ。乾いた音が響く。


「なっ............?!」


 そして彼女は続ける。


「どうしてこの私が、教え子でもない見知らぬ人間の研究結果を見なくちゃいけないの? 意味が解らないわね。というか、そんなことを頼んだあなたの友人も、そしてその頼み事を請け負ったあなたも、二人とも愚かね。愚か者ね。――ごめんなさい。言葉を間違ったわ。――馬鹿ね、阿呆ね、間抜けね」


「..................」


「言っておきますけど、私はそんな安い人間じゃないのよ。学校の先生みたいに質問したり意見を言ったら答えくれるような、そんな安っぽい人種じゃないの、私。何事に適正があるのよ。あなた、ピカソに小学生が気紛れで描いた絵を渡して、評価してくださいって言える? それと同じことをあなたは今してるのよ」


「..................」


 そう締め括って、彼女は僕に二倍の枚数になってしまったレポート用紙を投げつけた。僕は拾い集めるしかない。――そんな光景を、彼女は不機嫌そうに眉間に皺を寄せて睨み付けていた。



 ◇ ◇ ◇



 ――というのが、僕と片羽科理の初対面。


 印象は、最悪だった。僕は十五夜を少し嫌いになった。責めたとしてもあいつはのらりくらりえと誤魔化すだろう。お得意の嘘で。


 そんなことより、僕はあんな理不尽な怒りを見たことがなかった。それ以上にあんなに冷静な怒りを初めて見た。


 理不尽な怒りというのは、怒鳴り付けたりするものだと思っていたが、その認識は改めなくてはいけない。


 ちなみに、破られたレポート用紙と封筒は希代との部屋のゴミ箱に放り込んだ。


 そして僕はまた、彼女のところに行かなくてはいけないのだ。あの性格の人にカマをかけるなんて普段なら絶対にしたくない。――しかし、四式(ししき)の時はロクに捜査らしいことができていないので、少しでも挽回しなければという気持ちもないわけではないのだ。


 ちなみに、僕は今、《異端の流れ場》の休憩所にいた。隣には喫煙所があるが、僕は煙草を吸えないので(というか、未成年なので)、そっちには入らない。


 僕はベンチに座って、飲むと元気がハツラツとすると噂の炭酸飲料を飲んでいた。――しかし、全く元気がでない。


 四式とのやり取りで精神的にやられているのに、さらにこれからあの片羽科理のところへ行くのだ。この飲み物を一〇〇本飲んだとしても、お腹がパンパンになるだけで元気がでる気は全くしない。


「はぁ............」


 溜め息をついた僕の視界を、数人が通りすぎる。――《異端の流れ場》の入所者達だ。誰も僕のことなど眼中にない。あるのは自分のことだけ、そんな表情をしている。


 ――ん。


 今、歩いているスーツ姿の男と目があった。珍しいこともあるもんだ。まあ、偶然だろう。あの男もどうせ僕から目を逸らして。――いや、男は僕の目を見たまま、僕に近付いてくる。


 ――何だ?


 男は僕の前で、歩みを止めた。


 スーツ姿がここまで似合う人間を僕は初めて見た。お屋敷に仕えている執事のような風貌をしている(見たことないけど)。


 ――毒舌だったりするんだろうか。


 と僕はアニメや小説で出てくる執事の共通性に思いを巡らせる。何故毒舌なんだろうか? ギャップが萌えるとか? 少なくとも、片羽科理の毒舌に心を燃やされた僕には理解できない話だ。


「な、何ですか」


 相手が何も言わないので、僕は沈黙に耐えられず質問する。


「............いえ、人違いでございました。しかし、貴方様は良く似ております」


 口調は丁寧なものだった。明らかに僕の方が年下なのに。


「だ、誰にですか」


「名前は存じておりません。姿も見たことがありません。――しかし、似ております」


 変なことを言う人だな。姿も見ていない、名前も知らない人間に似ていると言われてもなぁ。


「僕の一体何が、その人に似ているんですか」


「人間性でございます」


 人間性――?


「と言っても小生(しょうせい)は、彼が――いえ彼女かもしれませんが――残した惨状を見ただけでございます」


 惨状だと――?


「惨状を見て、あなたはそれをした人間の人格が解るんですか」


 惨状を見て、解る人間性など残酷性だけの気がする。


「わかりますよ。小生もあの方と同類でございますから。――あの方は誰かの意思に従い動いている、そう思うのでございます」


「何を、言っているんです?」


「申し訳ございません。人違いだったというのに、ペラペラと話し込んでしまいました。平にお許しを」


「いや、いいんですけどね」


「しかし、小生の愚考かもしれませんが、貴方様はいずれあの方を知ることになると思います。――まだ、貴方様の物語がそこまで進んでいないだけ、それだけだと思うのです」


「物語?」


「ああ、小生ごときが過ぎた真似をしてしまいました。今の言葉はお忘れ下さいませ。所詮、一人の人間の戯言(ざれごと)にございます」


 そう言うと、スーツ姿の男はそそくさと去っていった。


「............何なんだよ、あの人」


 毒舌でもなく、むしろへりくだり過ぎた物言いだったのに、何か心に(わだかま)りを抱えてしまった。――何故だろうか。


 まあ、いい。


 なんとなくいいタイミングだと感じたので、僕は片羽科理の研究室に向かうことにした。


 透子(とうこ)ちゃんがくれた地図を元に五分ほど歩くと、彼女の研究室にたどり着いた。


 扉の前に立つ。


 あの性格――あの口調――


 僕は意を決する意味で大きく息を吸う――息を止めたまま扉をノックする。


「..................」


 返事がない。


 息が苦しくなった。思わず息をはく。


「片羽さん?」


 やっぱり返事がない。


 扉を引く――開かない。鍵が掛かっているようだ。


「留守かよ......」


 僕は溜め息をつく。


 じゃあ、先に人見(ひとみ)(ひとみ)のところに行くか。


 僕が(きびす)を返すと――


 ――彼女がいた。


「私に何か用かな?」


「うわっ!!」


 片羽科理は、白衣を(まと)って笑顔で僕の後ろにいた。


「す、すいませんっ! ち、ちょっ、ちょっと、よ、用があって!」


「あっはっは!」


 パニックになった僕をみて、彼女は笑った。


 ――冷たさなんて微塵もない、快活な笑いだった。


「ごめんね。ちょっと驚かせ過ぎちゃったかな。――入って」


 そう言って、彼女は僕を部屋に招き入れた。


 一体どういうことだ?


 午前中に僕を罵倒した片羽科理と同一人物なはず――多分。その自信すらなくなるほどに雰囲気が違う。


 気が付くと、僕は椅子に座らされていて目の前の机には紅茶があり、湯気を立てていた。


 やばい。相当混乱している。


「あれ? どこかで見た顔だと思ったが君は――」


 やっぱり、僕と《この女性》は面識があるようだ。


「午前中に来た、リューノスケ君じゃないか」


 ――?!


「違います! 僕はそんなどこぞの文豪みたいな名前じゃありません! 僕の名前はリョースケです!」


「あれ? 違ったか。ごめんね。私、人の名前を覚えるのが苦手なんだ。――でも文豪とは間違っていない。いい意味でも悪い意味でも彼と君は似ていないからね。私は昔の知り合いのリューノスケと間違ったんだ。――彼はアフロヘアーだった記憶があるよ」


「どこが似ててそのアフロと僕を間違ったんですか!?」


 つーか、どんだけエキセントリックな知り合いだよ。


「それにしても、午前中に来たということは――私は機嫌が悪くなかったか?」


 ――機嫌が悪い? まあ、機嫌が良いか悪いかで訊かれれば確実に悪いと答えよう。しかし、そんな簡単な問題ではない気がする。


「悪かった......と思います」


 一応、そう答えた。


「いやあ、すまない。実は私は、機嫌が悪いと別人の様に人格が変わってしまう――らしいんだ。私は自覚がないのだがな。しかし心配には及ばない。多重人格という奴ではないからな」


「..................」


 多重人格キャラ、ということなのか。面倒なキャラだな。あの絶対零度の人格とこの温厚な人格が同一人物というのだから、どうもやりにくい。


 しかも、自覚がないだと? ――たちが悪い。


「苛々していた私が散々なじったせいで、仲の良かった友達に絶交されたこともある」


 まあ、あの理不尽さではしょうがないだろう。


 ふと思い付いた疑問を科理さんに投げ掛ける。


「どうして、あの時は機嫌が悪かったんですか?」


「ああ、あの時はな............」


 そう言うと、科理さんの顔から悔しさが滲み出る。


「――縫い針の穴に、糸が入らなかったんだよ」


「不器用ですか!?」


 しかも、その結果僕はあんなになじられたのか。


「だからね、物体を巨大化させる機械を造り、針を巨大化させて糸を通す計画をたてているんだ。私の知力を総動員するつもりだ」


「お言葉ですが、その機械は主に金曜日の夜七時から放送されてる青い猫型のロボットの番組で既に出ていますよ! あの技術を実現させるんですかっ?!」


 それに、そんな下らないことに使うなんて、技術の無駄遣いだ。


「随分回りくどい言い方をするね。そんなものはカタカナ二文字とひらがな三文字の青狸と言っておけばいいだろう」


「青狸は本人が否定してますっ! それにその言い方も十分回りくどいですよ!」


「まあ、あの機械の技術程度なら、私の力をもってすれば簡単に真似ることができるね」


「あなたの科学力は二二世紀に達しているんですか?!」


 閑話休題。


「――それで、君は《肯定家(イエスマン)》が言っていた用件を話すつもりなのかい?」


「そうですけど......《肯定家(イエスマン)》ですか? 《交渉人(ネゴシエーター)》じゃなくて?」


 透子ちゃんの通り名は《交渉人(ネゴシエーター)》だったはず。


「ああ、いや。私は皆好(みなよし)透子のことを《肯定家(イエスマン)》と呼んでいてね」


 《肯定家(イエスマン)》か。確かに《交渉人(ネゴシエーター)》より透子ちゃんに合っている気がする。


「ちなみに何の話をするのかも知っているんですか」


 僕は訊く。この答えによってこれからの応答が一八〇度変わってくる。


「ああ、知っている。《傀儡人形殺人事件(マーダーオブマリオネット)》のことだろう?」


 知ってるのかよ............


 やり取りが面倒になった。万が一怒らせて、あの人格になってしまったら最悪だ。


「透子ちゃんから聞いたんですか?」


「ん? いや。彼女からは話がある、ということしか聞いていない。実は君と会う前に四式と会っていてね。青狸談義に花を咲かせていたんだ。――そこで《興味深い少年がもしかしたら君のところに来るかもしれないぞ》と彼に言われてね」


「四式さんと猫型ロボットの話をしていたんですか?! なんて不毛な............」


 よりによって、四式に話を聞いたのか。偶然が嫌な方向に傾いてきているようだ。


 それにしても《学問の伍狂人》が猫型ロボットトークとは、想像できない。


「おいおい、花を咲かせていたと言っただろう。不毛ならば、花など咲かん」


「そういう意味で言ったわけではありません!」


「じゃあ、私の父の頭が不毛地帯だという話か?」


「そういう意味で言ったわけでもありません! ――それにあなたのお父さんの頭髪環境なんて知るわけないでしょう! 文脈的にもあり得ませんっ!!」


 なんか、ボケとツッコミの役割がはっきりしてきた。これはマズイ。それに、全然話が進んでいない。


「――君と漫才をするのも楽しいのだが、何を聞きたいんだ?」


 どうやら、科理さんもそのことに気付いたようだ。


「あの、今日の朝八時頃に僕と会ってから、一〇時頃までの間、何をしていましたか?


「ああ、アリババ調べという奴だな」


 ――アリバイ調べだよっ!


 とツッコミそうになったが、僕はそれを呑み込む。これ以上話が進まないのは、さすがに困る。


「.........なんだ、ツッコんでくれないのか。つまらないな。――んーと、その時間は、ずっと部屋にいたぞ」


「それを証明してくれる人とか、ものはありますか?」


 どうも、僕はこういう刑事ドラマみたいなやり取りが苦手だ。できなくはないが、できればしたくない。


「ないな。――部屋には誰も入れないようにしてたんだ。他人がいると針穴に集中できないからな」


 まだ糸を通せてなかったのかよ。


 これも口にはしない。


「じゃあ、次の質問です。――あなたは和切(わぎり)八重子(やえこ)という人間を知っていますか?」


「《縁切(えんき)りカッター》の和切さんか?」


「はい。――彼女が被害者だったということは?」


「知っているよ。四式に話を聞いたときに言っていた」


「じゃあ、彼女との面識は?」


「あるよ。彼女とは美術サークルで一緒だからね。でもまあ、他人のあらぬ噂や人間関係のズレのようなものに群がる人間だったらしいからね。親しかったわけではないよ」


 科理さんは美術サークルに所属しているのか。


「そうですか。教えてくれてありがとうございます」


「じゃあ、私からも質問させてもらうよ。質問され続けるのは一方的だからね」


「いいですよ」


 僕は少し身構える。


「どうして私が容疑者に上がったんだ?」


 僕は思案する。――答えるべきか、答えぬべきか。


 しかし、科理さんには《学問の伍狂人》がいるのだ。その全員が話を聞かれたと耳にすれば、察するだろう。彼女は馬鹿ではない。むしろ《天才》と評される存在だ。


 僕は猫田(ねこた)玉藻(たまも)さんのこと(本名はださず《タマさん》という仮名を使わせてもらった)、絵のこと、そして資料室のことを一通り話した。


「――なるほどねぇ。ということは私以外の四人と、美麗(みれい)も容疑者ってわけね」


 片羽美麗――《唯画独尊(ゆいがどくそん)》とまで呼ばれた天才画家にして、科理さんの双子の妹。


「じゃあ、リョースケくん。あなた、美麗のところへも行くのかな」


「はい、その予定です」


「なら、気を付けなさい。――美麗の普段の性格は、私の機嫌が悪い時の性格と似てるから」


「..................」


「さらに言えば、機嫌が良くても私のようにはならないし、機嫌が悪い時は私も手がつけられないわ」


 嫌すぎる。常にあんな性格だなんて。なんて姉妹だ。


 ならば、何か機嫌をとるようなことをした方がいいな。


「あの、美麗さんが好きな食べ物って何かあります?」


「美麗はミカンが好きよ。――ちなみに私も」


 何か、暗に「次来る時は私にもミカンを持ってきなさい」と言われた気がする。


 まあ、いいけど。


「じゃあ、次の質問いいかしら? ――リュースイくん」


「..................っ」


 駄目だ。わざとに決まっている。《リョースケ》を《リュースイ》なんて間違える人はまずいない。あれは僕のツッコミを期待しての科理さんのボケだ。そんなの解っている。解りきっている。ツッコめば、また話が進まなくなる。


 だが――


「僕はそんな《清涼飲料水》をもじった作家さんのペンネームと同じ名前ではありません! 僕は小説なんて書けませんよっ! 僕の名前はリョースケですっ!!」


「あはは、ついにツッコんだね」


「..................」


 僕は科理さんの期待通りにツッコんでしまった。


 僕は他人と名前を間違われるのが、嫌いだ。


 だって、それは間違われた側の人が可哀想だ。僕と同じ名前となるなんて、不幸でしかない。元々被ってしまった全国のリョースケさんには正式に謝罪したい。


「............で、なんて質問ですか?」


「君は何故《論法破り(ノーロジック)》――つまり高宮才に協力しているんだい?」


 心臓を鷲掴みにされた。――そんな感覚。


 痛い。


 イタイ。


「それは、才さんに頼まれたからで――」


  申し訳程度に僕は答える。


「断ることもできただろう。それなのに、君は《論法破り(ノーロジック)》の頼みを承諾し、ここにいる。――何故だ?」


 そう言って彼女は、ゆったりとした動作でカップを右手で持ち、冷えきった紅茶を口に運ぶ。まるで、僕がすぐに答えられないのを見透かしているようだった。


 ああ。


 形勢逆転とは、こういうことを言うんだろうな。


 今までは僕が科理さんのことを探っていた。しかし、たった一つの科理さんの質問でそれが入れ替わった。しかもその質問は僕には痛恨の一撃だ。


 何故僕は才さんに協力しているのだろうか。


 才さんが頼んだから――希代がやる気だったから――事件の第一発見者が自分だったから――どれも違う。


 自分自身を探すため――才さんがそう僕に言っていた。理解はできたけど共感はできなかった。透子ちゃんのようにはいかない。


 思い付いたものは、どれも要素ではあった。だけど、決定的ではない。


 その決定打は何なのか――?


 僕には、解らない。


 それこそ、忘れてしまったかのように。


「............僕は、自分自身が何より解らないんですよ」


 こんな台詞、もう何度目だろうか。


「解らないというのも、一つの回答だ」


 科理さんはカップを置き、静かにそう言った。


「僕は、自分自身が何より嫌いなんですよ」


 ああ、僕は何を言っているのだろう。


 解らない。


 解らない、だから嫌い。


 嫌い、だから解らない。


 どちらなのかも解らない。


「生きているのは、辛いか?」


 ああ、科理さんは何を訊いているだろう。


「はい」


 でも、答えていた。そこには何の思考もない、条件反射のように、答えていた。


「君にとって、慰めなんてものは欺瞞(ぎまん)でしかないんだろう?」


 答えない――僕はそうやって肯定した。


「ならば、暇になったら私のところに来い。――慰めるつもりはない。ただ話すだけだ。漫才と言っても間違えではない。――解ったか? リクくん」


「............《リクくん》って最早原型をとどめていませんよ。僕の名前はリョースケです」


「ははは、元気がないなぁ。――あと、死にたくなっても、私のところに来い」


「止めてくれるんですか?」


「まさか。――四式の言う通り興味深い人間だから、解剖するんだよ。――君を生の苦しみから開放するために解剖する。なかなか上手いだろう」


「上手くありません」


 狂人のようなことを言った科理さんの口調は楽しそうなものだったけど、目がこれ以上ないくらい冷えきっていた。


 この人は、人を殺せる人間だ。

 

 だけど、科理さんは続けた。


「だから、私に殺されないように、這いつくばってでも生きろ」


 そう言った科理さんの口調は真剣なもので、目からは少し優しさを感じた。


 そうか。この人は、人を殺せるけど、救うこともできる人間なのだ。


「............解りました」


 科理さんの性格は、どちらが表で裏なのか。全然解らない。


 僕に生きろと言う、科理さん。


 僕を解剖すると言う、科理さん。


 全然解らないけど、両方とも確実に科理さんなんだろう。そして、さっきから解らない解らないを連呼している人間は、僕なんだろう。


「じゃあ、気が向いたらまた来ます」


「ああ、次来る時はミカンを持ってこい。――解ったな? リョーくん」


「《スケ》が抜けてますっ! 僕の名前はリョースケですっ!!」


 そう大声でツッコんで、僕は科理さんの部屋を出た。


 ――次は《人間学》の人見瞳。


 もう余計なことは考えず、突っ走ることにしよう。

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