表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
者騙~モノガタリ~  作者: 重垣刹那
一話『ボクガ見分ケタモノガタリ』
6/16

交渉人(公証人)

 人の死は、一つの洩れなく美しく在るべきだ。



 ◇ ◇ ◇



 僕と希代(きよ)(さい)さんとある人物が来るのを待っていた。


 その人物は《交渉人(ネゴシエーター)》と呼ばれているらしく、依頼人と才さんとの仲介役として動いているらしい。


 何も考えず、流れる時間に身を任せるだけというのも無為な話なので無為な考え事でもするのが一番だ。無為な時間を無為な行動を埋めようとする――実に僕らしい選択だ。


 というわけで、《あの件》についての邂逅でもしよう。


 あり得ないものはこの世に存在しない。何故なら、あり得るものしかこの世には存在しないから。単純明快。


 でも信じられないものはこの世に存在する。それはその事象が観測者の知識や頭脳、そして価値観の範疇から逸脱しているものは信じられないものとして認識されるからだ。


 ということで《あの件》――《傀儡人形殺人事件(マーダーオブマリオネット)》はまさにあり得るけど信じられない事象と言える。


 何をもってそう言えるのかと言えば、死体が傀儡人形(マリオット)のような姿だったからだ。


 第一発見者は今日の午前一〇時頃、空き部屋で異様な死体を見つけたらしい。


 死体は、全ての関節があり得ない方向に、尋常ではない方向に捻じ曲げられていた。


 そしてただ繋がっているだけの関節部分には糸が巻かれ、その糸は天井に繋がっていた。


 その姿は――天井から吊られた傀儡人形(マリオット)のようだったらしい。


 そして額には脳に達するまで深く杭が打たれ、そこにも糸が巻かれ、天井に――。


 さらに、心臓の位置には木彫刻用の鋸が深々と刺さっていたらしい――。


 その光景を言い表すなら――異常だった。怪奇だった。残酷だった。壮絶だった。無慈悲だった。美しかった。完成品だった。――何より《異端》だった。


 被害者の名前は、和切(わぎり)八重子(やえこ)というらしいが、僕が知っているのは名前だけ。――まあ、情報についてはこちら側にその筋の天才がいるから、問題はないだろう。


 誰が()ったのか、何故殺ったのか、何故傀儡人形(マリオネット)のようにしたのか。まったく不明だそうだ。警察も一応動いているが、どうやらこの《異端の流れ場》の異質さや、施設のバックの組織の大きさに逃げ腰になっているらしく、ロクに機能していないらしい。


 ちなみに、悲惨な目に遭った可哀想な第一発見者は、僕だったりする。


 僕の意識を引き戻すように、扉が開く音がした。


「おお! 来たな、トウコ」


 才さんが声を上げる。


 僕の無為な考え事は、無為な自己同情で終わった。


「こんにちはデス。皆好(みなよし)透子(とうこ)と言うデス」


 彼女――皆好透子は僕と希代にそう言って、深々と一礼した。彼女の見た目を一言で表すなら、小学生だった。しかも、背中に子供向けの可愛いバックを背負っていた。


「透子ちゃん、君、いくつなんだい? ここまで若い娘がここにいるのは珍しい気がするけど」


「お陰さまで今年で一七歳になったデス」


 何っ?! 同い年だと?


 最早(もはや)童顔で済まされる問題ではない。――口調も体格も、全てにおいて一七歳のそれからは明らかにかけ離れている。


「お、同い年なんだな、皆好さん」


「透子ちゃんで構わないデスヨ。呼びやすいように呼んでいただければ良いんデス。――それより、あなたとそこの女の子の紹介をしてくれるとありがたいのデス」


「僕は、リョースケだ」


 僕は端的に答える。透子ちゃんは少しだけ、怪訝な表情をした。


「苗字はなんて言うデスカ?」


「苗字なんてものは、その家の過去を表す背景でしかないんだぜ。僕に背景は必要ないし、そんな責任を持つなんて僕には重すぎるんだよ」


「............なるほどデス」


 全然わかってない顔で納得された。


「で、あっちでコンピューターをいじってる奴が流神(るがみ)希代だ」


「では、あちらが《偏りきった鬼才(ワンサイド)》の流神さん......デスカ。初めて拝見しました。それにしても、いじってるというより、キーボードを乱打してるだけに見えるデス」


「大丈夫、ちゃんと操作してるさ。さらに言うなら、ちゃんと捜査もしてる」


 戸惑ったように「は、はあ」と透子ちゃんは答えた。まあ、獲物を狙う肉食動物のような形相で、さらに鼻歌を歌いながらキーボードを乱打してる姿を見て、引かない人間はいないだろう。


 それにしても、透子ちゃんは希代を《偏りきった鬼才(ワンサイド)》と呼んでいた。この施設では人間に通り名をつける風習があるのだが、まさか希代にもついていたとは。


「あ、あの。リョースケさん。不躾(ぶしつけ)な質問ですが、リョースケさんは希代さんと男と女の関係なのデスカっ!?」


 透子ちゃんは恥ずかしそうに、恥ずかしい質問をどストレートで投げてきた。何故この状況でその質問?!


 見た目が小学生の人間にそんな言い方をされると、なんだか、精神的に参る。


 しかし、僕はそんなことなど微塵も悟らせぬように僕は即答する。


「ああ、そうだよ。ラブラブ過ぎて周りの人間がドン引きするほどラブラブなんだ。二人きりの時は、《ダーリン》《ハニー》と呼び合ってる」


 この真っ赤な嘘には透子ちゃんを真っ赤にさせる効果があったようだ。


「ふええ......。ということは、リョースケさんはロリコンなんデスネっ!?」


 そう来たか。そこまでは考えてなかった。


「希代は僕や君と同い年で、一七歳だ」


「そうなんデスカっ!? そんなに若く見える方は初めて見まシタ」


 お前が言うか。


「ということは、リョースケさんは女のだいたい同い年ぐらいの娘が好きなんデスネ?」


「ああ、まあな」


 質問の意図がわからない。いや待てよ、こんな質問をしたということは――?


「おい、リョースケ。お前、透子の《異端さ》が気になってるな?」


 僕が《ダーリン》《ハニー》のくだりのところを話した時から、気持ち悪そうに僕を見ていた才さんが急にニヤリと笑って僕にそう言った。


「ま、まあ。気にはなってます」


「こいつはな、どんな価値観でも共感できるんだよ。理解じゃねえ、共感だ。――それがどれだけのことか、お前はわかるだろ」


 全ての価値観を理解を超えて、共感する――


「わかりませんね。人間は、生きていく中で自分の価値観を創っていき、その価値観にそぐわない他の価値観は理解できたとしても、共感することはできない。個人の価値観はつまりその個人の人生だから、共感できない価値観を無理やり共感させるにはその人の人生を根底からぶち壊すしかない。それぐらい全ての価値観を共感することは難しい。――ってことなんて、まったくわかりませんね」


「わかってんじゃねぇかよ」


 才さんが呆れたように言った。


 確かにそれは《異端》だ。価値観の一部の共感かな時々起こるが、全ての価値観となると異常とも言える。


「リョースケさんのように上手く言葉にはできませんケド――」


 透子ちゃんが一息置いて、続ける。


「恋愛に関して言えば、BLでしょうがGLでしょうが、ロリコンでしょうが、熟女好きでしょうが、わたしはなんでもアリだと思ってますヨ」


 小学生の姿をした一七歳の女の子が、あっけらかんにそう言った。


「............」


「ロリコンというのは、いわば幼児を既に一人の女性として認めているということデスヨネ。ということはある意味、男女平等から一歩進んだ新たな平等と言えるのではないでショウカ?」


「やめろやめろぉ!! なんで少女が本来忌むべき少女趣味の肯定論を語ってるんだよ!」


「わたしは一七歳デス。いわば《思春期に少年から大人に変わる》そんな時期なんデス」


「なんで《棄てるか棄てないか迷う中途半端な状態のラジオ》の歌詞を引用してんだよ! つーか、透子ちゃんはその時期に《本当の幸せ》を求めずに、ロリコンの肯定論を語ってるって、原曲に失礼だろっ!!」


「リョースケさん、キャラが《壊れかけて》マス......」


 はっ?! いかんいかん。落ち着け僕。深呼吸しよう。すーはーすーはー。


「かはは! リョースケリョースケ。わかったかぁ? 透子はこういう奴だ。ま、仲良くしてやってくれや」


 僕が慌てているのが面白いのだろう。才さんは楽しそうにそう言った。


「............わかりました」


「じゃあ、楽しい楽しい自己紹介は終わりだ。――透子、依頼内容を教えてくれ」


 才さんはそう言って、表情を切り替えた。泣く子も滅ぶような顔だった。透子ちゃんの顔は引きつる。


「は、はいデス! 皆さん、《傀儡人形殺人事件(マーダーオブマリオネット)》についてはどれぐらいご存知デスカ?」


「事件の存在と、事件の異常性ぐらいかな」


「あたしもそんぐらいだ」


 人が殺され、死体が傀儡人形(マリオネット)のように天井から吊るされていた。――そんな異常性。


「そこまでご存知なら、早速本題に入るデス。――依頼人さんの仮名は............今回はタマさんにしましょうか。多少Mっ気のある方デシタ」


「............わざわざ仮名を使うのに、依頼人のそういうところは詳しく伝えてくれるんだな」


「情報は多い方がいいデスから」


「Mっ気があるってこと知って何になるんだよ! それなら本名を知った方がまだマシだよ!」


「本名は、猫田(ねこた)玉藻(たまも)さんデス」


「言っちゃったよ! そこはプライバシーの関係とか言って教えるなよ。つーか、猫田玉藻さんの仮名がタマさんって、それ仮名じゃなくて絶対渾名(あだな)だろっ!」


「おい、リョースケ。落ち着けって。お前、透子と会話してるとキャラがおかしくなるぞ。気を付けろ」


 才さんはそう言って僕を我に返らせてくれた。


 確かに、透子ちゃんと会話しているとどうもペースが狂う。何故だろう。


「透子、それで猫田玉藻からどんな依頼が来たんだ?」


「はい。タマさんは間接的に事件に関わってしまったようデス」


 本名教えても、まだ仮名で話を続けるのかよ。


 いやそれより《事件に関わってしまった》だと? 大事(おおごと)じゃないか。


「どんな風に関わっちまったんだ?」


 才さんが訊く。


「まずこれを見て欲しいデス」


 透子ちゃんはそう答えて、背負っていたバックからスケッチブックを取り出した。そして、僕たちに一枚の絵を見せてきた。


「..................っ?!」


 僕は、戦慄した。


「..................へえ」


 才さんは無感動にそう言った。


 その絵は、誰が見ても確信できた――


「――わ、和切八重子の、死体じゃないか?!」


 そこに描かれていたのは、壮絶なほどに完成品だった和切八重子の死体だった。――傀儡人形(マリオネット)となっていた死体だった。


間接の捻じ曲がり具合、杭と鋸の突き刺さり方も僕が見た、本物の和切八重子の死体と寸分違わず一致していた。


「リョースケさんの言う通りデス。和切さんの死体の状況が題材になっているんデス」


「じゃあ、そのタマさん――猫田玉藻が犯人じゃないか?!」


 僕の発言に才さんが突っ込みを入れる。


「なわけないだろ。もしそうだとしたら、その猫田って奴は自首したに等しいじゃねぇかよ。――あたしたちは警察じゃねぇんだから、自首は受け付けてねぇよ」


「だったら、何故猫田さんは和切八重子の死体の絵を持ってるんですか? ――常軌を逸していますけど、猫田さんが和切八重子さんを殺した後、絵を描いたという流れしか考えられないじゃないですか?」


「逆デス」


「は?」


「猫田さんが、傀儡人形(マリオネット)の姿で殺された和切八重子さんの絵を描いて、何者かがその絵を真似て和切八重子さんを殺ろしたんデス。――それで、タマさんから助けて欲しいと、依頼が来まして。もし絵のことが露見すれば、彼女は怪しまれますカラネ」


「じゃあ、何故猫田さんはそんな絵を描いたんだ? それに何故、犯人は彼女の絵を真似て殺人を犯したんだい?」


「犯人が絵を真似て殺人を犯した理由はワカリマセン。でも、猫田さんはそういう人なんデス」


 説明になっていない。


「どういうこと?」


「この《異端の流れ場》に美術サークルのような集まりがあるのはご存知デスカ?」


 僕は頷く。各分野の天才が集まるこの《異端の流れ場》では趣味として絵画などを描いている人間が多く、その人たちが集まって週に一度サークルとして活動しているらしい。


「そこで、彼女は周囲に疎外というか――なんというか、ストレートに言っちゃうと、虐められてたらしいんデス。――それでそのストレスを絵にぶつけていて、それでこういう絵になったらしいデス」


「..................」


 なんというか。なんというかだな。


「じゃあ、和切さんが彼女を虐めてたの?」


「はいデス。そのメンバーの中心人物だったとか。ちなみに和切八重子さんは《縁切りカッター》って呼ばれてるデス」


「..................」


 またなんというか。なんというかだな。


「............でも、猫田さんはスケッチブックのことを隠してたんじゃないのか? それなのに、何で絵を真似されるなんてことが起きたんだ?」


 実在する人間が殺されている絵を描いているなんて、大っぴらにできる人間なんていない。


「リョースケさんは、これから説明しようとするところを的確に質問してくれるので、とてもやりやすいデス」


誉められた。いや、軽く(けな)されたのか?


透子ちゃんが続ける。


「実は、タマさんがスケッチブックをこの施設の資料室に置き忘れて。――しかも、タマさんが退出した間に盗まれてしまったデス。――それが原因デス。――でもその時以外では他人がこの絵の存在を知るタイミングはないらしいデスケド」


 それでか。どうしてそんなスケッチブックを持ち歩いているんだろうか。僕には理解できない。


ちなみに、資料室とは学校で言う図書室みたいなところだ。


 待てよ。どうして透子ちゃんは盗まれたはずのスケッチブックを持ってるんだ?


「――ちなみに、しばらくしたら、タマさんの部屋にスケッチブックが戻されていたらしいデス。――そしてその直後にリョースケさんが遺体を見つけた――そんな感じデス」


 はあ、なるほど。つまりはスケッチブックを盗んだ奴が、その絵の模倣をすることを決め、殺人を犯し、スケッチブックを猫田さんに返した。という流れだろう。


「おい、透子。猫田が資料室に置き忘れたスケッチブックを盗める奴はどれぐらいいる?」


 才さんが訊く。それを調べるべきなのは才さんの気がするのだが、透子ちゃんは答える。


「はいデス! 資料室の入室記録と退出記録を調べた結果、《学問の伍狂人(ごきょうじん)》の皆さんと《唯画独尊(ゆいがどくそん)》の片羽(かたは)美麗(みれい)さんの六人デスっ!!」


「じゃあ、とりあえず、そいつらが容疑者だな」


 《学問の伍狂人》と《唯画独尊》――全員が全員、その名を裏切らぬ変人奇人じゃないか。


 僕は小さく溜め息をついた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ