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者騙~モノガタリ~  作者: 重垣刹那
一話『ボクガ見分ケタモノガタリ』
5/16

捜査協力(操作強力)

 完全無欠に普通の人間がいたら、その人間は怪物の擬態だ。



 ◇ ◇ ◇



「―――スケ......」


「リョースケ......」


「リョースケってばぁ!!」


 僕を呼ぶ甲高い声で、意識が覚醒しだす。


 どうやら眠っていたようだ。


「リョースケリョースケリョースケリョースケぇ!! なんで無視すんだにゃー! もしかしてボクちゃんのこと嫌いか?! 嫌いにゃのか?!」


「う...うぅ。......ごめん希代、寝てたみたいだ。――僕が希代ことを嫌いになるはずないだろ」


 寝起きで希代のテンションについていくのは大変だが、慣れてきた。フォローを入れる余裕までできてきたのだ。


「ボクちゃん、リョースケに嫌いににゃれたら、アメリカの核爆弾をハッキングで誤発射させちゃうからね」


 そう言って無邪気に笑う希代。僕はどうやら世界を守る役割を担っているようだ。僕が「嫌い」と言えば、世界は核戦争へまっしぐらだ。――僕がそんな地球を守るヒーロー的な役割だったとは。自分では少年Dあたりが妥当だと思っていたのだが。


 何の気なしに辺りを見回す。


 部屋には大量のコンピューターが設置されている。床にはコードが張り巡らされていて油断すると躓いてしまいそうになる。


 ここは《異端の流れ場》で希代に割り与えられた部屋だ。――僕の部屋はない。というか、必要がないので、希代と相部屋という形をとっている。


 《異端の流れ場》には少しばかりの説明が必要だろう。《異端の流れ場》というのは蔑称で実際の施設名は長く、堅苦しすぎるので誰も正式名では呼ばない。僕に至っては正式名を知らない。


 どういうところなのか?――類いまれなる学力、類いまれなる武力、類いまれなる才能、さらには常人には理解し得ない倫理観、価値観を持つが故に他人を傷つけてしまう。そのような人間に充分すぎる資金と豪勢な生活を与え、自らの道を突き進んでもらう――そういう場所である。規模は不明。参考までに言うと、僕が入所してから約一年経つが、まだこの施設の端に辿り着いたことがない。


 かなりの奇人変人が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)しているため《異端の流れ場》と呼ばれるようになったとか。


 希代はその情報を操る能力の高さが認められて、この施設に入った。


僕も《異端の流れ場》に入るための面接を受けたのだが――


「おお? 随分と普通な人が来たもんだねぇ。顔面偏差値はそこそこ高いけど、脇役止まりの顔だ。さてさて、これから君の経歴を見させてもらうぜ。まあ、君の経歴なんて怠惰と安定の日々でしかなさそうだけど。......どれどれ。――――――。うおぉぉぉ!! 前言撤回! 撤回どころかなかったことにしたいなっ! なんだよなんだよ、君の人生は?! 怠惰なんて有り得ない、安定なんて前世の前世に置いてきましたっ! みたいな人生じゃないか?! 素晴らしいね! 素晴らしすぎてヘッドスピンとかしたくなっちゃうぐらい素晴らしいね! 向かうところ敵なしっ! みたいな? ......一旦落ち着こう。こほんこほん、面接官としての威厳を持って、っと。――んじゃあ、決定! 君はこの《異端の流れ場》で活動してよし! ってか、是非とも活動してくださいな!」


 ――と、面接官が勝手に話を始めて、面接官が勝手に僕を(けな)して、面接官が勝手に驚いて、面接官が勝手に入所を決定したのだった。


 一体何が面接官の目にとまって、僕の入所が決まったのか、未だに理解出来なかった。確か、僕の経歴書は希代が勝手に書いたはずだ。


 そんなこんなで平凡なはずの僕は《異端》がぞろぞろいる《異端の流れ場》で昼寝していたのだ。


「なあ、希代。今は何してるんだ?」


「ふにゃ? リョースケ、国連って知ってる?」


「まあ、そりゃな」


「そこのナントカコントカって言う偉い人から頼まれた仕事にゃ()う、にゃんだよ」


「詳しくは訊かない方が良さそうだな」


「別にいいよ~。ボクちゃんはリョースケを信頼してるし~」


 信頼――か。希代は知らないのだろう。信頼は、凶器にもなるのだ。


「いや、やっぱりいいよ。僕が聞いてどうにかなる話でもないだろ」


「うにゃ。じゃあさ、リョースケ。《あの件》どう思うかにゃ?」


「今のところ僕らには関係ないことだ。――関係ないことに自分から首を突っ込んで、良いことは何もないだろ?」


 あるのは、どこまでも利己的な自己満足だけだろう。


「うんにゃ。ボクちゃんの予想だけど、もうすぐボクちゃん達にもかんけーのある話ににゃる気がするにゃ~」


「不吉な予言だな。当たらないことを願ってるよ」


 僕がそう言ったとき、外からとんでもない足音が聞こえてきた。それはどんどん近づいてきて――僕らがいる部屋の前に止まった。


「え? 誰だ?」


 思わず口にでる。


 希代は何が楽しいのか、鼻歌を歌い出した。


 そして、荒々しく扉が開けられる。


(さい)様のご登場だぜ! 皆の者、頭が高いぞっ! ひれ伏さんかぁ!!」


 高宮(たかみや)才――その人が立っていた。全身から滲み出る攻撃的な雰囲気。それに違わず派手な服装。女性なのに一九六センチの高身長。この場で最も頭が高いのは才さんだ。一際攻撃的な鋭い目付き。あんなに走っていたのに息は一つも乱れていない。


「おいおい! なんだよ二人とも。何かしらのリアクションをしないと!何のためにあたしが走りながら印象的な登場シーンを考えて、それを実行したのに。それじゃ、意味ないじゃねぇかよ」


 走りながら考えていたのか。器用な人だ。っていうか、今の登場にどんなリアクションをすれば良かったのだろうか。「ははぁーー!」とでも叫んで土下座しなくてはいけなかったのだろうか。生憎、僕はそこまで体を張る覚悟はない。


「ここは希代の部屋ですよ。他人の部屋に入るのに、その態度はないんじゃないですか?」


「ああ? 何、まともな良い子ちゃんぶった返答してんだよ。それに、お前だって希代の部屋で何ふんぞり返ってるんだよ」


「ここは希代と僕の相部屋ですよ」


「ほうほう。ここは二人の愛部屋ってかぁ!」


 そこまで言ってない。


 高宮才――彼女はこの《異端の流れ場》で《代替品(オルタナティブ)》や《論法破り(ノーロジック)》と呼ばれている。才さんの異端さを一言で表せば、理屈を力で捻じ曲げる人。才さんの性格を一言で表せば、超ポジティブ思考。――そんな才さんは今、《異端の流れ場》で《何でも屋》のようなことをやっている。


「――才さん、今回は手伝いませんからね」


 行動力も判断力もある才さんは、一人で活動した方がいいはずなのに、僕や希代と一緒に活動したがる。希代はわかるが、僕に協力を仰ぐ理由がわからない。――頼まれると断れない性分なので今までは手伝っていていたが、今回はしっかり断ろう。


「そうつれねえこと言うなよ」


 そう言って、才さんはニヤリと笑った。


「僕を仲間にしたって、いいことないじゃないですか」


「何言ってんだよ。お前は有能だ。間違いなくな。――もっと自分を自覚すべきだよ」


「.............自覚、ですか」


「ああ、そうだ」


 僕は平凡で平均でありきたりで凡庸で主人公でも悪役でもないモブキャラで、天才の希代の近くにいることで自分の価値を上げようと他力本願な努力をしてる愚者。


 自覚の結果、自己嫌悪と虚しさが発生しました。


「何暗い顔してんだよ。お前の自己評価と、周囲の人間の評価は違いすぎるぜ。お前はそこまで無能じゃねえ。ただ、何もしてないだけだ」


「僕が自分を過小評価してると?」


「ああ。リョースケ、お前は何か隠してる。いや、気づいてねえのかもしれねぇ。どっちにしろ、お前も《異端》だ。あたしや希代、さらにこの施設の他の連中に劣らない《異端》だよ」


 僕が《異端》――? いや、僕は普通だろう。


「僕は、何かを隠していると思われるほど何の能もない人間なんですよ」


 僕がそう言うと、コンピューターをいじっていた希代が話に入ってきた。


「リョースケは普通じゃにゃいよ! 普通だったらこの《異端の(にゃが)れ場》に入れにゃいよ!」


「確かに、希代の言う通り。事実はどんな仮説より明白だぜ」


 希代の言葉に賛同し、勝ち誇ったかのように「かはは!」と笑う才さん。


 僕が異端――? 違う、僕は――


「二人とも聞いてくれ。僕の恩師――いや仇師って言う方が正しいな――が言ってた言葉だ。『《異端》しかいない世界では《普通》の人間が何より《異端》な存在になる』って言ってた。この言葉の通り、僕は《異端の流れ場》という《異端》が《普通》の世界の相対的な《異端》として、入所したんだよ。――つまり僕は、《普通》さ」


 僕の言葉に希代は面白くなさそうに「ふにゃー......」と唸った。才さんは、希代の一〇倍面白くなさそうだった。


 不機嫌な様子を隠すことなく、才さんが言う。


「なんなんだぁ? お前のその屁理屈は。なんでお前は自分を肯定できないんだよ。――お前はきっとバスケットボールの試合で一〇〇対〇で勝っても、一〇一点目を入れられなかった自分や、試合中に小さなミスを犯した自分を責めるだろ」


「............まあ、はい」


 似たようなことを感じたことがあった。


「――楽しいか? そんなんで」


 楽しい? ――わからない。生きることは矛盾を孕む。矛盾を孕むと自分がわからなくなる。自分がわからなくなるとまた矛盾が増える。その繰り返しだ。


「僕は自分のことが何よりわからないんですよ」


 僕は一片の虚飾も偽りもない本音を口にした。


「ふん。わからねぇなら、理解する努力をしろってんだ。わからねぇわからねぇって嘆いて解決するようなことじゃねぇんだよ」


 わかるための努力――それぐらいなら、してやっても良いか。


「さっちゃんさっちゃん、いきなりにゃ問でごめんにゃんだけど、今日はどういうご用件?にゃのかにゃ」


 希代は才さんのことを《さっちゃん》と呼ぶ。


 希代の問いに才さんはニヤリとシニカルに笑って、


「そうそう、本題に入らねぇとな。寄り道が過ぎちまったぜ。――今日二人に協力してもらいたいのは《あの件》についての話だ」


 と言った。刹那――


「了解したにゃー!」


 と希代が叫び、キーボードを物凄いスピードで叩き始めた。おそらく《あの件》に関する情報収集だろう。希代はやる気満々のようだ。


 ならば、僕は?


「おいおい、リョースケ。まさかあたしに協力してくんないのかい? 希代はやる気満々。お前もさっき、《わかるための努力ぐらいならしてやっても良い》って思ってただろ。自分を探すには、まず世界に触れることだ。つーわけで協力することは自分探しに繋がる」


 読心術を使いやがったな。才さんが持ってるとロクなことがない。


「............わかりました。やります」


「やったね! リョースケ大好きっ!」


 希代の声帯模写をして、抱きついてくる才さん。


「............やめましょう。本人がいるのに」


 マジでやめてほしかった。幸い、希代には聞こえていなかったようだ。


「なんだよ。つれねぇの」


「あの――質問良いですか?」


「あん? 何だ?」


「もし才さんが、バスケットボールの試合で一〇〇対〇で負けたら、どう感じますか?」


 自責か、敗北感か、八つ当たりか、無力さだろうか。――僕は才さんの回答を予想する。


 しかし、実際は違った。


「あたしは、相手に一〇一点目を与えなかった自分を褒めるね」


 まったく彼女はブレることがない。


 きっと、《自分を自覚すべき》と言っていた瞬間から、僕は才さんの頼みを受け入れるように誘導されていたのだろう。僕の思考も判断した上での誘導。――そして、僕はそれに引っ掛かった。


 ならば、甘んじて受け入れようじゃないか。


 《あの件》――《傀儡人形殺人事件(マーダーオブマリオネット)》の捜査の協力を。

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