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九の末裔 ~蛍狩り~  作者: 日向あおい
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  そんなに臭い!?(2)

(あ、あれ?)

 恐る恐るゆずるの顔を盗み見てみれば、ゆずるは全く直久など眼中に無いというように、険しい表情で窓の方を睨みつけていた。

 直久の眉間にシワが寄る。首をかしげながら考えること数秒、はっとなって、ゆずるの視線の先を見やった。

「追って来たのか!?」

 ゆずるは答えない。ただ、静かにカーテンの向こうを凝視している。

 直久も、必死にカーテンのあちこちに視線を走らせた。

 ところが、上も下も、右も左も、何も不審な点は認められない。カーテンの裾が、微かに、風で揺れているだけだ。

 どういうことだろうか。

(何だ? どこも変なところは――)

 説明を求めようとして、ゆずるを振り返った。そこで、はたと気がつく。

(あれ!? ちょっとまて)

 もう一度、直久は部屋の奥を返り見る。

 床から1mほどの位置で、壁にはめ込まれた、さほど大きくない窓。それを覆う淡い水色の清潔そうなカーテン。何度見ても、何の変哲もないカーテンだ。

 だけど、何か変だ。

 何だこの違和感。

 確かに何かがおかしい。

 ――そうだ。窓は閉まってた。閉まってるのは、さっきこの目で確認した。

(じゃ、なんでカーテン揺れてるんだ!? 窓閉まってるのに!?)

 直久の背中を嫌な汗が一筋落ちていったその時、ゆずるの鋭い声が緊張した直久の胃を抉るように飛んできた。

「来るぞ!」

 その声が合図だったかのようなタイミングで、部屋の電気が消える。

「のわっ!」

 直久の悲鳴が暗闇に響く。間髪いれずに、ゆずるの叱責が降ってきた。

「怖がるな! 恐怖はヤツラを強くする」

「そんなこと言ったって!」

「暗くしないと出て来れないくらい、滑稽で、ぶさいくで、無様な姿をしてると思って余裕かましてろ!」

「……お前、いつもそんなこと考えてんのかよ」

「……うるさい」

 悔しそうな舌打ちが聞こえて来た。思わず、直久の口元が緩む。

 いつも飄々として戦ってるから、怖くないのかと思ってた。やっぱり怖いんじゃないか。

(なんか可愛いな……)

「とにかく怖がるな。いいな!」

 ゆずるは不機嫌そうにまくし立てると、二台のベッドの間の床に降り、仁王立ちする。そして、手早く印を結んだ。暗闇に慣れてきた目をこらしても直久には見えないのだが、自分たちの周りに小さな結界を張ったのだろうということは容易に推測できた。

 慌てて直久も手をいっぱいに伸ばし、加藤の腕を引っ張り寄せる。とっさに加藤も結界の中に入れねばと思ったのだ。

 絶対、ゆずるは加藤のことなど忘れている。というよりどうでも良いと思ってるに違いない。少々哀れだし、なんとなく他人事に思えない雑な扱いだ。それに、今までの、ミドリムシより小さな恩と、水深八千メートル級の日本海溝より深い恨みを貸すまでは加藤に死なれるわけにはいかない。

 そんな不憫な理由で直久に力任せに手繰り寄せられた加藤は、当然ベッドから痛そうな音を立てて転げ落ちた。が、起きない。起きたら面倒くさそうだし煩そうだから、それでいい。ゆずるも直久もそんなところだった。

「俺から離れるなよ!」

 ゆずるが、何かの呪文を唱え始めた。

 直久はゆずるの背中越しに、小さく揺れるカーテンを見つめる。

 窓は閉まっていた。カーテンを閉めたのは直久だから、確かだ。もし、風の他に何かカーテンを揺らすものがそこにあれば、気がついたはず。

 つまり、カーテンを揺らしてるのは風じゃない。

(出てくるなら、出てこい、ブサイク野郎っ!! いや、女か! ……あれ? しかも美人だったはずなんだけど。なんで電気消す必要があるんだろう?)

 この時、微かに沸いた直久の不安が、ヤツラに隙をあたえてしまったのかもしれなかった。

 ついに、ヤツラは行動を開始した。


 ――パーンッ!!


 空気が破裂したような大きな音が部屋の空気をビリビリと揺らした。ほぼ同時に、その振動に共鳴した窓ガラスが吹き飛ぶ。

 しかし、砕け散るガラスの派手な音よりも、直久は自分の心臓が飛び跳ねる音の方が大きく聞こえた。いっきに、直久の額に嫌な汗が噴き出る。

 ガラスの破片が重力に従って床に着地するその直前。

 何かこちらに向かって飛んでくるのが見えた。

 まるで剛速球のごとく飛んでくる。

 一つじゃない。

 千や二千はくだらない大群だ。

 動きが早すぎて、その正体はわからない。

 とにかく、何かが自分に突っ込んでくる、ということと、友好的なものではないことは、理解できた。理解できても、不可解な黒い波に飲み込まれていくという状況は恐怖を禁じ得ない。

「うわあああ」

 たまらず悲鳴を上げたのは直久だ。顔を両腕で庇うのが精いっぱいだった。

 二人は、あっという間に、黒い物体の渦に巻き込まれた――――はずだった。


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