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九の末裔 ~蛍狩り~  作者: 日向あおい
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  妖と人の狭間(2)

 ◇


(……蛍が住む水田……妖怪……)

 直久の話を聞き終えた和久は、心の中でキーワードをつぶやいた。

(……うーん、調べてみないとよくわかんないけど……)

 和久は、腕を組みながら思案を続ける。

 分からないことが多すぎる。情報源は、何しろ、直久だ。

 それでも、直久の話をここまで正確に翻訳し、要約できるのは和久だけだろう。双子のなせる奇跡と人は呼ぶが、和久自身は慣れだと思ってる。十六年も一緒に居れば、誰でも可能になると、周囲には語っているが、すでに双子の両親は諦めの境地に達し、努力することを、さっぱり、きっぱり放棄。姉に関しては『直久の話を理解出来て、何か得があるわけ?』と評していた。

 だが、直久の野生のカンは馬鹿にならない。常々、和久はそう思っている。それだけは、敵わない、と。

(どうも、引っかかるんだよね)

 ついに、「うーん」と低い声がでてしまった。

「どうした?」

 直久が加藤の眠るベッドの脇に座る。和久はその正面に移動した。

「なんか、その加藤先輩が妖に話してた内容が気になるんだ」

「蛍がいっぱいいるっていう場所のことか?」

「ううん、違う。失踪事件の方」

「そっち?」

「この小さな村で、立て続けに行方不明者が出てるんでしょう? しかも最近」

「そう言ってたな」

「それ、今回の加藤先輩みたいに、美女の妖に狙われて……」

 そこで言葉を続けるのを躊躇った。ちらりと直久を見る。直久は、はっとしたように、両頬に手を頬に当てて、ムンクの叫びさながらのポーズを取っていた。

 和久の言わんとすることが分かったらしい。

「食われちゃったのっ!?」

「……かもね」

「ぎょええええ」

「しいいっ!直ちゃん声が大きい!」

 慌てて和久は、兄の口を両手で押さえつつ、ゆずるの方に視線を送った。

「悪りぃ」

 直久も声をひそめて、ゆずるに目をやる。

 大丈夫、よく寝てる。

 双子は完全なシンクロで、小さな息をついた。

「ちょっと調べてみないと、何ともいえないな。僕、本家に行って調べてくるよ」

「そうか。じいちゃんは、また居ないの?」

「うん、おじい様はまた京都の方にいっちゃってるよ」

「有名な神社の当主って大変だな。全国規模で呼びだされて、さ」

「うちの一族は、特殊だよ」

 九堂一族は、確かに特殊だった。

 千年以上もの昔から、霊力を持ち、さらにそれを使いこなすことで、世にはびこる妖怪、悪霊、怨霊、邪神と対峙してきたのだ。その手の情報量と質に関して、国内では右に出る者はいない。何しろ、千年分の情報が、書物として山のように保管されており、その価値は国宝級と言ってよいだろう。

 そして、一族の者は皆、多少なりとも霊力を持ち、式神という使役を従えている。中には、瞬間移動や治癒、テレパシー、催眠などなど特殊能力をその身に纏ってこの世に誕生してくる者もいるほど、強力な能力者もいる。

 その霊能力者集団の長が和久の祖父であり、その跡取りとして公認されているのが、従姉弟のゆずるだった。つまり、祖父をのぞけば、ゆずるが一族で最強の能力者だということになる。また、和久自身も当主直系に近しい故に、強力な霊力を持つ者の一人であった。

 ゆずるが攻撃型ならば、和久は防御型。和久の鉄壁の結界は当主である祖父を凌ぐ強固なものだと囃したてるものも少なくない。

 そんな強力な霊能力を持つ近親者に囲まれいるのに、一族でも唯一、霊力を持たない者がいる。それが兄、直久だった。霊力が弱い者はいても、皆無な者は一族千年の記録をたどっても、存在しない。

 おのずと、一族の者から、居ない者、見えない者、存在しない者として扱われてきたのが直久だった。

 だが最近、和久の理解しがたいことが起きた。山神のことだ。

 直久自身は確かに無能なのだというのに、直久を主と認め、式神として憑いている。本来、式神は、持てる霊力を余すことなく使い、死闘の末に手に入れるものである。中には、戦いに敗れ、命を落とす者も少なくない。

 だが、直久は戦っていない。なのに、山神を式神としているということは、山神が自らの意思で、直久と主従関係を結んだということを意味する。しかし、戦わずに式神に下したなんていう話は、今まで聞いたことがない。

 だいたい、ただの人間に、『山の神』として祭られていたこともある誇り高きモノが、霊力を全く持ち合わせていない、服従すること自体がありえない。

 そうなると、どうしても、悪い方向に考えてしまう。

 兄を利用しようとしているんではないだろうか――と。

(何しろ前科者だからなあ)

 山神は、過去に、直久の体を乗っ取って、九堂一族本家の神社境内で、窃盗を働いた前科がある。まだ、何か狙っているんじゃないかと考えるのが普通だ。

(でもなー)

 和久は、腕を組み直し、うーんと唸った。

「……その美女が妖だって教えてくれたのは、あの山神様なんだね?」

「そう。――そういえば、アイツどうした?」

「僕のところに、直ちゃんが呼んでるって言いに来てくれたよ」

 にこやかに言ったが、和久は内心、笑えなかった。

(山神が、霊力を持たない者の命令を聞くなんて――どう考えてもおかしい……ちょっと試してみよう)

「呼んでみたら? もうとっくに戻ってきてると思うけど?」

 兄は、素直に頷いた。そして、山神の名を呼んだ――ようだ。というのも、式神の名は、契約を結んだ者しか知りえない。契約者が名を呼んでる時は、他者には別の音で聞こえるように、シールドがかかっているのだ。

「呼んだかえ」

 ほどなく、部屋の天井近くから渋い声が降って来た。二人が顔を同時に顔を上げると、直久を見下ろす和装の男がおぼろげに現れ、徐々にそれは色濃くなっていった。

「帰ってきてたのか」

「うむ」

「ありがとうな。カズ達、呼んできてくれて。マジ助かった!」

「直久がそうしろと言ったではないか」

「うん、でも、ありがとな。お礼が言いたかったんだ」

「…………」

 からからと笑う直久と、それを無表情で見下ろす山神。

 だが、ほんの一瞬、山神の口が柔らかに引き上げられた。小さな変化だったが、和久は見過ごさなかった。

(……なんだと?)

 愕然となった和久の眼が、山神を凝視した。

 すると、すぐに視線に気づいた山神と瞳がぶつかる。山神は、数秒静かに和久を見ていたが、すっと姿を消し、直久の体の中に入っていった。 

 和久は、夢でも見ているのかと思った。

 さっき、微かに見せた山神の表情。山神が、直久に対して何かの感情を抱いたという証拠ではないか。

 そう、喜びの感情――を。

(神格化した妖が――人間に対して感情を抱く――?)

 妖怪が人間に興味本位で近づいて執着することはある。

 群れる習性のある妖怪同士なら、仲間意識を持つこともある。

 でも、人に対して神格化したが妖怪が感情抱くなんて――。

(聞いたことが無い。いや、もしも自分に知らされてないだけで、過去に何らかの例があったとしても、ろくなことが起きてないに違いない……だって……)

 逆の例は、最悪の事態を招ねこうとしているのだから――。

 ふいに、ある人物の存在が頭をよぎる。

(まさか――アノ人と繋がってるなんてことは――無いだろうな!?)

「カズ?」

 気がつけば、和久は爪の後がつくほど、拳を強く握りしめていた。

「どうした?」

「え? 何が?」

 和久は、初夏の日差しのような柔らかな笑顔で、兄を黙らせた。

「ところで直ちゃん。僕はいったん本家に戻ろうと思うんだ」

「何しに?」

「すぐに戻ってくるつもりだけど、敵の情報が無いと、戦うに戦えないしね」

 さっきだって、なすすべもなく逃げ帰って来ただけなのだから。それに、ゆずるがあれほどの短時間で、脱力するほど霊力を消耗する相手なら、気を引き締めてかからないと、次は無事ではすまないかもしれない。

「そっか」

 直久は、意外にも不安そうな顔をした。

「とりあず、結果は張ってあるから大丈夫だと思うよ。追って来るならとっくに追ってきてると思うし」

「ゆずるは? 起すか?」

「ううん。気持ちよさそうに寝てるから、わざわざ起すのも可哀想じゃない? 僕一人で行って来るよ。直ぐ戻るから」

 和久が心配しないように、笑顔で手を振ると、直久は本家へと瞬間移動した。

  


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