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九の末裔 ~蛍狩り~  作者: 日向あおい
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12 ホタルガリ(1)

 


 12 ホタルガリ







 直久の意識が戻ったことを、雷神は感じ取っていた。だが、その歩みを止めるつもりはない。直久の意識が共存していてもいなくても、雷神のとるべく行動は決まっているからだ。

 前方に見えているのは、暗闇の中に浮かぶ唯一の光源――ホタルの光。

 これこそが、女神が自分に助けを求める声。

 ホタルを追いかけて進むにつれ、女神の神気が徐々に近づいてくる。それを感じる。

 だが、同時に、女神の神気に良からぬモノが混じっているのも感じる。

(何者かが我が君をそそのかし、利用しようとしているのやもしれぬ……)

 もしそうだとすれば、全て合点がいく。

 女神がヒトの前に姿を現し、しかも、ヒトを襲うなどとは、にわかに信じられない。

 だが、雷神の目の前で直久が襲われた。女神の分身であるホタルたちが、襲撃してきたのである。防衛ではなく、襲撃。それこそ、雷神が疑問を禁じ得なかったことだった。

 女神も雷神自身も、ヒトのような下等なものを襲撃するなど考えも及ばないことだった。必要がない。ヒトとは、同じ空間を共有できない存在であり、相いれぬ存在なのだ。

 ヒトは神々を直視できない。

 神々はヒトを視野に入れない。

 共存できるわけがない。

 神々が、ふと気まぐれで、ヒトに興味を持ち、すなわち、神々自らの意思で視野に入れることは稀にある。

 それは、一時のことであり、神にとっては瞬きをする間に過ぎない。一瞬視線の標準がヒトに合ってしまった。その程度だ。

 今の直久がその状態である。確かに直久という存在は興味深い。

 そもそも、直久たち血族は、神々や妖を直視できる点でヒトとは違う。その点では、確かに神々や妖の視野に入りやすい存在ではある。妖狼の娘、小夜の血を引くというから、妖たちにとってはかっこうの獲物という意味で、興味の対象と成り得る。

 ヒトの形を模したヒトならぬ存在――それが直久たち、妖狼の末裔なのだ。

 小夜の子もそのまた子も、次々に妖と子を成し、妖との狭間を埋めようと試みて来た涙ぐましい努力の結果、今の直久があるのだろう。ヒトが妖の領域に足を踏み入れようというのだから、それ相応の代償を必要とするのは当然のこと。代償は――あの娘……いや、息子の方か。

 侵そうとした、そして侵した領域の数だけ、代償は必要となろう。それを自覚しているかどうかは、雷神には興味もないことだった。もちろん、神の領域をも侵そうというのなら、話は別だが。

 かくいう雷神や女神も、神と妖の境目を彷徨う存在だ。力の弱い神の中には、こうして力の強い妖にそそのかされて邪神や妖に落ちていくことも少なくない。逆に、強大な力を得ることで神格化していく妖もいる。

 弱肉強食の世界で存在している神と妖の境目は曖昧なのだ。

(間に合うと良いが……)

 淡く頼りない光に最後の望みを託しながら、雷神は静かに、そして着実に、女神への元へと近づいていた。









 その頃、直久の躰の奥深くにいる“直久”は、必死にジャンプしていた。

「マロっ! おい、こら! オレをっ! 上にっ! 戻せっ!」

 叫びながらなので、少し息が上がってきていた。

「くそう。無視するなーっ!」

 何度叫んでも、状況は変わらない。

 正直、お手上げだった。

 直久はその場に倒れ込むように仰向けに転がり、両手両足を投げ出した。

「萌葱、何とかしろっ!」

『ほう。取引かえ?』

「でた、でた。取引とか契約とか好きだよな、おまえら」

『好き嫌いではない』

「はいはい。んで、何が望み?」

『良いのか?』

 萌葱がニヤリと笑う。

 嫌な予感がしたが、直久に現状を打開する方法は残されていない気がした。

「ちゃんと浮上できるんだろうな」

『わしを誰だと思うておる』

「そうか……じゃあ……と、と、とりあえず、望みを言ってみろっ。契約するかどうかはそれから考える!!」

 お前が欲しい、とかいう無理難題だったらどうしよう。萌葱も男だし、直久的にどうやって受け入れたらいいんだろう。

 直久は、ごくりと生唾を飲み、身構えた。

『喰わせろ』

 反射的に直久は自分の両肩を両手で抱いて、即答する。

「無理! 直ちゃんの躰は直ちゃんだけのものじゃないの! みんなのアイドルだから、直ちゃんは萌葱のだけのものにはなれないわっ!」

『何の話だ』

「え?」

『直久ではない。虫ケラどもじゃよ』

「なんだ、オレじゃないのね。あーびっくり。って、蛍たちを喰ったらだめだろう」

『……それ以外なら良いのだな』

「? それ以外?」

『よし、では契約成立じゃ』

「は? どういう意味――おわああああああああああっ!」

 直久は最後まで言葉を続けられなかった。萌葱が直久の腕を掴んだかと思うと、いっきに上昇を始めたのだ。その速度たるや、弾丸のごとく。

 あっという間に天高く輝いていた、太陽ほど眩しい光源に飲み込まれてしまう。目をつぶっても眩しく、瞼を走る赤い血管が見えた。

「うわああああああああっ!」

 思わず叫び声を上げて両手で目を庇った。目が潰れてしまう。とっさにそう思ったからだ。








 直久がはっと気がついた時、目の前が真っ暗になっていた。

 一瞬、ほんとに視力が奪われてしまったのではないかと思ったが、よくよく目を凝らして見れば、暗闇に浮かびあがる淡い希望の光が見えた。

(あれは……?)

「直久、戻ったのか」

 自分の声が聞こえて、直久は何となく状況を把握する。

(マロか? ってことは、あれは道案内のホタルか?)

「うむ」

 マロと話ができるということは、つまり、意識の上層部に戻って来れたってことなのだろう。

(お前さあ、オレがさっきから叫んでたの聞こえてたんだろう?)

「聞こえておったが、どうすることも出来ぬ。今の我には、僅かな力も惜しいのよ」

(……彼女が心配か)

「聞こえたか?」

(ああ、聞こえた。何か悪いモノが彼女をそそのかしてるかもしれないって。何者だ、そいつ)

「分からぬ」

(そうか……とにかく急ごう)


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