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九の末裔 ~蛍狩り~  作者: 日向あおい
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  天国と地獄の堺(4)

「……そうか……オレが一番望むもの……か」

『納得か?』

 からかうように、萌葱が笑う。

「そうだな。納得だ。なんか、スッキリだ。ずっとこのへんがモヤモヤしてたのが、無くなったきがする」

 直久は、いつになく真剣な顔で、自分の胸元を手でさすりながら、視線を落とした。

「そういうことか……てか、女は髪型と服装と化粧であんなに別人になるのかという恐怖体験もしたけどな……」

『……まあ、スッキリしたのなら、良かったではないか』

「おう。ホントだぜ」

『普通はスッキリするどころか、心ごとスッカリ無くなるのだがの』

「は?」

 そこで萌葱は話す気が失せたのか、視線を直久からそむけてしまった。その視線を追って、直久はやっと自分の周囲に意識を向ける。

「てか、マロは? ゆずるは? その前にここどこだ!?」

 今さらながら萌葱しか居ないことに気がついた。しかも、萌葱しか居ないどころではなく、視界には他に何も映らない。四方八方見渡す限り終わりのない、どこまでも白い空間が続いているのだ。

 ただ、不思議なのは、足元に地面や床がないということ。自分が浮いているように見える。

 直久自身は、しっかりと何かの上に立っている感覚があるのだが、視覚的にはどこまでも深く深く落ちて行く穴の真上に浮いているような感じだ。見えないガラスの板があって、その上に立たされている気分とでも表現しようか。

 しかもその穴の深さたるや、計り知れない。下にいけばいくほど、白から灰、そして黒へと変化してく美しいグラデーションが、余計に深さを強調する。

「なんなんだよ、ここ……」

 頭上を見上げると、これまたどこまでも空間があるようで、天井がない。あげく、眩しくて直視できない、太陽のような光源が見える。

(なんか、天国と地獄の境目にいる気分だな)

 直久は足元を覗きこみながら、思わず生唾を飲み込んだ。

『ここは、直久の深層部じゃ』

「オレの深層部?」

『直久の言葉でいえば、意識の内部じゃよ。先ほどまでは、直久も上層におったが、ついに深層に追いやられたようじゃのう。今や、直久の躰は、完全にアヤツが使っておる』

「え? どういうこと? オレ、マロに乗っ取られたってこと?」

『簡単にいえば、そういうことよのう』

「はあっ!?」

『このような場合、直久の意識が深層部で寝ている間に、上層部へ上がっていって体を使うことはよくあることだが、直久の意識が覚醒しておるのに直久の方が深層部に追いやられておるというのは、直久にはあまりよろしいことではないのではないのか? このまま長くアヤツの思い通りになっていると、直久の意識は浮上できなくなるおそれもあるが、良いのか?』

「――待て待て、ちょっと待て!頭がついていけないんだけど……」

 ここがどこだって?

 オレの躰がなんだって?

 直久は、壊れた扇風機のように頭を左右にブンブン振り回してから、ラジオ体操第一さながらの深呼吸を二回行った。

「つまりだ。オレが今いるのは、オレの躰の中なんだな?」

『うむ』

「で、普通はオレの意識がはっきりしてる時は、オレがここに居るはずはない、と」

『まあ、そんなところじゃ』

「じゃ、なんで萌葱がいるんだよ」

『わしは、普段からここにおる』

「はっはーん、わかったぞ。いつも姿が見えないと思ったら、ここで待機してたんだな。そんで、オレが寝てる間に躰を乗っ取って、ふらふら遊んでるんだろう?」

『前半は正解じゃが、後半は違う。直久の躰を使ったのは、一度だけじゃ』

「一度だけ? ……ああ、あの時か。本家の奥宮で大暴れしたっていう」

『…………大暴れしたのは、わしでは無い』

 萌葱は少し拗ねたように、そっぽを向いてしまった。が、直久はお構いなしに続ける。

「ていうことは、マロも普段はここに居たってことか。てか、お前らはオレの意識の中にずっと居座ってたってことかよ。しかも勝手に出入りしてやがったな」

『躰を借りるというのは、そういうことじゃ。特に、直久の躰は出入りが実にし易いのでのう。ただし、居座るには少々留意せねばならぬことがあるが』

「お前も、マロも、居座ってんじゃねえよ、勝手に。オレの躰の中を寝袋代わりに使いやがって。んで、勝手にオレを深層部とやらに押し込めておいて、オレの躰を好き勝手使うとかありえないから。さすがの直ちゃんもご立腹よ、ほんと」

『正確には、先ほどまでは直久もアヤツも上層部に共存していたのだが、直久が急に深層部に落ちて来たのじゃ』

「なるほど」

 直久は腕を組んで、顎をさすった。

(上層部で共存してたから、オレはマロに躰を乗っ取られている間もちゃんとマロと会話してたし、外の状況が分かってたってわけか。んで、可愛いゆずると付き合ってるとかいうトチ狂ったこの世の終わりのような夢をうっかりみちゃってる間に、深層部に落ちてきちゃったもんで、しかたなぁーーく、マロがオレの躰を使ってるってところか)

『しかたなく、かどうかは分からぬぞ』

 急に、クククと萌葱が笑い声をたてたので、直久は驚いて目を見開いた。

「ちょっと待て、今オレ、声に出してないぞ」

『もともと、声になど出ておらぬ』

「なるほど――って、考えてることまでダダ漏れかよ!」

『そもそも、わしは今、直久の意識の中に居るでのう』

「うわうわうわ……ってことは……オレが“あんなこといいな、こんなこといいな”を考えちゃったりする時もマロや萌葱にはばればれなわけ?」

『それは、直久の机の一番下の引き出しの奥に隠してある――』

「のおおおおおおおおっ!! もういいです! もう何も言わなくていいです!」

『だが、直久。あの隠し場所は意味がないぞ』

「な、なに!?」

『直久の母上も、姉上も知っておる。隠している意味がない』

 直久はあまりの衝撃の事実に、その場で膝を折って項垂れた。

「……さらばオレのプライバシー……」





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