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九の末裔 ~蛍狩り~  作者: 日向あおい
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9 つながってます的な(1)

9 つながってます的な




 ふと直久は瞼を押し開けた。反射的に半身を起こす。

 いつの間にか寝ていたらしい。だというのに、信じられないほどの目覚めの良さだった。寝不足の時に感じる、身体の苦情のような胃部不快や気だるさは一切ない。基本的に、直久の辞書には『徹夜』という文字はない。あるのは、『寝溜め』と『朝寝』と『昼寝』と『二度寝』。直久の人生において、寝る時間は至福の時間ベスト3に文句なしでランクインする。

「目ざまし掛けてないのに……起きれるもんなんだな」

 直久はふっと笑みをこぼした。

 どうやら、自分でも気がつかないうちに、緊張していたらしい。

 もう人食いホタルの姿はないし、自分のことは山神や雷神が守ってくれていると分かっていても、二度も生命の危機にさらされれば、誰だって無防備に熟睡できるわけがない。二度あることは三度ある。昔の人もそう言っていた。

 それに、今は、頼りの和久が不在だ。

 和久は、瀕死の状態だったゆずるをつれて本家に戻った。霊力は寝れば元に戻る。まるで電池切れの携帯電話みたいだが、少し違うのは充電場所にこだわるということだ。この加藤の部屋で寝るのと本家の霊場と呼ばれるパワースポットで寝るのとでは、雲泥の差だという。和久やゆずるクラスの霊力を満タンまで充電するには、それ2、3日かかるのだが、本家ならば、半日ほど眠れば完全回復するらしい。

 首をひねって壁掛け時計を見やる。

 ――5時。

 部屋がうっすらと明るくなっている。

 どうやら無事に夜は明けたらしい。

 何とはなしに、ベッドから降りて窓のカーテンに手を伸ばした。遮光カーテンの開くシャーッという音が部屋の中に朝日を呼び込む。窓の外は、朝靄で出来た白いスクリーンに朱色で染められた山や木や畑が浮かび上がっているように見え、実に幻想的だった。早起きは三文の得。そんな言葉が直久の脳裏に浮かんだが、三文以上あるだろう、と自分で突っ込みを入れる。まるで映画のワンシーンのように思えた。

 だが、無数の昆虫が自分たち目がけて襲ってきたのもこの窓の向こうから。それも真実であり現実。

 今から約五時間前。

『この部屋には結界を二重に駆けておいたから、一番安全だと思う僕たちが戻ってくるまでこの部屋から出たら駄目だよ』と言い残して、弟は家へと瞬間移動して。ぐったりして意識のないゆずるを抱えながら、自身も全身の気だるさと戦いながらも無理に微笑んで。直久を少しでも安心させようとしてのことだろう。

 完全回復まで半日かかるのだから、二人が元気に戻ってくるのは昼過ぎになる。

(二度寝するか? それとも朝練しとくか? ……ってキャラじゃないか)

 そういえば、と上半身を左にひねる。窓から遠い方のベッドに長身が転がっているのが目に入った。そう、まだ加藤は寝ている。もはや、この合宿にコヤツはいったい何をしに来たのか、と突っ込みたくなるほどの寝溜めっぷりだ。でもそんな加藤のアホ面を見たおかげで、いくらか緊張がほぐれた気がした。

『直久』

 右肩から声がした。いつの間にか二センチ生物が姿を現している。

「朝なのにいいのか、出て来て?」

 マロは直久の問いには答えることなく、視線を一点に集中させていた。直久もその視線の先に目をやる。

 すると、何か、ぼわーっと淡く光るものが窓の外に見えた。静止することはなく、風に揺られるように、ふわふわと漂っている。

『迎えが来た』

「む、迎えって!?」

 嫌な予感がした。質問をしてみたが、答えは出ている。そしてそれは、正解に違いない。

『行こう』

「ま、ま、ま、待て!」

『待ってなどいられぬわ。アノ方が我を呼んでおる』

「だって、部屋から出るなって言われてるんだって! もう少ししたらカズたちが帰ってくるからそれまで待てって」

『ならぬものはならぬ』

「俺だって、無理なもんは無理だ」

 そこで初めて二人の視線が交わる。サイズの違いこそあれ、一歩も譲らない意思の強さは同格だった。

『我が頼みでも聞けぬか』

 マロの言葉に、一瞬直久は言葉に詰まる。

 “頼み”という言葉に直久は弱い。普段から頼りにされたり、当てにされたことがほとんどないからかもしれない。

 だが、頼まれて出来ることと出来ないことがある。あるが、できれば力になりたい。

 直久の心を映すように視線が揺れた。それをマロは見逃すはずもなかった。

『良い。ならば、その躰を借りるまで』

「えっ!?」

 何を言われたのか分からなかったが、何故か和久の声が脳裏に蘇ってきた。


 ――『弱みを見せたらだめだよ。一瞬でも隙を見せれば命を奪われる』


『許せ。しばしの間だ』

 そう言いながらマロがふわりと空中に浮き上がったかと思うと、直久の正面へと向きなおると、すすすっと滑るように接近してきた。驚いた直久の目が大きく開ききるより早く、マロが鼻にくっつきそうな距離まで近づいてくると、『お主に危害は加えぬ。約束しよう』とだけ呟きながら直久の視界から消えた。

「――――!!」

 抗議をする間もなく、“直久”は極度のめまいに襲われた。嵐の海を航行する船に乗ってるのではないかと思うほどグワングワンと視界が揺れ動き、それが自分の体がふらついているのだと気づく前に、その場に崩れ落ちてしまった。

 ところが、数秒後。直久はすくっと立ち上がった。まるで何事もなかったかのように、あたりを見回し、手を開いたり閉じたり、片膝ずつ持ちあげてみたりしはじめた。

『その躰を使いこなすだけの力は残っておるのかえ?』

 直久の近くで全てを静観していた萌葱が、クックックッと笑いながら姿を現した。

 だが“直久”は、返事をするかわりに、ラジオ体操の首運動のようにぐるりと一回転させてから、肩をポキポキと鳴らしている。まるで、どこの筋肉を動かすとどういう動きになるのかを確認するかのような動きにも見える。

『ソレにはまだ死なれては困るでな。大事に扱うことよ――それとも我にも手を貸せと言うかえ? クククッ』

 ついに、“直久”は動きを止めた。だが、萌葱の挑発に乗ったわけではないようで、ただ静かに首を少しだけ右にひねり、窓の外に目をやっただけだった。不思議なことに、その横顔はたしかに直久のものだというのに、普段の直久からは想像できないほど知的で凛々しいものになっていた。同級生たちが今の“直久”を目にしたら、直久は双子じゃなくて三つ子だったのか、と誤解するほど別人に見えたかもしれない。

「どこぞで鳥がさえずっておるようじゃのう」

 無表情のまま、“直久”が言った。

「さて、直久――参ろう」

 直久はそう言うと、窓に右の掌をかざす。一秒後、その掌が淡く青白く光り、風船が破裂するような大きな音と衝撃波が部屋を襲った。次の瞬間には、ひとりでに窓が開け放たれ、同時に冷たい外気がいっせいに室内に飛び込んできた。

『ほう――アヤツらが二重に張っていった結界を破る力は残っておったようじゃ……いや、“その躰”がもつ力を喰えば容易であるか……喰うても喰うても泉のように湧いてくるでのう……クククッ』

 萌葱の戯言にはもう耳は貸さないと決めたのか、最初から眼中にないのか、“直久”は普通の人間とは思えない跳躍力で窓の外へと飛び出して言ったかと思うと、風のように走り去ってしまい、あっという間に見えなくなってしまった。

 萌葱は、“直久”の姿が消えた方向にしばらく視線を送っていたが、ふん、と小さく鼻を鳴らすと、ふわりと姿を消した。



 直久がいた部屋の結界が壊れたことを、ゆずると和久が同時に感じ取っていた。遠く離れた本家の本社で熟睡していたというのに、二人が同時にガバッと上半身を起こしたのですぐ側で二人の回復促進を任されていた和久の義兄が心底驚いたように小さく声を上げて尻もちをついたが、そんな一年に数回あるかないかという義兄の珍事にも気がつかないほど、ゆずると和久は動転していた。数秒後、再びほぼ同時に首をひねり、二人は顔を見合す。そして、それが合図だったように、勢いよく立ちあがると無言で手を取り合い、次の瞬間には文字どおり姿を消した。瞬間移動だ。

「待て! まだ完全には回復してない!!」

 後から義兄の声が追いかけてきたような気がしたが、二人の耳には届くことは無かった。




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