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九の末裔 ~蛍狩り~  作者: 日向あおい
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   ロールキャベツ男子(4)

 今度は直久は自分の腕の中を見下ろした。青白い顔で寝息をたてるゆずるの顔を見つめながら、言葉を紡ぐ。

「オレ、このまま萌葱に結界を張ってもらったまま、マロちゃんの彼女に会いに行こうと思う」

「だ、だめだ! そんなの危険すぎる!」

 珍しく和久が声を荒げた。

「行くなら、力が弱まってる昼間の方がいい。夜に行くなんで自殺行為だ」

「じゃあ、このまま朝まで待つのか? みんながトイレに目を覚ましたら大騒ぎだぞ?」

「それは問題ないよ。妖がこの部屋に進入してきた時に、僕がこの建物全体に術をかけておいたから。加藤先輩みたいにどんな物音がしても目を覚ますことはないよ」

「そうか、なら安心だな」

 と直久はあっさり引き下がった。この時、「だから寝ながら喰われる可能性もあるかもしれないけど」という言葉を和久が飲み込んだことを、直久が知る由もない。

「朝になるのを待っていれば、妖たちはここを立ち去ると思う」

「でも、このまま朝まで待つとか。オレら寝られなくねえ? こんな気色悪い中で寝られるの、カトちゃんくらいだろう?」

 直久は口元を引きつらせながら頭上を指さした。頭上どころか、見渡す限りギトギトと黒光りする昆虫の足やら腹の裏やらが見える。よく動物園や水族館でドーム状のガラス内に入って見学する展示施設があるが、展示物事体がペンギンとかアザラシとかそんな可愛らしいものじゃない。

 あげくに、相手はこちらをどうにか食べようと虎視眈眈と狙ってるのだから、居心地も悪いわけである。

「それもあるけど、できるだけ早くゆずるを本家につれて行かないと。だから――」

「やっぱり萌葱に追い払ってもらうしかないってことか?」

『ならぬ!』

 間髪いれずに声を発したのはマロだった。直久と萌葱が、同時に直久の右肩に視線を向ける。その動きで和久もマロが反対しているのを察したようだった。

『我が何とかしよう。だからそなたたちは手を出すでない。よいな?』

「お、おう」

 随分と雄々しく力強く言うので、直久は圧倒されてしまっていた。それが少し悔しくもあり、さらにほんの少しだけ、マロが凛々しく見えた。小さいくせに。二センチしかないくせに。マロのくせに。おかしい。

「でもどうやるんだよ?」

『目をつぶっていろ。さもなくば、使い物にならなくなるぞ』

「え?」

 言い終わるが早いか、マロが直久の肩の上からふわりと浮き上がる。そして、音もなく直久の目の高さまでくると、徐々に光輝き始めた。その光はあっという間に蛍光灯よりも眩しくなってしまった。たまらず直久は瞼を閉じ、マロに背を向けた。

「カズ! マロちゃんが目を瞑れって!」

「僕にも光だけは見えてる。そこに雷神様がいらっしゃるんだね」

 そうこうしている間に、いよいよ光は太陽光を直視した時ほどに強くなったが、なおも光は増していく。瞼を閉じているのに、しかも光源に背を向けているというのに、マロの放つ光は直久の体の細胞を全て通過してしまっているのではないかと錯覚してしまいそうだった。


 ――――『今は立ち去るがよい! 必ず参るゆえ……』


 そのマロの声を最後に、ほんの一瞬だけ、いっそう光は強くなり、そして、再び部屋に日常が戻った。

 和久は、閃光がおさまったのを感じ、瞼を押し開けた。網膜に映し出された光景に、一瞬全てが夢だったのではないかと思った。

 光源は、部屋に設置された蛍光灯のみ。

 何故か割れたはずの窓ガラスは無傷のままフレームに収まっているし、当然のように床にもガラス片は散らばっていない。

 加藤の寝息も聞こえているし、もちろん、人食いホタルの姿どころか痕跡も残されていない。

 これでは誰だって幻を見ていたと錯覚するに違いない。案の定、狐につままれたような顔で兄が和久を振り返った。

「マロちゃんが追い払ったんだよな?」

「そうだね。一緒に僕の張った術も解けてる」

「やべえ、マロちゃんすげえ!!」

「前回僕が目くらましで起した光とは比べ物にならないよ。これじゃ、ホタルたちもひとたまりもないし、僕らも直接見てたら確実に失明してたよね」

「あっぶねっ! てか、マロちゃんマジですげえ!!」

「弱体化してこれだからね。やっぱり格が違うね」

「だな!」

 大はしゃぎする直久の横で、和久の顔は一段と険しくなっていた。弱体化てもなお強大な力をもつ雷神の半神もまた、強大に違いない。しかも、水神は弱体化していない。そして、これからその水神と対峙しなくてはならないのだ。

 だからこそ一族は水神の記録を消したのではないだろうか。

 ――――水神と関わるなかれ。

 そんな先祖たちからのメッセージなのではないだろうか。

 いや、その前になぜ自分やゆずるには、雷神の姿が見えないのだろうか。

(……直ちゃんだけに見えるのも不思議だ)

 一卵性双生児である直久と和久は、その遺伝子にいたるまで違うところが存在しない。

 二人が“みせている”違いは、自分たちがわざわざ作っているにすぎないとさえ、和久は思っている。“たった一つの自己”が欲しいからだ。

 だが、その和久と直久の唯一絶対的な、そして、先天的な違いとして存在しているのが“力”の有無。

(一族の力が、古代神を遠ざけているのか?)

 そんな仮説が不意に浮かんだ。

(いわば、今回の神たちは日本古代から存在する由緒正しい神の系列だ。たとえその母神や父神の孫の孫の孫だとしても、その正統性はかわらないよね。妖怪や鬼、動植物が神となったものとは比べ物にならないほど格が上。だから――妖怪と交わって力を得たウチの一族なんて通用しないのかもしれないなあ)

 だが、そうすると山神はどうなる? 

 山神が古代神だとは思えないが、あれほどにホタルの妖を目の前にして余裕の表情なのは不思議だ。

(もしかして、山神様はホタルを捕食する動物神なのだろうか?)

 動物神や動物妖怪たちは、そこに妖力や霊力の大小が関係してくるが、基本は自然動物の世界と同じ食う食われるの関係にある。無論、生態系に組する動物であるヒトも例外ではない。

 弱肉強食――それはたとえ神とて不可侵な掟。

「よし! 日が昇る頃、マロの彼女に会いにいこう。もうちょっと待ってろよマロちゃん! カズ、お前は早くゆずるを本家に連れてってやれよ」

 そんな直久の無邪気な声で、和久は引き戻された。

「……そうだね」

 その後、無事に拝むことができた朝日でも、和久の顔に浮かぶの暗い雲を追い払うことはできなかった。





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