1 イケメンはつらいよ(1)
1イケメンはつらいよ
だって、しょうがないじゃないか。
直久は、常々そう思っていた。
神様だって、イケメンの上、運動神経抜群な自分に、これ以上の才能を与えることを躊躇ったのだろう。
自分が無能なのは、仕方のないことなのだ。そう納得して、十六年も生きてきた。
それでもたまに、本当にふとした瞬間、自分の無力さを恨めしく思うこともある。
もし、自分も、一族の皆のように、霊能力があったなら、まったく別の人生を歩んでいたのだろうか。
毎日忙しく妖怪退治なんぞに勤しみ、悪霊と死闘を繰り広げながら、学校生活を満喫していたのだろうか。
――直久の弟がそうであるように。
「おい、ぼーっとしてんじゃねぇぞ」
ひとり物思いに耽っていた直久は、はっと我に返った。
声をかけて来たのは、加藤夏樹。今年の春に、なんとか高校を卒業できた上、何かの間違えでうっかり大学に合格してしまった実に運のいい男であった。
常日頃、余程時間を持て余しているのか、母校のバスケ部に頻繁に顔を出す彼は、特にバスケの指導をしてくれるわけでもなく、直久をイジり倒して帰って行く。今回の、夏合宿にも、頼まれてもいないし、誰一人誘ってもいないのにコーチという名目のもと、同行していた。
最大限に良く言えば『明るくて面倒見がよい加藤先輩』は、部員からも人気がある、とは言い切れないまでも、嫌われてはいないのは確かだ。長身と爽やかさが売りだと信じて疑わず、ある意味、尊敬すべき先輩だった。憎めない人なのである。
「サボってないで練習しろよ、直久!よおし、俺が相手になってやる」
「良いけど、手加減しませんよ」
「その自信はどっからくるんだよ、チビ助!」
「チビとは失礼な。俺はまだ発展途上なんです。カトちゃんこそ、運動不足なんじゃ?」
「誰が、カトちゃんペじゃ。加藤大先輩と呼べ」
「言ってないし」
「問答無用!!」
言うが早いか、加藤がドリブルを始めたので、慌てて直久もディフェンスに入ったが、あっという間にゴール下に到達した加藤は、軽やかなジャンプで体を宙に浮かせ、その長い滞空時間と、悔しいほどの長身を見せつけるように、レイアップシュートを放った。加藤の手を離れたボールは、綺麗な孤を描くと、良い音を立ててネットを通過した。
「ずりぃっ!」
「やかましい。己は修行が足りんのじゃ」
加藤は、ゴムが弾む音を、リズミカルに数度だけ立ててから、再びボールを手平に納めると、得意げな顔をして直久の方へ駆けてきた。
次は直久が攻める番だ。直久も、加藤に歩み寄る。ボールを加藤から受け取った直後、着ていたゼッケンの首元を加藤の腕が、ぐいっと引っ張った。
「今晩、イイところに連れてってやる」
耳元で、直久だけに聞こえるように囁く加藤。
「イイとこ?」
直久は、訝しげに加藤の顔を見やったが、加藤はニヤニヤと笑うばかりだった。ろくなことを考えていない時の顔だ。
「あんまり、純真無垢な青少年を悪の道に連れ込まないで下さいよ、加藤大先輩」
「何を言う。うちの部で、俺と同じ匂いがプンプン漂ってくるのは、お前だけだぞ。知らなかったのか?」
「え、そんなにイケメン臭がする?」
「俺と同じくらいには、な」
「じゃあ、しょうがない!」
「だろう?」
直久と加藤は、まるで鏡のように、同時にニタリと薄気味悪い笑みを浮かべた。そして、これまた息の合った漫才コンビのように、同じタイミングで、腰を低く落とし、両手を広げて構えた。バスケットの基本姿勢だ。
「よし、来い!」
「押忍っ!」