ロールキャベツ男子(2)
「うん、そうだね……僕らのわがままだよね。神様にしてみたら、一時ちやほやしておいて、しかも散々頼みごと聞いてあげたのに必要なくなったら無視するのかって思うよね……」
和久の声もどこか寂しげで、なぜか直久の心に響いた。和久もまた、ゆずるのように消えゆく神々を不憫に思っているのだろう。
いつも人間の都合。
自然も動物も、そして神や妖たちもその身勝手に振り回される。
「それで僕、思ったんだけど、女神の方が水神なんじゃないかな? 雨を降らしていたって言ってたし」
「そうだろう。雷雲を呼ぶ神と、水をつかさどる神。二神そろえば、この地は潤う」
和久の問いに答えたのはゆずるだった。
「でもね、そうだとしてもさ、水神の情報が一切無いのも不思議じゃない? 雷神の方はあるのに、水神については書かれてないなんて」
「……何かあったか?」
「何かって?」
「書き残せないような、一族がもみ消したいような、都合の悪い事件が」
「ええ!? そんなまさか!」
「そうじゃなきゃ、なんでこんなド田舎の、あんな廃れた小さな祠の情報が書かれてるんだ?」
そこで和久も、何かに気がついたような顔になって、小さく唸った。
「そう言われてみればそうだよね。昔、ここにご先祖様が来て、何かしたってことだよね。じゃないと、そもそも、情報が残ってるわけがないんだよね。山神さまの情報は無かったし、定期的に対決しているらしい夢魔については情報があったし」
「ああ、あのラベンダーね」
直久は、やっと自分が分かる名前が出て来たので、『オレも話に参加してます、ここに存在してます』というような合の手を入れてみる。が、当然のように誰もそれに対して反応はしない。
「もしかして」
和久の表情が、一段と険しくなる。
「ゆずるの力が相手に通用しないのと何か関係があるのかな」
「……敗戦の記録は残さない。そんな気がしないか?」
「……うちの一族プライド高いもんね」
二人の表情から、いつの間にか“余裕”の二文字が完全に消え失せていた。
とその時。
――――『直久! 来るぞ』
マロの声だった。
それが合図であったように、ゆずると和久が同時に反応する。いっせいに、窓を振り返り身構えたのである。いや、マロの声は二人には聞こえていないはずだから、“何か”を感じ取ったのだろう。
直久がそう理解する頃には、さっきまで平穏無事だった、加藤の寝息が響き渡る部屋は、一変して大惨事に見舞われていた。
部屋中の電気が、ブレイカーが落ちたように一斉に消えた。直後、窓ガラスが派手に割れた。
暗闇に奪われた視野の中で、とびちるガラスの破片がばらばらと床に落ちる音より早く、月明かりでくっきりと浮かびあがった窓枠から、黒いものが無数に室内へと飛び込んでくるのが分かった。
その数、数千。いや、数万。
小さな黒い物体は、羽音をさせることなく真っすぐ三人を目掛けて飛んでくる。
驚きと恐怖で声もでない直久は、ぐっと歯を噛みしめながら、反射的に両手で顔をかばった。
直ぐに頭の中で、昨日の夜の黒い大群に囲まれた記憶と、写真で見た陸貝に群がるホタルの姿とがリンクする。
また、襲ってきた!!
人食いホタルの妖怪が!
このままじゃ喰われる!
さすがに何の知識のない直久にもそれが理解できた。
(――ん?)
が、良く考えたら、そんなことを直久が理解できるほど、窓ガラスが割れてから時間がたっているということだ。
人食いホタルが窓から直久にたどり着くまで、そんなに時間がかかるとは思えない。
かかってもせいぜい2秒。
そのくらいの早さで部屋に飛び込んできた。
部屋に入ったとたんに、へろへろでふわふわっとした通常ホタルの飛び方に戻したとは思えない。
おかしいな? とさすがに思い始めた時だった。
『直久』
と、今度はマロとは別の落ち着いた男性の声が頭上から降ってきた。見上げると、見慣れた美形男子の背中があった。
「萌葱!?」
黒い大群は、直久のすぐ真横に立つ萌葱を中心とした半径180センチほどの半球状のエリアには入ってこれないようで、空中では無数のホタルの妖怪がガラスにでもぶつかったように弾かれては床に落ちていた。萌葱が張った結界が直久を守っているのだろう。たぶん。
『お主らは、こやつらのエサにでもなるつもりか?』
いつもの萌葱の憎まれ口も、今は極寒の地を照らす太陽のような暖かさを持っているようだった。
直久はふうと大きく息を付きながら、緊張で強ばっていた筋肉が一瞬にして弛緩していくのを感じた。力を使っているせいなのか、萌葱の体は淡く発光していて、暗いながらも視野が確保されていることが直久をさらに安心させた。
「サンキュー、萌葱」
不意に直久の視野の隅に、ベッドに横たわる長身が映った。萌葱の恩恵をあずかったのは直久だけではなかったのだ。悪運の強い、ある意味最強の男――加藤は直久のすぐ近くで寝ていたため、ちゃっかり萌葱の結界内に収まっていた。こんな状況なのに、未だに爆睡しているあたりが、もはや尊敬に値する。
ついつい、安らかな寝息をたてる加藤を見ながらくすりと笑いが零れたが、その次の瞬間、はっ、となる。
「――ってカズとゆずるは!?」




