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九の末裔 ~蛍狩り~  作者: 日向あおい
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8  ロールキャベツ男子(1)



8 ロールキャベツ男子





 同室の部員たちが寝ついたのを見計らったように、直久の部屋のドアがコンコンと小さな音を立てた。

 直久は、真暗な部屋の中で一人ぱちりと目を開ける。

(あぶねえ、寝ちゃうとこだった。迎えにくるのが遅いんだよ)

 心の中で文句を垂れ流しながら、まわりを起こさないように細心の注意を払い、部屋の外にでる。そして、廊下に立っていた弟を睨みつけた。

「遅い!」

 と直久が文句を言う一秒前には、二人は例によって加藤の部屋へと瞬間移動していた。

「ごめんごめん。調べ物に手間取って。でもちゃんとウラが取れたよ。水神様は今どこに?」

「今いない。なんかね、ずっとあの姿でいると辛いらしいよ。また必要な時に出てくるからって言ってた。てか、出てくるとか、幽霊かっつうーの。なぁ?」

 と、言い終わったのとほぼ同時に、ゆずるが部屋の中央に現れた。 

「水神ではない」

 同時に双子が声の方を振り向いたが、その表情は双子とは思えないほど似ていない。

「あ、ゆずる。御苦労さま」

「うおっ! びっくりしたー! お前突然現れんなよ、マジでびっくりするだろう!」

 まるでゆずるが近所のコンビニから帰って来たように爽やかに労う和久と、芸人並みのオーバーリアクションで心臓付近を両手で押さえながら、じたばたしている直久。――ただし、その反応したタイミングはピッタリ同時だったので、そこはやっぱり双子と言わざるを得ないだろう。

「移転した神社にいってきた。神社というより、祠サイズだな。半畳ほどの社が、申し訳程度に道路脇にあった。横に並べられてた3体の地蔵の附属品みたいな扱いだな。人が訪れて手を合わせている気配もない。なにより、小さな缶で作られた賽銭箱と社が置かれているだけで、鳥居もない。だから、誰もそこに神がいるという認識がないだろうな」

「ああ……最近多いよね、そういう扱いされているお地蔵さんとか祠」

「お供えしてあったのは、コンビニで売ってそうな日本酒のワンカップだ。しかも空」

「酔っ払いが飲んじゃったんだね、きっと……」

「今じゃ、珍しいことでもないだろう。人知れず消えていく動物神や自然神は山ほどいる」

「まるで、世界の絶滅危惧種的な扱いだな……」

 二人のやり取りを聞きながら、直久も難しい顔でつぶやいた。

「ところで、ゆずる。さっき言ってた水神様じゃないっていうのは?」

「移転されたという社の横に、取ってつけたような小さな汚れた看板が立てられてて、そこに、神の名が記されていた。日に焼けて白くなってたから読みにくかったが……神の名は――」

「タケミカヅチノオ」

 ゆずるかわりに和久が神の名を告げた。

「そうだ」

「やっぱりね。僕の調べた通りだったよ。実はね、僕は本家の資料庫でこの地域の水神さまの情報をずっと探してたんだけど、全然みつからなかったんだよ。それで時間がかかっちゃったんだよね」

「ん? タケミなんちゃらとかいうのが、マロちゃんの本名なの?」

 ひとりだけ話についていけてない直久は、珍しく難しい顔で和久に疑問を投げ掛けた。

「いや、タケミカヅチノオは日本古来の雷神だからその神の力が弱小化してたら日本から雷なくなっちゃうからね。その末神か神使じゃないかな?」

「ふ~ん、つまりマロちゃんは、えらい雷神様の子供の子供の子供みたいな?」

「うーん、だいぶ違うけど、ま、そんなイメージで良いんじゃないかな? 雷属性だっていうことは確かだね」

「雷を起こせるのかな、マロちゃん。すげー!! カッコいい!!」

「あはは。直ちゃんがあんまりひどい扱いばっかりしてると、ビリビリっとくるかもね」

「びりびりって……静電気かよ……」

 と言いつつも、「ま、あんだけちっちゃいのに、でかい稲妻をドドーンと落とせるわけがないか」と、直久は妙に納得していた。

「どうやらね、平安時代より以前からこのあたりは、タケミカヅチノオ、つまり雷を神として崇めてきたみたいなんだ。江戸時代くらいまでは、かなり信仰が厚くて、お祭りも大々的に行われてたみたいだね」

「何、マロちゃん、そんなに人気ものだったの?」

「そうみたいだよ。でもこのあたりの過疎化が進むのと一緒に、信仰も薄れていって――」

「ついには、高速道路が通るから邪魔扱いだ。移転の理由はいつだって人間の我がままなんだ」

 和久の言葉を奪うように、ゆずるが言った。その表情は苦々しそうにゆがんでみえた。


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シリーズ一作目『九の末裔 ~寒椿~』はこちら
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