ロボットとこんにゃく(3)
「あ、ホタルか! ここらへん一帯、隣町までずっと、昔はホタルがいっぱい飛び交ってたらしいよ。最近この辺では見かけなくなっちゃったけどね、って聞いたことある」
良いこと言った、とばかりにドヤ顔している直久。
和久は、もう、このまま家に帰りたい気持ちでいっぱいだった。
(ほんと、最悪だ……)
ひとり和久が打ちひしがれていると、直久の元気な声が咲いた。
「まあ、元気出せよ、マロちゃん! あんまり心配すんなって」
「な、直ちゃん!?」
ぎょっとして、直久を振り返る。
神との約束は、契約。
破れば、代償を払わされる。
代償――それは、神の気まぐれで決められる。
おおむね、そのヒトが大切にしているモノだ。
ある時は、髪の毛、結婚指輪、親の形見。
ある時は、視力、声、両手、両足、気力、記憶。
そして、子供、親、自身の命――など。
たとえ本人が気軽に口にした言葉だとしても、神には本契約だ。
「直ちゃん、ちょっとまって、まず調べてからにしよう」
「調べる?」
「ほら、女神の好きなモノとか、苦手なモノとかあるかもしれないじゃん」
さすがに、女神を心配する水神を前にして、退治法とは言えない。だが、暴走した邪神になりつつあるという女神に対峙する前に、いざという時の護身法は欲しい。じゃないとこちらが全滅だ。そもそも、自分たちが敵う相手なのか。それすらも分からない。
(ま、トンずらしようと思っても、追いかけてくるかもしれないけど。もう二回も会っちゃったし。二回ともこっちが追い払った感じだし。神様的には邪魔スンナ!って感じだよね。いや~まずいなぁ。やっかいなことになっちゃったなぁ……)
「てか、そんなのマロちゃんに聞けば? ――なあ。彼女なんだろう?」
「そんな……簡単な話じゃ……」
「――は? 水? そんなんで喜ぶの? なんだ楽勝じゃん!」
「水の神だからね。でも水っていっても、水道の水じゃだめだと思うよ」
(どこどこ川のどのへんの場所でとれる水、とかいう、ちょーー難題なんだろうな。神が生まれた場所の川とか、前に住んでた場所の川の水とか……)
和久は小さくため息を吐いた。調べることが沢山ありそうだ。
「まかせとけって、世界中の女性を笑顔にさせるのがオレの人生の目標だからさ」
見れば、心がズンと重く感じている和久とは対照的、晴れやかな笑顔を浮かべる直久の声は、不思議と和久の鼓膜を心地よく揺らした。
「彼女が怒っちゃったんだもん、しょうがねーじゃん! んなもん、ウダウダ悩んでたってしょうがないし、グダグダ言いわけしたってしょうがないだろう? だからさ、一緒に、彼女に笑顔が戻る方法を探そう。オレも手伝うからさ」
不思議だ。
和久はいつも思う。
一族の者は、直久を“役立たず”と軽んじる。
友人たちは、和久と直久を比べ、和久の方がしっかりしていると、頼りになると思っている。
だから、直久自身が和久と張り合うことをいつからか止め、一歩引くようになった。いや、別の道を進むことを選ぶようになった。
勉強は和久。
運動は直久。
褒められるような良いことをするのは和久。
しょうもないことをするのは直久。
だが、和久だけはいつも感じていた。
ヒトが集まるのは、直久の周り。
笑顔が集まるのは、直久の周り。
笑顔が生まれるのも、直久の周り。
直久の言葉は、いつも、眠っていた胸の奥にある大切な“何か”を目覚めさせるように、優しく、暖かく響く――。
ヒトは自然とそんな直久に心を奪われ、心を寄せる。
これこそが、直久の“能力”なんじゃないかと、和久は思うのだ。一族の者が誰も持っていない。本当に素晴らしい力だと思う。――ヒトの心に土足で踏み入り、支配する“アノ”の能力よりも、ずっとずっと価値がある――。
「ま、オレには、なーんにも出来ないんだけどね。でも、あいつらすごいんだぜ!! あの二人が何とかしてくれるって。な?」
「え? あ、うん」
突然、ぺかっと晴れた笑顔の直久に話を振られ、和久はいつの間にか、きりりと奥歯を噛みしめていたことに気付いたが、いつものように、誰にも悟られないように笑顔を作る。
「とにかく、調べてみよう。僕は本家にいってくる。ゆずるは、移転先の神社をお願い。主不在の神社だけど、何か神霊的な手掛かりあるかもしれないし」
「わかった」
「直ちゃんは、部活があるし、空き時間もあんまりないだろうけど、水神様とお話して情報もらって?」
「おっけい――な? 頼りになるだろう?」
ニッと口端を上げて、直久がハンカチの上の空間に微笑む。
「起きた悲劇を嘆くより、皆が笑える方法を探そうぜ。――うん、オレめっちゃ良いこと言った! あとで『オレ様的天才語録』にメモっておこう」
幸いなことに、小さく「ウザ……」というゆずるの声は、直久には届かなかった。




