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九の末裔 ~蛍狩り~  作者: 日向あおい
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  ロボットとこんにゃく(2)

 和久は直久の脳内フィルターを通過して出てくる“マロちゃん”の言葉を聞きながら、忙しく頭を回転させていた。

 どうしても理解できないのは、“直久だけ”その姿と声を認識できるという事実。

 直久がこんな手の込んだドッキリをしかけるとは思えないし、そこに“何かがいる”のは確かなのだろう。

「直ちゃん、ほんとうに、マロちゃんが言ってるまんま言ってくれる? 言葉遣いや言い回しとかが大事な時もあるからさ」

「そうなのか。わかった」

 妖について何の知識もない直久に意訳されるのは本当に危険なことだし、多くのヒントを取り落としそうな不安が常につきまとう。妖絡みでこんなにもどかしい思いをするのは初めてで、実にやりにくい。背後からも、イライラしたゆずるの気配を感じた。

「えっと……我らが、この地をふらりと訪れたおり、気まぐれに水の恵みをもたらしてやったのがすべての始まりじゃった」

 急に直久の口調が変わった。さすがに、直久も部屋のピリピリした空気を読んだらしい。

 和久はにっこりとほほ笑み返し、「続けて」と小声で伝えながらも、誰にも悟られないくらいわずかに首をかしげ、無意識に腕を組んだ。

(水の恵み? 水の眷族か? カエルとか魚の妖だろうか?)

「ヒトは、我らの存在に気がつくと、感謝し、崇め、小さいながらも(やしろ)を設けた」

「え!? 社!?」

 和久は思わず声を上げてしまった。社があるということは、ある程度の力を持つ、立派な“神”だ。

(ありえない! 神レベルの力を感じ取れないわけがないし、僕たちが感じ取れないレベルの強力な力の持ち主なら、直ちゃんに“クダル”わけがないし)

 先刻、直久がしたこと――それは、神に“名を与えた”ということだ。

 ヒトでないモノにとって、“名”は呪縛。

 “名を受けた”ということは、直久を己の主と認めた、つまりは、式神になるということだ。“名を教える”ことよりも、はるかに服従の意味が強い。

 霊力が皆無である直久に、強力な力を持つ“神”が服従したということだ。

 ますますわけがわからない。

 神や妖の世界は、実力主義、弱肉強食。

 たとえるならば、子ウサギにライオンが服従しているようなものだ。

「ヒトは、信心深く、我らに色々な物を持ってきては、社に集い、酒を飲み、歌い、舞う。ゆえに、我らは、ここにしばらく居ることにした。もう、どれほど前のことかは覚えておらんが、お互いの祠を行き来し、つつがなく日々を暮らしていた」

(酒に、歌、舞――お祭りかな?)

「だが、ここ最近、急に我らの社に集う者が減ってきた。そうこうしているうちに、我の社だけが無くなった」

「無くなった? なぜですか?」

「――別の場所に、新しい社を作ったからとかなんとか言っていた」

「移転したのですね」

 注意すべきは、神とヒトの時間感覚は、ずれているどころか、かけ離れている点である。

 この場合の“最近”と“そうこうしているうち”は、かなりスパンが長い。

 『ついこの前』のような言い方をしているが、ヒトがこの水神を崇め、神楽やお供え物を奉納していたのは1000年以上も前の話かもしれないし、神社が移転したのも100年以上前の話かもしれない。

「だが、新しい社に住まう気にはなれなかったので、我は残った」

「女神から離れたくなかったわけですね」

「そうじゃ。あの方はすっかりこの地を気にいっておったからのう。そうこうしている間に、我の力は弱まり続け、このような小さな姿になってしまったのじゃ」

「な……」

 和久は絶句した。 

(――なんと慈悲深い……)

 直久の座るベッドに置かれたハンカチの上に居るという神に向かって、心の底から敬意の視線を向けた。

 社がないということは、ヒトも来ないし、信心が届かない。信心が神の力を強め、神はその力でその地に恵みをもたらす。それが太古の神とヒトの関係だった。

 この水神は己の神力を使い続けたのだ。社が無くなった後も、ヒトが誰一人訪れなくなったその地で。

 その地の恵みを守るために。

 彼女が幸せに暮らしているこの土地をそのままの姿で留めるために。

「――慈悲深き水の神よ」

 歯切れのいい声でそう言いながら、和久は自然と膝を折り、頭を下げていた。

「私たちに何かできることはありますか?」

 和久の声が部屋を優しく包み込んだ。

 直久が、少し戸惑った表情を浮かべながら、神の言葉を紡ぐ。

「――すまないが、あの方を救ってほしい。闇の中で苦しんでおる、あの方を」

「闇の中とは?」

 ここまで静かに耳を傾けていたゆずるが、口を開いた。

「あの方は、我の社が無くなったことを誤解している。我が他の地へ勝手に移ったと思っているのじゃ――――って、それって、普通に会いに行けば誤解とけるだろう?行かなかったのか?」

 途中から直久自身の質問になった。

 直久の疑問ももっともなのだが、和久には女神の誤解を解くのが難しいことが、なんとなく分かった。

 神は、一度何か一つに心が奪われると、とたんに“邪神”となる。

 怒りならば、怒り狂う。

 愛ならば、溺愛する。

 際限がない。そして、聞く耳を持たなくなるのだ。

「女神は、あなた様が女神を置いて、どこかへ去ったと思っておいでなのですね」

 和久が確認をとる。

「――そうだ、だって。しかも、どうやら、他の女のところに行ったとか思ってるらしい」

「うわ……」

 直久の口から告げられた水神の返答は、和久から言葉を奪った。

(嫉妬に怒り狂った女神とか……怖すぎる……)

 できれば、かかわりたくない。

 まさに“さわらぬ神にたたりなし”である。

 わざわざ、火の中に飛び込む虫になれなんて。

「どう思う、ゆずる?」

 助けを求めるように、和久はゆずるを見た。

「――諦めろ、手遅れだ」

「え?」

「このへんで有名なものってなんだ?」

「このへんで――……まさか……」

 背筋がすうーっと冷えていくのを感じながら、和久は答えを促す。

 ゆずるは、めずらしく、深いため息をひとつ。その後は、窓の方に顔を向けてしまった。つまりそれが答えだと。和久の考えていることは正しいと言っているのだ。

 頭を抱えたい衝動をなんとか抑えている和久にとって無邪気な直久の明るい声は駄目押しとなった。


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